第42話 飛行
流石に私の強がりに気づいたのか、アレクシスは心配そうにこちらを見つめてくる。そんな目で見ても無駄よ。私の決意は固いの。悪役令嬢として…痴態を晒す訳にはいかないわ。
「別に良いのに…。でももし無理だったら言ってくれよ?」
「分かったわ。早く行くわよ。」
アレクシスはこちらをじっと見つめた後、ひらりと華麗に竜へと跨がる。彼の服がそれに合わせて風を受けてふわりと膨らんだ。
真っ青な竜と美しい青髪を持つ彼はよく似合っていたが、そこに明らかに異質な
まぁ本当に不安なのは落ちるかどうかなのだが…彼に迷惑をかけるくらいなら覚悟を決めて乗るべきだろう。
アレクシスは竜を出来る限り窓に近づけ、私が直接乗れるよう配慮してくれる。二冊の教科書はいつの間にか近くをふよふよと浮いていた。そして再びこちらに手を差し伸べてくれたので、彼の手を取り意を決して竜へと跨がる。
私が跨っているのは水なのに、落ちない。透明であるはずなのに下を向いても地面は見えなかった。不思議な感覚だ。
「もし嫌だったらすぐに言ってくれ。地面に降ろすからな。」
彼の前へ跨った為、すぐ側で透明感のある綺麗な声が聞こえてくる。同時に彼の息が耳にかかり、少しくすぐったい。
「そこから貴方に運ばれるくらいなら良いわ。早く行きましょう」
彼の手を自分の腰に回し、しっかり掴んだまま真顔で呟くと彼が静かに笑い声を溢す。「何がおかしいのよ。」と後ろを見ずに問うと彼は「いや…私は平気だって顔してるのにしっかり掴んだままなんだなと思って…」と答えてくる。
仕方ないじゃない。怖いんだもん。この状況で頼れるのはアレクシスだけよ。今だけは悪役令嬢を演じるとか気にしてられないの。
「リティシアがこんな風に俺を頼るのって珍しいな」
アレクシスは竜をゆっくり飛ばしながらふとそんな事を口にする。
「え?」
「…なんというか弱みを全く見せないっていうか…。俺はお前との間の壁を…凄く感じてたから。」
でしょうね。リティシアは他人を馬鹿にすることは好きだったけど、逆に自分が馬鹿にされる事は大嫌いだったから。弱みを見せるなんて以ての外よね。
もし目の前で馬鹿にでもされようものなら…怒り狂って暴れる様な悪女だからね。もし弱点とか弱みがあるなら必死にひた隠しすると思うわ。
…もう貴女は十分嫌われてるんだから無駄よ、って是非教えてあげたい。
それにしてもアレクシスがそれに壁を感じていたのは意外だわ。だから小説でリティシアに対してあんな反応をしていたのね。他の登場人物への対応と比較すると、どう考えてもアレクシスにしては冷たい反応だったもの。
…勿論婚約者だし、作中でアレクシスは一番リティシアに優しくしていたけどね。
「でもそれは貴方も同じじゃない」
「…同じ?」
「そうよ。知らない女性と踊るのが苦手だなんてそんな面白い話…全く教えてくれなかったじゃない。私が気づかなければきっと永遠に知らなかったでしょうね」
面白いだなんて全く思ってないけど、頭のおかしい悪役令嬢だからね。少しはそれっぽいこと言っておかないと。
…ちょっと慣れてきたのかな?少し余裕が出てきた。竜の乗り心地もふわふわしていて意外と快適かもしれない。
お金払って乗りたいとか好き好んで乗るとかではないけれどね。何よりこんな貴重な体験、どうせ避ける事が出来ないなら楽しむしかないわよね。
「母さんになるべく他人に弱みを見せるなってよく言われてきたからな…。それでリティシアにも隠してたんだけど、いざ知られた時に…別にお前なら良いかなって思ったんだよな。」
「どうして?」
「俺はリティシアの婚約者だから、別に隠し事をする必要はないよなって。そう思ったんだ」
背後にいる為顔が見えないが、なんとなく彼が微笑んだように思えた。
…ごめんねアレクシス。私と貴方の関係は…期間限定なのよ。期限の決まった一時の関係にすぎないの。でもきっとすぐに忘れるわ。
「貴方が私の婚約者を名乗るなんて百万年早いのよ」
「あれ、前回は何かが百年早いって言ってたよな?なんだっけ」
「…確かパーティの時に貴方が私の手を取ろうとした時…ってどうして私に説明させるのよ。それは二百年早いわよ」
「俺は一体何歳になればリティシアに全てを認められるんだろう…?」
アレクシスはそう呟くとやがて吹き出して笑い声を溢すので「またすぐ笑う…何も面白いことはないわよ」と冷たい声色で返す。アレク、私は笑いを取ってるんじゃないのよ。
「悪い。こんな会話をリティシアと出来る様になったのも最近なんだなって思ってさ。昔からこんな風に話してれば良かったって今凄く後悔してるよ」
違うの。違うのよアレク。
昔は悪役令嬢だから。今の私は違うのよ。
貴方が優しくなって欲しいと願っていた相手じゃないの。ごめん。
…騙すつもりはないないんだけど、ごめんね。でもこれだけは言える。貴方はずっと私の…大好きなキャラクターだから。
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