第20話 パーティ編 その11

【アレクシス視点】


「…確かに殿下との踊りは素敵だったけど…これでさっきの出来事がなくなるとでも思ってるのかしら」


「…図々しい。あの女、まだ殿下の婚約者なのね」


 先程の令嬢達の言葉が、頭にこびりついて離れない。令嬢のリティシア嬢を見る目は…まるで醜い物でも見るかの様であった。


 彼女の悪い噂は、正直何度も聞いたことがある。


 …だが俺はその度に否定をしてきた。


 いくら強気な令嬢であっても、そんな事はしないだろうと信じているからだ。そもそも人から聞く噂というのは信憑性が薄いし、人から人へと渡り歩く時に極端に盛られて伝わる事が多い。


 …しかし今回は沢山の令嬢がリティシア嬢に「同時に」牙を向いていた。


 しかも事件は直前に起こっていたようだから、普通に考えれば目撃者であろう多数派を信じるべきなのかもしれないが、俺はどうしても彼女を信じたかった。


 それに…周囲から冷たく蔑まれる彼女からは、いつもの強気な感情は、一切感じ取れなかった。


 台詞こそ強気だったものの、令嬢達に反抗する様子を見せない時点で今までの彼女からは信じられない事だ。売られた喧嘩は買う主義だと本人が自分で言っていたのだから。


 これは明らかに彼女が変わった証拠である。今までの彼女は自分への侮辱を許さなかったが、今の彼女はむしろそのままの状況を望んでいるようだ。


 王子である俺を利用すれば自分への批判を一発で鎮めることが出来るのに、それを拒んだ。


 もしかして彼女は…令嬢達から嫌われることを望んでいる…?


 いや、そんな訳はないか。もしそうだとしたら強気な表情に悲しい感情は混ざらないはずだ。


 では何を望んで…何を目的に動いているのだろう?


 お前は何を…考えているんだ?


 考えれば考える程彼女の事をもっと知りたくなる。やはりリティシア嬢は今までの彼女ではない。


 少しでも手がかりを得るために、彼女を追わなければ。


 かつて母さんは去った女性を追いかけるのは無礼だと俺に言ったけど…今の彼女を放っておく方がずっと無礼な気がする。


 リティシア嬢が去った扉をただ呆然と見つめていたが、追いかけようと決心したその時、目の前の扉がゆっくりと開かれる。


 そこには鮮やかな黄色いドレスを着た令嬢が立っていた。


 彼女は俺を見ると姿勢を正したまま、真っ直ぐに近寄ってくる。その行動が何を意味するのか全く分からず、俺が身構えていると、令嬢は予想外の言葉を口にする。


「あの、アレクシス殿下…リティシア様はどちらにいらっしゃるか分かりますか?」


「…あぁ。リティシア嬢なら先程ご令嬢が開けられたその扉から出ていってしまったんです。今から追いかけようと思っていたところですが…リティシア嬢に何かご用ですか?」


「先程、恐れ多くもリティシア様に助けて頂いたんです。そのお礼を改めてしたくて…。きっと別の道を通って来て、すれ違ってしまったのですね。…リティシア様、どこに行ってしまったんだろう」


「ご令嬢…その話、詳しく聞かせてくれますか?」


 彼女の事をもっと知れる良い機会だと直感で感じた。


 令嬢から一連の出来事を事細やかに教えてもらうと、俺は迷わず駆け出す。周囲が驚くのを他所に、扉を乱暴に開いた。今はすぐにでも彼女の元へと行きたい。


 やっぱり彼女は、変わったんだ。

 …そう信じたい。


 パーティから離脱した令嬢は大抵が休憩室に移動する為、そこに立ち寄ったのだが、そこには見知らぬ令嬢が座っているだけであった。


 少し話していかないかとしつこく誘われたが、俺にそんな時間はなく、丁重にお断りさせてもらった。リティシア嬢がいないならば、休憩室に居座る理由はない。


 無闇に城を駆け回っても見つけられない気がした為、休憩室の側を通った使用人を呼び止め、彼女の行方を探ることにする。


「ちょっと聞いていいか?」


「はい、アレクシス殿下。」


「リティシア嬢がどこにいるか分かるか?」


「あぁ、リティシア様なら先程休憩室にいらっしゃったのですが、私がバルコニーへ行くようお勧め致しましたので…今は恐らくバルコニーにいるかと」


「…なんだと?この寒い中彼女をバルコニーへ行かせたのか!?」


「…も、申し訳ありません。そこまで気が回らず、私の不手際でございます。」


 俺の剣幕に驚いた使用人は即座に頭を下げ、謝罪をしてくるが、そんな事は最早耳に入らなかった。


 外はもうすっかり日が暮れていて、吹き荒れる風はとても冷たい。寒い中外に出ろと言われた彼女は一体どんな思いで移動したのだろう。


「頼む。王子である俺だけじゃなく、彼女にも優しくしてくれ。彼女は俺の婚約者であり、一人の尊敬すべき女性なんだ」


 この国の王子として…彼女の婚約者として、もう二度とこんな事がないようにしなければいけない。


 こういう場合は、叱るよりも諭すべきだ。彼女を敬う事がどれ程重要な事なのかを充分に理解させる。俺が頭を下げると、使用人は「お、おやめください殿下、そんな事をなされては私が叱られてしまいます」と焦った様子を見せる。


「本当に申し訳ございませんでした、アレクシス殿下…。以後このような事がないように気をつけます。」


「もういい。俺はもう行く」


 先程までは諭そうと…理解させようと考えていたはずなのに、耐えきれなかったのか、自分でも驚くほど冷たい声が出てしまった。誤解を招きかねない言い方であったが、訂正する気も起きなかった。


 それよりも早くリティシア嬢の元へ行かなければならない理由がもう一つ増えてしまった。急ごう。


「リティシア嬢!」


 バルコニーにいない可能性を考え…いやそうであってほしいと願いながら、彼女の名前を道中に叫ぶ。しかし、バルコニー以外で返事が返ってくることはなかった。


 ようやく目的の場所へと辿り着くと、彼女は夜空の星をじっと見上げていた。


 何をするでもなく、ただ手すりに体重をかけ、じっと見ている。


 その後ろ姿がなんとも寂しく儚げで、俺はやっと見つけたにも関わらず、声をかけることを一瞬忘れてしまう。


「リティシア嬢…」


 俺が呟くも彼女は気づかず、夜空を見上げたままだ。


 いやもしかしたら、気づかないフリをしているのかもしれない。

 もう一度、声をかけてみよう。


「リティシア!!」


 俺は自分の口から飛び出た言葉に心底驚いた。


 間違いなく今、彼女の名前を敬称なしで呼んだ。そう呼んだことは、一度もなかったはずなのに。


 何故だか急に、そう呼びたくなった。


 彼女はすぐに気づき、振り返った。


 桃色の可愛らしい瞳が空に輝く一番星よりも、強く…優しく輝いていた。

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