第10話 パーティ編 その1

 軽くため息をつき、馬車から降りようとすると唐突に目の前に誰かの手が差し出される。


 私が驚いて顔を上げると、とある人物が即座に目に入る。


 その瞬間、小説で私が一番好きだった表現を思い出した。


「輝く髪は海よりも青く、またその瞳は空より深い優しさを秘めた王子…その名はアレクシス=エトワール。」


 主人公でありヒロインでもある女の子が、彼を一目見てこの表現を思い浮かべたのである。


 二人の出会いは、正しく運命の出会いと言えよう。


 …主人公とアレクの出会いはリティシアにいじめられているところを助けられるところであり、この文章はその時のものである。


 輝く海のような青色の髪に、空を思わせる水色の瞳。


 この表現は彼を上手に表しているように思え、私は前世で何度も読み返していたのを、よく覚えている。


 …なるほどね。まさか現実に見てもそう思うなんてね。


 リティシアの屋敷で会った時はどうやって乗り切ろうか必死だったからあんまり彼を見ていなかったみたい。


 悪役令嬢が第二の主人公をじっくり眺めるのも変だしね…。


「リティシア嬢。待ってたよ」


 そう言って私に向けて微笑む姿はなんとも美しい。美しいという表現すら稚拙に思えるほど彼は輝いている。


 その手を取りたい気持ちを抑え、「私の手を取れるなんて百年早いわ…出直してきなさい」と昔の武士のような言葉を口走ろうとする。


 しかし想像の倍、馬車と地面には段差が存在していたようで、言い切るより早く見事にバランスを崩してしまう。


 アレクシスは即座に私の手を引き、私の体勢を整えさせ、転倒を防いでくれる。


 この人は本当に…私を落とそうとかかってるのかもしれない。


「大丈夫か?…俺が急に来たから驚いたんだよな。ごめん。」


 えっ、今のすらアレクシスのせいになるわけ?今のは私の恥ずかしい不注意だわ。


 …アレクの美しさに気を取られて足元を見ていなかったなんてそんなこと口が裂けても言えないわね。


「私がそれだけで驚くわけないでしょう?手を取ってくれたことは褒めてあげるわ。ありがとう」


 火照った顔をアレクシスに見られないように不自然なまでに顔を背けるとグキッと首から明らかに出てはいけない変な音がなる。


 うっ、と首を抑えるとアレクシスが「えっ、大丈夫か…?」と驚きつつも「今何がしたかったんだ?」という表情を見せる。


「…貴方の顔を見たくなかったのよ。もういいでしょ。早く行きましょ」


 恥ずかしすぎて私はこれ以上言葉を発する事が出来なかった。


 パーティ会場であるエトワール城は白を基調としているが、王族の印である青髪を思わせる青色も各所に見受けられる。


 一部に宝石が埋め込まれた大きな扉の左右には、屈強な門番達がおり、参加者の確認をしている。


 基本誰でも入れるのだが、異物をもった参加者や明らかに怪しい者は城に入る事はできない。


 アレクシスは城の王子である為、外から直接会場へ入るのではなく、違う入り口から入り、お城の中を通ってパーティに参加することになる。


 お城の中を素早く進むと、二人の兵士が現れる。


 兵士はアレクシスと私の姿を認めると、「アレクシス殿下とリティシア様!どうぞお通り下さい」と勢いよく敬礼してみせる。


「あぁ、ありがとう。毎年大変なのに…いつもありがとな。」


 アレクシスが笑ってみせると、兵士は驚きつつも敬礼の姿勢を崩さずに答える。


「と、とんでもありません!毎年この仕事を任せて頂けて、とても光栄であります!」


「そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう」


 兵士にまでこの優しさ…アレクシスの前世は聖女…いや聖男…?だったのかしら…。


 アレクシスの前世を勝手に想像していたが、彼が私を見つめていることに気づき、視線を向ける。


「リティシア嬢、今日はお互い楽しもうな。」


「…えぇ。」


「パーティに来てくれて、ありがとう。」


「…えぇ。」


「それから…」


 そこで言葉を止めてしまったので、不思議に思いながら彼の言葉を待つ。すると彼は突然自分の耳を触りながら小さな声で呟いた。


「リティシア嬢、今日はすごく…綺麗だな」


「えっ」


 思い出した。アレクシスは照れた時に…自分の耳を触る癖があったわ。


 こんな悪役令嬢に綺麗って言うなんてありえない…と言いたいところだけど。


 認めるわ。リティシア、貴女は凄く綺麗よ。


 扉が兵士によって開かれ、一気に皆の視線が私達に集中するのが分かる。正確に言えば、アレクシスに。


「帝国の青き光、アレクシス=エトワール殿下と、その婚約者リティシア=ブロンド様のご登場です!」


 大臣らしき人が高々と宣言をする。


 アレクシスは大袈裟な登場をしてもいいけどリティシアにはそこまでしなくていいと思うわと心で密かにツッコミをいれながら、私達は静かに階段を降りる。


 私は豪奢な会場と着飾った人々を見渡し、複雑な表情を浮かべた。

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