第5話 侍女

 パーティに参加してもしなくてもあんまり変わらないような気がするけれど…でもよく考えたら私、前世では友達もいなかったしパーティなんてしたことなかったんだよね。…悲しいことに。


 それじゃぁ、リティシアの世間の評判の様子見も兼ねて参加するとしますか。


 …行かなくても分かることではあるけれど、私が行かなきゃアレクの面目も立たないしね。


 私が後日、アレクシスにパーティ参加の意思を伝えると、正式にパーティへの招待状が彼の名で届いた。


 王家の招待状は薄い金箔が塗られ、綺麗な文字でパーティの開始時刻や当日着ていく服装など細かな説明が刻まれていた。触り心地も良く、素人目で見ても質の良い紙であることは間違いない。


 私の侍女は私に手紙を渡すとさっさと去っていこうとする。


 …あの時私にアレクシスの訪問を伝えてくれた侍女だわ。


 彼女を引き止め、「待って、届けてくれてありがとう」と軽く礼を述べると、「いえ、当然のことをしたまででございます…」と侍女の動きがピタリと動きが止まってしまった。


 使用人達の評判は地に落ちているけど…欲を言えば一人くらい味方が欲しいのよね。

 悪役令嬢とはいえあまりにも孤独だとどう頑張っても生きていけないし。


 …この子は私を好きになってくれるかしら?


 …あれ、そういえば数日たったけどリティシアの両親は一体どこにいるんだろう?


 今更素朴な疑問が生まれ、思わず侍女に問いかけてしまう。


「あの、ちょっと聞いていい?」


「はい、お嬢様」


「私の両親がどこにいるか分かる?」


 同じ屋敷で暮らしているはずなのに自分の両親の居場所を使用人に聞くというのはなんとも滑稽だが、その侍女は私を馬鹿にしたような表情をするのではなく、きょとんとした表情を見せる。


「奥様と旦那様は今バカンスに出かけておられます。丁度王家のパーティが終わる頃にお戻りになられるご予定だと聞いております。確か、お嬢様が行きたくないと仰られたので、お一人で残られたはずでした。…そして先日の王子殿下の訪問は、リティシア様を心配してのことだったようです」


 そうだったのね…そんなことは一言も…あぁ、そうか一国の王子様が家に一人でいる婚約者が心配でわざわざ家まで来たなんて噂が広まったら大変よね。


 婚約者はそんなことで王子を呼びつけるのか!ってなって更に私の悪い噂が…噂が…あれ?もしかして、私のため?


 …大変、そうとしか思えないわ。どうして貴方って人は…悪役令嬢なんかに優しくするの…。


 そりゃ今の私はあの悪役令嬢リティシアではないけど、彼の中から過去のリティシアが消えたわけではないはずなのに。


 …私には無理だわ。自分を下僕扱いしていた人が急に改心して変わっても、受け入れるなんて、絶対無理。


 …でも私ではなくアレクシスなら、受け入れてしまうかもしれないわ。


 彼は…そういう人だから。


 人に優しい王子様と私の婚約破棄の道は、想像以上に厳しく、険しい道のりになりそうね。


「ねぇ、どうして心配して来てくれたって知っているの?」


「私はお嬢様の侍女でございますよ。王子殿下がお嬢様を気にかけていらっしゃることくらいちゃんと分かっています。」


 そういうものなのかな…。


 そう考えつつ先日の私が全く同じ言い訳をアレクシスにしていたことに気づき、なるほど彼はこんな気持ちだったのかと今になって気づく。


「そう…ねぇ、その傷…」


 先程から気になっていた袖から一瞬見えた侍女の腕の傷を指摘すると、彼女は焦ったように腕を引く。


 そして私に怯えたような視線を向け、「これは…」と呟いたかと思うと、それからずっと黙りこんでしまった。


 …確実に聞いてはいけないことに触れたみたいね。


「あぁ、いえごめんなさい。気になってしまったの。貴女、名前は?」


「…いえ、申し訳ありません。私はルナと申します。」


「ルナ、いつもありがとう。これからもよろしくね。」


「…はい。では、失礼致します。」


 ルナか…。下の名前…というか名字かな…は教えてくれないのね。まぁいいわ。それはいずれ聞くとして。


 …この子とは仲良くなれるといいな。


 私が呑気にどうすればルナの中から悪役令嬢の名を抹消することができるか考えている間、彼女は部屋の外で必死に思考を巡らせていた。


「変だわ、お嬢様が私の傷を知らないわけがないのに…しかも未だに私の名前すら覚えていないなんて…。それに、たかが侍女にお礼を言うのもおかしいわ。…何を企んでいるのかしら?」


 悪役令嬢リティシアが侍女を気遣うことも、名前を知って仲良くなろうとすることも、つい最近までは、決してありえないことだったからだ。


 私は先日のアレクシス同様、本物のリティシアではないのではと疑われても仕方がないようなことを、しでかしていたのであった。

 生き残ることに必死で、後から気づいた私は…まずこう思った。


 ひょっとしたら私は……あまり賢くないのかもしれない。


 いいえ、私の目標は賢くなることではなくて、婚約破棄をして、自分は密かに暮らしながら、主人公と第二の男主人公アレクシスの幸せを祈ること。私がバカだろうが間抜けだろうが関係ないのよ。


 …自分で言ってて悲しいわね。これ。

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