クロガネ・ヒストリア
岸キジョウ
亡国奪還編
はじまり
第1話
遠くで鳥の鳴く声が聞こえる。
特徴的なあの声は鳶(トビ)だろう。
鳴き声を追って見上げると、代わりに抜けるような青空とさんさんと輝く太陽が目に飛び込んできた。
真上から照りつけてくる焼けるような強い日差しに、思わず目を細める。
そのまま逃げるようにして顔を背ければ、すっかりと小さくなった影が、ぴたりと足にまとわりついているのが見えた。
どうやら、もうお昼らしい。
道理でお腹が空くと思った。
「……」
道を進む度、私の引いている荷車がカラカラと虚ろな音を立てる。
辺りには誰もいない。
聞こえてくるのは鳥の鳴き声と荷車の音、それに自分の足音ばかりで、あとは時々思い出したようにサァッと風が吹き抜け、青々と生い茂る草木をそよがせていた。
どことなく寂しい感じのする道。
しかしそこを歩く私の足取りは軽く、ついつい鼻歌でも歌ってしまいそうな気分であった。
今日は荷車が軽いなぁ~、ふふふ。
荷車が軽いということは、積み荷の衣服や手芸品など諸々の品が売れたということ。
これらはすべてお手製のものであり、私の住む村では自分達で作ったものを、定期的に街へと売り出すことで生計を立てていた。
今はその帰り道である。
村の大事な収入源としての意味もさることながら、一生懸命作ったものを気に入ってもらえるというのはとても嬉しい。
まして今回は積み荷がすべてなくなるほど売れたのだから、足取りが軽くなるのも自然なことだった。
そうして、二日前に通ったときよりも色鮮やかに見える草原の中をしばらく歩いていると、やがて目的地である村の入り口が見えてきた。
無意識にホッと息が出てくる。
ただ、入り口とは言ってもあくまで便宜上のものであり、外と中を隔てるものが何もない私の村には、正直どこからでも入ることができた。
普通は山賊や魔物対策として柵などで周りを囲うんだけど、山賊が村までやってきたことはただの一度もないし、何故か魔物もこの辺りではほとんど見かけることはなかったため、昔からずっと手つかずとなっている。
とはいえ正確に言えば、一応柵らしきものもあるにはあった。
しかしすでに大地とほぼ同化しており、本来の用途からは大きく外れて、今は食卓に上がるキノコの菌床としての役割を果たしてくれている。
入り口を見ただけで分かる寂れた、よく言えば閑散とした雰囲気は、今日、日付が変わると同時に発った大都コリンドとは、異世界と言ってもいいくらいに対照的だった。
大都はその名のとおり大きな街で、常にたくさんの人で賑わい、珍しいものや美味しそうなもの、楽しげなものや不思議なものなど、国内外からあらゆるものが集まってくる。
とても刺激的な場所だけに、娯楽の少ない村や小さな町の住人には特に人気があり、私の親友も今回行けなかったことをずいぶんと悔しがっていた。
もっとも、中には村が見えてきた途端に頬が緩み、ますます足取りが弾んでくる私のような人間もいるんだけど。
やっぱり私には、村の静かな雰囲気の方があっているらしい。
そんな入り口をくぐれば、ようやく村へと到着する。
聞こえるのは小鳥のさえずる音、風にそよぐ木々の音、それに生活のちょっとした音ばかり。
それもそのはずで、この村にある家の総数は私の家も含めて全部で七軒しかなかった。
ポツリポツリと立つ小さな木造の家の周りには、草花や大小様々な木々が生い茂っていて、夏の日差しや嵐から家を守ってくれるだけでなく、美しい景観を作り出している。
また、この村は元々廃村だったものを作り直したということもあり、住んでいる家と同じくらい廃屋もある。
草木に覆われた廃屋というのは、なんだか趣があって私は結構好きなんだけど、親友が言うには村を寂れさせている一番の原因らしく、目にする度にため息をついていた。
のどかで良いところだと思うんだけどなぁ…。
「おーい、ソラちゃーん!」
と、改めてぼんやりと村の景色を眺めつつ足を踏み出したところで、向かう先の方から私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
目を向ければ、私よりも頭一つ分以上小さい女の子が、元気よく手を振りながら跳ねるように駆けてくるのが見える。
その姿に思わず頬を緩ませつつ、私も手を振り返す。
「帰ってこないかな~、なんて思ってたらホントに来るんだもん、びっくりしちゃった!」
おかげで一緒にお昼ご飯が食べられるねっ、と女の子が嬉しそうに笑う。
彼女はメイ。
本名はミメイでみんなもそう呼んでいるけど、私は昔からメイと呼んでいる。
大都のような賑やかな場所が大好きで、村の廃屋を見る度にため息をつく、甘いお菓子とお洒落をこよなく愛する私の親友である。
この辺り、というよりもこの村以外では珍しい黒の瞳を持ち、さらさらの長い髪を頭の後ろで束ねている。
地毛も瞳と同じくとても綺麗な漆黒をしているんだけど、今日は赤茶色に染めていた。
「ただいま。私もちょうど、メイのことを考えてたところだったんだよ。もしかして、待っててくれたの?」
「もっちろん!…ってホントは言いたいんだけど、実はちょっと休憩してたところ」
私の言葉に、てへへ、とメイが照れたように頭をかく。
…サボってたんだね。
村はのどかだけど仕事はたくさんあるので、まだ日の昇っているこんな時間に手が空いているなんてことはまずなかった。
「あとでまた叱られちゃうよ?」
「…うっ。だ、だってさ~、こなしてもこなしても次から次へと仕事が降ってくるんだよ?それにせっかく終わらせても誰も褒めてくれないし。それどころか遅いとかお説教されたりするし…」
つい苦笑いを浮かべる先で、今度は口を尖らせる。
メイは自分の感情にとても素直な子で、こんな風に僅かな間でも表情がころころとよく変わった。
素直で元気、かつ人懐っこい性格のこの可愛らしい親友は、さらに人の気持ちの機微にも聡く、知らない人と話すのが何より苦手な私をいつも明るく助けてくれる。
でも一方で、気持ちに素直すぎるあまり仕事をサボることも多々あるため、そのことでよくお説教をされており、特に暑い今の季節にはそれが顕著となることから、もはや村の風物詩となっていた。
もう、仕方ないなぁ、メイは。ふふ。
「いい子いい子。メイはいつも頑張ってるよ」
「うぅ…、ソラちゃんだけだよ、こうやって私を甘やかしてくれるのは~!」
頭を撫でてあげると、ガバッと抱きつかれてしまった。
全員が家族のような村の中でもメイの家とはとりわけ親しく、物心つく前から一緒にいたこともあって、私達の距離感は友人というよりも姉妹のそれに近い。
ちなみに、私達は同い年である。
…別に他意はありません。
「うーん…!二日分のソラちゃんも補充できたし、また午後からも頑張れる気がする!」
そんな風にして、ひとしきりひっついたあと。
どうやら満足したらしく、私から離れつつ、晴れ晴れとした笑顔で伸びをしながらそう言った。
正直言っている意味はよく分からなかったけど、元気が出たのなら何より。私も自然と笑顔になる。
と同時に、ふと自分がまだ荷車を持ったままであることに気づいた。
「あ、そういえば、今回はなんと全部買ってもらえたんだよ」
「おお、すごい!」
なのでまた気持ちが弾んでくるのを感じながらそのことを伝えると、たちまちメイも顔を輝かせて喜んでくれた。
今回は一人だったけど、いつもは二人で一緒に街に出かける。
そして毎回売れ残りが出る度に、共にあれこれと対策を考えてくれるのもメイであり、だから完売できたという今回の成果は真っ先に伝えたいと思っていた。
「ソラちゃん人見知りだから、一人で大丈夫かなってちょっと心配してたんだけど、もしかして今回のでもう直ったんじゃない?」
「…ううん。卸売りの人に話しかける前には何度も深呼吸しないと駄目だったし、話してるときも目を合わせられなかったし、話したあともしばらくは胸がバクバク言ってたから、まだ駄目だと思う…」
「そ、そっかぁ…。それは大変だったね…」
「うん…」
私達の作ったものは街で直接売るのではなく、卸売りを専門とする商人に買い取ってもらっている。
当然手間賃はかかってしまうけど、直売りは直売りで場所代や宿泊費などが発生するので、結果的に仲介してもらう方がメリットが大きいし、何より、馴染みとなりつつある卸売りの人と話すだけでも精一杯の私が、不特定多数の人達を相手に商いをするなんて、最強の魔物の一角であるドラゴンに挑むくらい無謀なことだった。
本当に、なんでこんなに人見知りなんだろ…。
話しているうちに現状を再認識して、どんよりと落ち込んでしまう。
でも同情のこもった目で困ったように笑うメイを見て、慌てて我に返った。
「ま、まあ、それはおいとくとして…。はい、これが今回の売り上げ」
「お、おお、重い!なんだか、ずっしりと骨に響いてくるかのようだよ…!」
「もう、重さはいつもとそんなに変わらないでしょ」
売り上げの袋を両手で持って、大げさに驚く様子に思わず吹き出せば、ペロッと舌を出してメイも笑う。
完売したと言っても、実は売り上げ的に見ればいつもと大して変わっていない。
というのも、私達が商品として大都に持っていくのは、薬、加工食品、衣服、民芸品、装飾品とそれなりに種類が多く、量も荷車いっぱいに積み込むくらいたくさんある中で、いつも売れ残るのは私の作った服だけなのである。
各種商品の作製にはそれぞれ担当者がいて、衣服の担当は私とメイ、メイのお母さんの三人。
仕事と聞いただけでお腹を抱えて具合が悪いアピールを始めるようなメイだけど、しかしやればとてもできる子であり、メイのお母さんの作った品共々、毎回素晴らしい出来映えで必ず売れたし、それは衣服以外の品々も同様のこと。
つまり完売とは言っても、私の作品分が上乗せになっただけなので袋が重たくなるほどではなく、でも喜びはひとしお、という次第なのだった。
「ソラちゃん、頑張ってたもんねぇ…。すぐには結果には繋がらなかったけど、いい物はちゃんと評価されるんだよ、やっぱり」
うんうん、とメイが嬉しそうに頷く。
まあ、相変わらず出来映えには雲泥の差があるんだけどね…。
正直いつまでたっても二人には追いつける気がしない。
「えへへ、いつも相談に乗ってくれたメイのお陰だよ。それじゃ、荷車を返しに行くね」
とはいえ嬉しいものはやっぱり嬉しいので、メイと二人で笑い合いながら荷車に手をかける。
荷車はメイの家から借りたもの。
決してお金がたくさんあるとは言えない私達は、こうして色々なものを貸し借りしながら日々をやりくりしている。
「あ、それなら今もらうよ~!わざわざこっちまで来たら、ソラちゃん家からだいぶ遠回りになっちゃうし」
すると、そう言ってメイが元気よくパタパタと手を振った。
「いいの?」
「むしろお願い!これがないと、お母さんに仕事サボってたことがばれちゃう…」
かと思えば、今度はブルブルと身震いしながら逆にお願いをされてしまう。
どうやら叱られたときのことを想像したらしい。
う、うーん、どっちにしてもばれちゃうような気はするけど…。
ともあれ、ありがたい申し出であることに変わりはないので、私に断る理由はない。
「じゃあお願いするね。あ、お礼と言ってはなんだけど、お昼は私が作るよ」
「やったぁ!なら、涼しい北の丘で食べようよ。ソラちゃんの作るものはいつも美味しいから楽しみ~!」
私の言葉に、パァッとメイの顔が輝く。
北の丘。
名前のとおり村を少し北に行ったところにある小さな丘で、とても見晴らしが良く、夏でも爽やかな風が吹くため、私とメイのお気に入りの場所となっていた。
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、サトリさんにはまだまだ遠く及ばないからなぁ…」
「いやいや、そんなことないよ?ソラちゃんの料理はすっごく美味しいから!お母さんもほめてたし、何より課題を出されることもないから、安心して食べられるし…」
言いながら色々と思い出したみたいで、段々と目から光が消えていく。
メイのお母さんであるサトリさんは、針仕事だけでなく料理の腕前も相当なもので、初めて食べたときの、あの目が覚めるような感動は今でも鮮明に思い出せる。
そんなサトリさんに私達は料理を教わっていて、おかげさまで、不器用な私でも美味しいと言ってもらえるくらいには上達することができた。
ただ一方で、サトリさんは一度やるとなると徹底的にやる人でもある。
なので料理実習の後はもちろん、それ以外でも度々課題を出されることがあり、勉強と聞いただけで頭を抱えて具合が悪いアピールを始めるメイは、毎回悲鳴を上げているのだった。
でもなんだかんだ言いながらも、メイもしっかり料理できるようになってるよね。
「ふふ。それじゃあ、すぐに準備してくるよ」
「うん、待ってるね~!」
クスリとしつつそう言うと、再びパァッと顔を輝かせて手を振り、売り上げの袋を荷車に載せて、元気よく引きながら走っていった。
一緒にぴょこぴょこと跳ねる後髪が何とも可愛らしい。
さ、家に帰ろう。
元気な背中を見送って、ほのぼのとした気持ちで私も家へと歩みを進める。
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