回想 ―龍泉―

 

「犯罪じゃないですか」


「結構犯罪ですね。

 特に、脅して精神鑑定をやらせなかった辺りは。


 まあ、私はその件に関しては知らなかったことにしますけど」


 その方が話が早いんで、と三根は言った。


「ちなみに、大ちゃんが居た少年院に入れてやると言ったら、奴、非常に怯えていましたよ」

とちょっと可笑しそうに笑う。


 しかし、なるほど、批判的に言った美咲ばかりを責められないな、と龍泉は苦笑いする。


「美弥ちゃんは、大ちゃんが久しぶりに弓を持ったので、ちょっと喜んでましたけどねえ」


 長い間、大輔が弓道から離れていた理由は想像に難くない。


 心の迷いと、罪の意識。


 それが彼に弓を手にすることを躊躇ためらわせていたのだ。


 今回、思わず掴んでしまったのは、相手が美弥を狙おうとした犯人だったからだろう。


 此処に寝ていたのは彼女だったかもしれないのだ。


 そう思いながら、傷口に手をやると、それに気づいたように三根は、


「ああ、長居をしましたね」

と腰を浮かそうとする。


 三根さん……と龍泉は呼びかけた。


「でもその話、なんか変じゃないですか?」


 そう言うと、三根は溜息をついて上げかけた腰を下ろす。


「そうなんです。

 通り魔をやっと捕まえてくれた人なんで、言いたくはないんですが。


 前田さんが犯人を特定出来た理由が曖昧で」


 被害者のひとりが前田と同じ会社の受付嬢だったのだ。


 支社で警察から呼ばれるとき以外、暇を持て余していた前田に、彼女はよく声をかけてきてくれていたらしい。


 そのときに、事件当日、たむらに行ったという話を聞いていたようだった。


 そして、昨日、美弥からも同じ話を聞いたので、もしかして、と思い、確かめに行ったら、男と妙に目が合って気がついた、と言うのだが。


「その男、結局、精神鑑定が必要な状態じゃなかったわけですよね?」


「ええ。

 ただの愉快犯で」


「じゃあ、理由づけのために、軽く目を合わせるだけだったんでしょう?


 じっと見てたら、怪しまれますもんね。


 捕まれば、自分は精神障害がある、と言うつもりだったとしても、捕まらなければそれに越したことないわけですから、恐らく、印象には残らないようにしたと思うんです。


 そうでなければ、あの勘の鋭い美弥さんが気づかなかったはずはないですからね」


 本当に精神に異常をきたしていたのなら、その目つきの異様さにピンと来ることもあるかもしれないが。


「それなのに、何故、前田さんという人は、簡単に犯人がわかったんでしょう?」


 まるで、別の目星があったみたいだ、と思う。


「嫌な感じでしょう?」

と三根は溜息を漏らす。


「なんだかわからないけど、妙に背中がざわざわして落ち着かないんですよ。


 いい人なんですよ、あの前田さんて人、だから余計に……」


 三根の言葉は尻すぼみに小さくなって消えていった。



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