蒼天の弓 ― 条件―2


 

「今回だって、従う必要なかったでしょ?

 あのメモ見た時点で、かなり怪しかったんだから、問い詰めりゃよかったんだよ」


「ま、そうなんですけどね」


 圭吾は諦めたように言う。


「好きっていうか、尊敬はしてますよ。

 でも、嫌いです」


「美弥ちゃんもそう言ってた。

 今はたぶん、ますます君のことが嫌い」


「なんでですか……」


 さすがにそれは不本意で、そう訊いてしまう。


「君の正義が彼女には羨ましいから」


「え――」


「君の事情は彼女も知ってるよ。

 僕が話したから。


 なんとも言えない顔してたなあ。


 なんで自分はいつもその道を選べないのかって思ったんだろうね。


 そして、困ったことに、きっとこれから先も同じことするんだろうねえ、あの人は」


 叶一は立ち上がった。


 パソコンの灯りが完全に落ちてしまう前に、書類ケースの上にあった卓上ライトの灯りをつける。


 まるでドラマに出てくる取調べ室みたいだなあと、ぼんやり思う。


 実際にはもちろん、そんなものはないのだが。


 取調べを行っている相手に凶器にされたら困る。


「きっと彼女自身はどうでもいいんだ。

 相手が犯罪者でも、犯罪者じゃなくても。


 だけど、相手のことを考えて。

 相手が楽になる方法を探してる」


「私は―― 間違っていますか」


 思わず圭吾はそう問うていた。


 まるで告解室で神父を通じて神に問い掛けるように。


「いや、お前が考えて出した答えなら、間違ってないんじゃない?


 笹川さんはあれで優秀な刑事だよ。


 あの人は必要な人だ。


 例え、彼に隠された一面があったとしてもね」


 笹川と行動を共にするようになって、圭吾は彼の不正に気づいた。


 だが、それを摘発することはしなかった。


 そんな自分が刑事を続けることは出来ない。


 だから、警察をやめた。


 笹川は今でも刑事を続けている。


 それでいいのだ。


 彼は確かに、人を救っている。


 あそこに必要な人間だから。


「しかし、それにしても、監禁って――」

と溜息を漏らした圭吾に、叶一はあからさまに顔をしかめた。


「監禁はいいんだけどさあ。

 いや、よくはないけど。


 美弥ちゃん、僕に何をさせたと思う?

 僕が失踪した後、捜すルートを僕に書かせたんだよ?


 旅の計画みたいにさ」


「はあ……。

 そこを今は大輔さんと回ってるわけですね」


 どう思う!?  と叶一はそこだけ強く言い募る。


「悔しいんなら書かなきゃよかったじゃないですか。

 結局、貴方が一番甘いんだから」


「大輔の方が甘いよ。

 あいつほんとは知ってるんだもん」


「え?」


「あいつ、僕が此処に居るの知ってるよ。

 知ってて知らないふりして美弥ちゃんに付き合ってんの。


 ま、美弥ちゃんもそのことに気づいては居るのかもね。

 でも、知らん振りしてた方がいいから」


 そういえば、あの警察で美弥が自分にメモを渡したときも、見咎められなかったはずはないのに、大輔は何も言わなかった。


「僕が失踪すんの、明らかにおかしいもん。

 大輔はすぐに此処を探り当てたよ。


 あいつ、探偵とか興信所とか向いてるかもね」


 ははは、と叶一は笑う。


「まあ、でもあいつ、此処へ来てひとつ復讐していった」

 椅子に座り直し、脚を組む。


「圭吾、あんまり隅に行かない方がいいよ」


「は?」


「そこの書棚とドアの隙間に、武家の奥方が居るそうだ」


 圭吾は思わず、その場から飛び退った。


「パソコン、最初はあっちに置いてたんだけど。


 あそこに置くと、ちょうどディスプレイの上に、頭を槍で串刺しにされた落ち武者が居るんだそうだよ。


 道理で、勝手に文字が走ったりすると思った」


「平気なんですかっ、叶一さんっ」


「平気じゃないけど、出れないじゃない。

 此処、内側からは鍵開かないんだから。


 そもそも、此処使われなくなったのは、お化けが出るって評判になって、誰も来たがらなくなったかららしいんだよ。


 此処、前、塚があったんだって。

 おじさんがちゃんと他所に移して供養してくれてんだけど。


 大輔の話によると、中には取りこぼしがあるみたいで。


 ちょうど地下のこの辺にいっぱい死体が埋まってたんだって。

 美弥ちゃんも知ってたよねえ、絶対!」

と両腕を縋るように掴んでくる。


 あー、それは、と圭吾は顔を逸らして言った。


「そりゃ、やっぱり復讐でしょう。

 まったく、余計なことを言うから」


「ろくなことしないよ、あの二人っ」


「されるようなことする方が悪いと思います」


 でもまあ、いいよ、と叶一は拗ねたように言い、もう一度腰を落とした。


「母さんも居るらしいしね」


 デスクに頬杖をつき、そう苦笑する。


「もうちょっと此処で二人で話してるよ。

 僕には見えないけどね」


 きっと大輔が教えていったのだろう。


 叶一を心配した母は、まだ上に上がれず彼に付いているのか。


 叶一の顔はいつもより穏やかに見えた。



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