蒼天の弓 ― 携帯―
山の肌寒い風に少し身を縮め、美弥は小さな商店の前の公衆電話にお金を入れる。
最初から太っ腹に百円玉。
テレフォンカードは持っていなかった。
そう何度も鳴らさないうちに相手は出た。
「もしもしー、うちのネズミさんは逃げてませんか?」
『ネズミって誰のことー!?』
返って来た声は叶一のものだった。
美弥だと察して、圭吾の携帯を奪ったのだろう。
『手抜きは駄目だよ、美弥ちゃん』
「あら、叶一さん。
これ、ほんとに凄い速さでお金落ちるわ」
『なに誤魔化してんのさ。
早く帰ってきなよ。
そのまま逃げる気?』
はははーと美弥は笑った。
僅かな情け心で、もう百円入れる。
「まあ、もう少し監禁されてて。
貴方の罰よ」
監禁!? という声が聞こえた。
圭吾が耳を寄せて聞いているのだろう。
「安達先生、しゃべらないのなら、外に出ても結構よ。
しゃべるのなら、そのままそこに留まっててもらいます」
『――いつまでです?』
ちらと川の傍に立つ大輔を見ながら、夕方まで、と言った。
電話を切って、目が合った商店のおばさんに頭を下げると、美弥は大輔の許に行った。
「大輔も出ればよかったのに、携帯」
「聞こえづらいんじゃないのか」
「ちょっとね」
他愛もない話をしながら歩いた美弥は、あ、と小さく声を上げる。
「この近くにさ、きらきら光る洞窟があるの。
何かの鉱山跡みたいでさ。
ついでだから行ってみない?」
そう言うと、大輔は、あっさり、いいぞと言った。
いつもなら、一応文句を垂れるのに。
なんだかそれを淋しく思う。
「行こう、大輔」
と腕を掴んだが、振り払いもしなかった。
それにしても、叶一さんめ。
光る洞窟という自分の言葉に、あの日の病院での出来事を思い出す。
冗談めかして、ルミノールを振りかけて、わざわざ、蛍光灯の切れかけたあの踊り場まで連れてくなんて。
監禁ぐらいじゃ済まないんだからねっ。
そこには居ない叶一に凄みながら、今頃、殺気を感じて身震いしていることだろう、と思う。
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