安達圭吾
「八巻様ですか?
はあ、まあ名前は知っていますよ」
安達圭吾は軽く小首を傾げる。
美弥は事務所の窓枠に背を預け、その異様に背の高い男を見上げていた。
向こうが座らないので、なんだかこっちも座りづらかったのだ。
圭吾は久世家の顧問弁護士安達保弘の息子で、本人も同じ事務所で弁護士をしている。
もう美弥たちとも結構長い付き合いだった。
「もう一杯頂けますか、美弥さん」
と彼はカップを差し出す。
この事務所では客以外、珈琲を飲む人間が居ないので。
ということはつまり、ほとんど珈琲を淹れる機会はないので、ぜひともついでに紅茶にして欲しいところなのだが、絶対にいつもこの男は譲らない。
まあ、本来は彼も客なのだろうが、美弥は彼を客だとは思っておらず、彼もまた客の自覚もないようだった。
「私は面識はありませんが、父はあるかもしれませんね。
会長も付き合いはあったでしょう。
香典出しましたから」
そう、と美弥は呟く。
「あのですね~」
と圭吾は言いにくそうに言った。
「それ、依頼じゃないんでしょう?
仕事の方していただけませんかね?」
「皆にそう言われるわ」
と流すと、圭吾は顔をしかめ、
「じゃあ、それか、さっさとこんな事務所やめて子どもでも産んでください」
と言う。
「……誰の子を産めってのよ」
と美弥は整ってるんだか整ってないんだかよくわからない圭吾の顔を覗き込むようにして睨む。
倫子に言わせると知的で格好いいそうなのだが。
彼女に言わせれば、誰でも格好いいし、美弥の基準は、ちょっと世間と外れているらしいので、ほんとのところはよくわからない。
「叶一さんでも、大輔さんでもいいですよ」
「あんたも大概にはアバウトね~」
「どっちでもいいんですよ。
貴方の子なら。
会長が一番買ってるのは貴方なんですから」
「……傍迷惑な話だわ」
ちっ、と美弥は舌打ちをする。
「子どもを作れば、貴方は跡継ぎの母です。
会社の経営に口出ししても、立場的にそう悪くありません。
今みたいな宙ぶらりんな状態じゃ困りますけどね」
「私は久世グループには興味はないわ」
「でしたら、やはり、さっさとお子さんを作られて。
それで叶一さんとは離婚されて。
誰かこれと思われる経営センス溢れる方を婿に取られては如何でしょう」
「ちょっと待って。
嫁の私が婿を取ってどうするの」
「ですから、美弥さんのお子さんを会長が跡継ぎだと認められれば、それでいいんです。
とりあえず、血も続くわけですし」
血とかそういうことにあの隆利がこだわるとも思えないが。
まあ、世間体的にはそれで少しはなんとかなるということか。
「ところで、その話の何処に私の意思とか感情とかが入ってるの?」
「そんなもの会社経営に関係ありません。
また、弁護士という仕事にも関係ありません。
私が願うのは、うちが顧問をしている久世グループがこのまま安定を保ち、発展していくことです」
この人でなしっ、と美弥は圭吾を罵る。
「なんでしたら、美弥さん、私と結婚しますか?」
「はあ?」
ははは、と圭吾は笑ってカップを置いた。
「冗談ですよ。
いかに久世グループが手に入るとはいえ、私、貴方のような人は苦手です」
「あら、気が合うわね。
私も初めて会ったときから、貴方が苦手なのよ」
そうですか、それはいい、と何がいいのかわからずに言い、
「それじゃあこれで――」
とその場を後にしようする。
「ちょっ、ちょっと待って。
あんた何しに来たのよっ!
何か情報のひとつも置いていきなさーいっ」
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