ブラック企業?

 お気づきかもしれませんが、辞めると言わない契約社員に、辞めてとは言えません。特にSNSやメールなら絶対にです。あくまで自主退職にしなければなりません。


 そうしたミッションなのは互いに大人であれば理解しなければなりません。微妙なのは派遣先は辞めたいと申しますが、派遣元の会社には居続けたいという部分にあります。


 長く勤めておりますと会社の実情、内情も見えてきますので、他人がいかにマイペースで仕事をしているかが、見えてきます。


 企画やデザイン、売れない商品を作る部門に腹をたて、烈火のように騒ぎたてるのです。全く別の業種ですから、彼らを暇をもて余したボンクラと認定することは出来ないはずですが。


 私の仕事もルート営業なので商談は二割位で催事や商品入れ替え、入出荷に伝票や値札を付けての物流業がほとんどでございます。


 通常の派遣販売員は派遣会社から、面接をへて担当社員と売場マネージャーの判断で付けるようになっています。数年すると法によって直雇用にかわります。


 彼女の場合は、ある店舗のマネージャーに紹介され、即採用、直雇用にしました。その場で断るようなことは不可能でございました。


 他社の撤退で数字が伸びたことや、社長のお気に入りという自負が彼女を増長させたのは違いありません。


 また多くの派遣販売員の場合、いくら真面目に勤めても、他社を出し抜き売上をアップしても給料に反映されることもありません。


 中小企業では、いかに商品のアイデアや企画に参加してもアグリーベティやプラダを着た悪魔のようなサクセスストーリーは生まれようがないのです。中小ですので。


 いわゆる、社会では使の弱い立場でございます。だからといって〈辞める〉というカードを使って私からマウントをとるのは、いくらなんでも逆パワハラではないでしょうか。


 それでも私は何度もうまくやろうとしました。直接話せば分かりあえると信じたこともあります。彼女や周りの人々に馬鹿だ、気弱だと罵られても、笑わば笑えと言い聞かせ、実直に仕事として応える道を歩んだのです。


 おかげで売上も順調で社内でも高い評価を得ました。ライバル会社の派遣販売員さまが、四人も辞めていくほど一緒に仕事をするのは辛い人でございましたが。


『彼女はイカれてる!』『辞める前に訴えてやる!』『口の聞き方を知らないのか!』と怒鳴られたこともありましたが、本人に言っても逆ギレされるだけでした。


 ハンガーを隠して品だしさせないとか、鏡の前に立って邪魔をするとかいう子供じみた内容ですが、他社の販売員さんが、退いてといえば笑顔で退くのでマネージャーや社員からのクレームにはならないのだそうです。


 注意や指摘をすれば、どこの誰が言ってるんだと聞いてきます。直接言えないのか私に問いただします。コミュニケーションが取れないと言われれば、理由を聞き、責任はそちらですよね? と牙を剥きます。そうして、疲れ果てた人々は文句を言う気力もなくし、辞めていきました。


『本当に底意地が悪いね、オタクの販売員。でも遊びじゃないんだから、それを理由に首には出来ないよね。数字持ってる人が正義だから』


『いつも、中島ちゃんに言ってごめんなさいね。オタクの販売員さん、キツすぎない?』


『頼むからクビにしてよ。うち、すごく迷惑してるんだからさ』


 私は病んでしまったのかもしれません。労働のやり方も、あり方も歪んでいるんです。根底には深い闇が潜んでおります。


 引き留めて欲しいのは知っています。八年間頑張ってくれたのも知っています。でも全てが自分の手柄、一番忙しいのはワタシじゃなければ気が済まない。それは虚構であり戯れ言でございます。


 このストレスはコロナ禍が原因かもしれません。お酒を飲んで互いに愚痴を積み上げれば少しは気が晴れたかもしれません。


 核弾頭のように、全ての人に嫌われてピリピリして作る数字に意味を見出だせない訳でもありません。結果が全ての世界でございます。


 ですが、私がストレスの捌け口になることで……見下され、振り回されても結果が出ないとなると、話は変わってきます。


 私はもう、とうに限界を越えていたのです。手は震えて、指先は冷え込み、心臓がバクバクと脈うって血圧は上がりました。私はおびえていたのです。


 夜は眠れず、食欲もなくなりました。もう引き留めたりしません。いくら売場でマウントを取って売上を伸ばせても、そんな虚構からは身を引くべきだと感じたのです。


 はたして彼女に、気持ちよく辞めて頂けるのでしょうか。来年はどうなるのでしょうか。まだ年末クリアランス商戦は始まってもおりません。


 その答えは、まだ誰も知りえません。このようなエネルギーを世界平和に向けられたなら、もっと有意義な日々をおくれたはずなのに。


 若者や中途採用のかたは、私の言いたいことは、わかりましたでしょうか。アパレルなら企画、製造、卸し、販売。様々な職種に様々な雇用形態がございます。


 あえて過去の遺物のような競争の激しい場所に立ち、勝ち目のない業界で生き延びる必要はございません。


 良いものを造れば、売る側も買う側も、誰も不幸にならないはずです。しかし、売れないものを作り続け、売り続けるのが仕事です、などという時代はもう終わりにすべきです。


 サービス業で接客をするのは構いませんが、売上を競いあい、勝ち負けに一喜一憂するなどという争いは、人がやらなくてもよい時代がくるのではありませんか。


 今では、やるべきで無いとすら思います。


 そこが地獄だと感じるのも無理はございませんね。大の大人が、たかが商品を注文するのに大騒ぎするような女性のご機嫌を伺うのです。


  どこから始まったことなんでしょうか、この遠回りが文明を衰退させて、争いをうみ爆弾や拳銃を振り回して人々を恐怖にかりたてるのです。


 権利を主張し、モンスター化した魔物が牙を剥いて獲物を付け狙うのです。首の関節が外れてると感じながら、無価値な営みに追いたてられる愚かな人々は悲鳴をあげております。


 まるで、正当な理由も無いのに誰もが誰かを傷つけ、辛い思いをしながら、辛い仕打ちを止める方法を忘れてしまったのです。


 孫や子供がいればまだ救われましょう。昔からある思い出の童謡を歌い、幸せだったはずの輝く世界と歩調を合わせることも可能です。


 ですが今では、独身や少子化の歯止めもございません。誰も懐かしい、あの歌声に耳を貸そうともしないのです。たかが金のために、愛も希望も信念も、人生までも引き渡す必要がありましょうか。


 そんな話をして、私はまだその仕事を続けるつもりか……ですって?


 ええ、私はこのような雇用形態や小売り業界の繁栄を見てしまいました。その歪んだ環境はまだまだ終わらないのでございます。


 私は生きるために働いております、繁栄と衰退を間近に経験出来るのであれば、それはそれで興味深く観察するまでにございます。


 少し肩の力を抜いて、自分と仕事を客観的に見てみたいと感じております。また続報が書ければ幸いでございます。


 そして年明けまで連絡はとらず、四日の午後に売場へと行ったのです。先手で挨拶をしましたが、みるからに機嫌は悪そうでした。


「明けましておめでとうございます」


「あ、おめでとうございます。社長は来たの? 年末、年始、私に挨拶に来ないなんて、本当に失礼な会社ですね」


「さっき、来ましたよ」私は言いました。「また14日までには来ると言って他店へ行きました。部長も統括もお休みでしたから」


「ちっ……おせーんだよ」


「納品整理して、在庫見て行きますね」


「私はもう知りませんから、プロパーもセールも全部見て行ってくださいね。納品も来て自分で片付けてください」


「はあ……分かりました。シフト教えてもらえますか? 金曜日まで来れないかもしれませんので」


「今週のシフトなんか関係ないでしょ。そしたら、納品に何が何ケースとか連絡してください。それと返品作っていってください。これと、これと、これ! 店頭分もたたんで返品してください。また新しい販売員さんになって入れたければ、入れてください」


「わ……分かりました」


「返品の伝票書いて判子も貰ってください。この段ボールとか、邪魔なのまとめて、ゴミは捨ててきてください」


「……はい」


 派遣契約社員の武器は、いつでも辞められることでしょうか。給与が上がらない代わりに責任を取る必要がないことでしょうか。


 シフトに穴をあけたり、担当営業を精神的に追い込むことが、権利だとでも信じているのでしょう。ですが、このような立場の方を雇う会社こそが本当のブラック企業なのかもしれません。


 社長は時間をあけて彼女に挨拶に伺ったそうですが、忙しいからと言われて何も話さなかったそうです。




          もう少し、づつく






 

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