最終兵器 キング=エレファント

うちやまだあつろう

第1話 彼の名はハウンド

 一人の男が音も無く街道を走り抜ける。月の無い夜。他に人影は無い。

 彼はとある建物の傍で立ち止まると、物陰に身を潜めた。そして、懐からピッキングツールの入った革袋を―――


「動くな」


 その背後から黒い手が伸びる。男が反応するよりも早く、首元にヒヤリとした金属が触れた。


「くっ…………」

「何をしに来た。どこの国の人間だ」

「こ、答えるものか…………!」

「なるほど、『ベジタブル帝国』か」

「な、なぜ分かった!?」

「当てずっぽうだ。お前がバカで良かった」

「なっ………………!」


 ナイフが僅かに動いた。赤い血が刃を伝って地面に落ちる。

 男は満点の星が輝く夜空を見上げると、覚悟を決めたように目を閉じた。


「パンプコーン十三世…………、万歳…………!」


 その言葉と同時に、男は強く歯を噛みしめる。


「待て! ………………クソ、やっちまった」


 ナイフを持った男―――ハウンドは呟くと、腕の中で息絶えた男を投げ捨てた。


◇◇◇


 周囲を海に囲まれた『アニマル王国』。資源も先進的な技術も、ましてや世界の列強と渡り合おうという覚悟さえ無い小さな島国だ。

 当然、国民もそのことは十二分に理解している。どうせ頑張ったところで、巨大な力を持つ国に勝てやしない。そんな無気力さが国中に蔓延していた。

 だがそんな中で唯一、『アニマル王国』には、他の国よりも抜きん出て豊かなものがあった。


 それは国民の『妄想力』である。


 もしも突然、神様から強大な力を授かったら。もしも突然、大量の金が空から降ってくれば。もしも突然………………。

 誰もが夢見る「もしも」の話。

 その万能な妄想と、無力な現実とのギャップが、さらなる妄想を加速させていたのである。


 そして、それは王国の主、国王『エレファン十八世』も例外ではなかった…………。



「なにぃー!? また死んじゃったじゃとー!?」


 エレファン十八世は玉座から立ち上がると、頭を垂れるハウンドに叫んだ。


「申し訳ありません、陛下」

「ま、しかたないのー。…………それで結局、余の最終兵器『キング=エレファント』の秘密はバレていないのじゃな?」

「はい、陛下」

「ほっほっほ! なら良いのじゃ! 下がって良い良い」


 エレファン十八世は上機嫌に笑うと、再び玉座へ腰を下ろした。ハウンドは、これ以上ないほど頭を深く下げると、一人玉座の間を後にした。


 最終兵器『キング=エレファント』。それは『アニマル王国』が誇る、人型万能兵器である。

 城と同じ程の大きさで、あらゆる攻撃を弾く装甲を持ち、それが実戦で投入されれば、一機で戦況が大きく変わるほどだ。

 中でも特に強力なのは『象之鼻息エレファント・ブー』と呼ばれる搭載兵器で、一度発動すれば地の彼方にある敵基地を粉砕できる破壊力を持っている。これは最強『ベジタブル帝国』の『全庭薄荷爆弾オール・ハッカ・バッカ』よりも威力が高い。


 のだが、問題が一つ。


「アニメ大臣!」


 エレファン十八世が声高らかに呼ぶと、脇に控えていた白髪の女性が国王の前へ進み出た。彼女の名はオウル。アニマル国営アニメの運営を取り仕切る人物だ。


「『虚象作戦エレファント・ザ・ムービー』の次回作はどうなっておる!」

「は。順調に製作進行しております」

「よしよし! 決してバレるでないぞ! あの兵器は『実在している』ということにせねばならんのだ!」

「心得ております」


 彼女は深く頭を下げた。


 そう。問題点とは、最終兵器『キング=エレファント』が実在しないことである。搭載された『象之鼻息エレファント・ブー』はもちろん、二足歩行する巨大兵器すら、この国には無い。

 一歩で大海を渡るというのも、拳で大陸を割ることができるというのも、全て国王エレファン十八世の思い描いた「妄想」でしかないのだ。


 では、何故バレないのか。


「恐れながら、陛下」


 オウルがわずかに顔を上げる。


「次回作、陛下に出演をお願いしたいのですが」

「なにぃ! 嫌じゃ! 恥ずかしい!」

「パイロット役でございます」

「よし! 出る!」

「ありがとうございます」


 彼女は地面に埋まりそうなほど深く頭を下げた。


 バレない理由は、アニマル王国の持つ「映像技術」である。

 世界一優秀な妄想力を持つアニマル王国民は、その妄想を映像化するための映像技術にも秀でていた。その技術を以て製作された『虚象作戦エレファント・ザ・ムービー』は、実写と言われても気付かないほどの出来であり、各国首脳をはじめ、世界中の人間を騙すのには十分すぎるほどの威力を発揮した。

 現在、アニマル国王の『最終兵器ぼくのかんがえたさいきょうのへいき』が抑止力となって、この小国はどこからも手を出されることなく平和を維持している。


「最強兵器『キング=エレファント』があれば、この国は安泰じゃ! はっはっはっはっは!」


 エレファン十八世が高らかに笑うと、控えていた従者たちは「アニマル王国万歳!」と口々に声を上げた。


◇◇◇


「安泰なわけねーだろうが!」


 ハウンドが声を荒げると、向かいに座っていたオウルが「まぁまぁ」と彼のグラスに酒を注ぐ。


「そもそも最終兵器自体、存在してないじゃねーか!」

「それはそうですね」

「あの国王ヤロウ、俺が――してやろうか!」

「あまり言うと反逆罪で牢屋行ですよ」


 最強兵器が実在していないということを知っているのは、アニマル王国でも上層部のみ。当然、王国民は兵器が実在しないとは知らず、むしろ実在していると信じている。

 幸い、ハウンドの声は居酒屋のガヤによって掻き消された。


 国王に仕える二人には似合わない下町の居酒屋だが、二人はよくこの店で呑んでいた。まさか、こんな居酒屋で国家機密が話し合われているとは誰も思わないだろうし、話を聞かれたところで「国家の裏で暗躍する設定の妄想か」と思われるだけだ。


 ハウンドは注がれた酒を一息に飲むと、赤い顔を机に突っ伏した。


「俺以外で、この仕事を任せられる人間がこの国にいますか?」

「いないですね」

「俺、めっちゃ頑張ってんのに…………。労いの言葉も無いのか、あの国王クズヤロウ

「あなたの頑張りは私が一番分かってますよ。いつもありがとうございます」

「うぅ…………、オウルさん……」


 ハウンドの仕事は、国家機密の保持。主に、最終兵器の探りを入れにきた各国の諜報部員を捕縛することである。当然、失敗は許されない。

 基本的に能天気で危機感の無いアニマル王国民は、そもそも諜報員の仕事が務まる人間がおらず、ハウンド一人で国家機密が保たれているといっても良かった。


 正直、こんな沈みゆく国を捨てて逃げ出したいところだが、そうもいかない理由がある。


「オウルさん…………。一緒に亡命しません?」

「私、アニメ好きなので」

「ですよね」


 オウルは病的なまでのアニメ好き。そんな彼女がいる国を存亡の危機に晒すことはできない。

 そんな彼の淡い恋心が、なんとかアニマル王国を支えているのである。


――――臨時ニュースです!


 不意に、居酒屋に設置されたテレビの中で、アナウンサーが興奮気味に言った。


――――国王エレファン十八世による緊急会見が開かれる模様です!


 緊急会見など聞いていない。驚愕の表情を浮かべる二人。その視線の先で、満面の笑みを浮かべた国王が画面いっぱいに映し出された。


――――うぉっほん! 我らが最終兵器『キング=エレファント』じゃが、ベジタブル帝国皇帝、パンプコーン十三世より『実際に見てみたい』と要望が入った!


 嫌な予感がした。


――――そこで! 来月の一日! 我が国に皇帝を招待し、実際に『象之鼻息エレファント・ブー』の威力を見せようと思っておる!


 居酒屋のあちこちで歓声が上がった。最強の帝国を治める皇帝が来るというのは、小国であったアニマル王国が一流の国家として世界的に認められたということである。何も知らない国民からすれば喜ばしいことだ。


「あの――――野郎! 俺が――――して、ぜってぇ――してやるからな!」


 ハウンドの怒号は、酔っぱらいの歓声によって掻き消された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最終兵器 キング=エレファント うちやまだあつろう @uchi-atsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ