お総裁(そうざい)選挙

龍玄

第1話 日本を本気で守れるかの戦である。

 武漢ウイルスは変異株を次々と生み出し、世界の経済と人命を脅かしていた。人類は、ワクチン接種に期待し、姿の見えない侵略者と闘っていた。閉塞感の中、慣れはその怯えを日増しに衰えさせていた。

 武漢ウイルスの脅威に世界はその対応に困惑の色を隠せないでいた。武漢ウイルスが確認され早一年、暫定ながらワクチンが製造段階に入り、各国のワクチン争奪戦に熱を帯びる。友好国の関係を活かし、国民への二回接種分のワクチンを確保。接種率こそ他国に遅れを取ったが、順調にその効果を得始めていた。しかし、マスゴミは、緊急宣言や対応の遅れを指摘し、地民党の不甲斐なさを煽り立てていた。それに油を注ぐように地方自治体からの宣言判断基準や対応の不満が噴出。国民を背後に経済的負担を国に押し付けてきた。自由を奪われた国民は、発祥地の中酷から目を反らさせたいマスゴミの誘導により、あたかも今回の災難を地民党が起こしたように仕向けていく。それによって、地民党の支持率は坂道を転げ落ちていた。そんな中、日本では衆議院議員選挙を間近に控えていた。支持率を下げ始めた地民党は、新たな脅威に晒されていく。


 「里芋君、貧乏くじを引かせて済まなかった。御苦労だった」

 「待ってください煮貝さん、私はこのまま…」

 「このまま?このままで、選挙を闘えると思っているのか?」

 「…」

 「顔だよ、顔。このままじゃ、武漢ウイルスの憎悪が我が党に向けられるのは必至だ」

 「しかし、誰がなっても同じでは。なら、最後までやらせてください」

 「最後までやって我が党を崩壊させるつもりか!」

 「…」

 「我が党は逆境に立たされている。国民のストレスを一身に浴びている今、これからに期待と明るい未来を印象付け、視線を一転させるためには、新しい顔を立て、今の苦境に幕引きを行う必要があるのは明らかだ」

 「…。しかし…。では、再選を目指し、立候補を致します」

 「…。勝手にすればいい。今や疫病神の君に付く議員がいるのか。派閥を持たない君が。我が派閥を頼るつもりなら、お門違いだぞ」

 「それでは、責務が…」

 「責務…。今の君の責務は我が党のダメージを限りなく無くすことだ。それは、君が総理の座を退くことだよ、里芋君」


 煮貝幹事長自身、切迫した問題を抱えていた。それは、高齢である煮貝は後継者に恵まれず派閥自体が空中分解に晒されていたのと、忠誠を誓う中酷が世界から疎まれ、自業自得とは言え、その汚泥を真っ向から被り、悪代官のレッテルを拭えないでいたからだ。煮貝派の志水会、46人は、絶対的指導者と有力な後継者を育てられず、明らかに浮足立っていた。


 伏魔殿の地民党には多種多様の妖怪が巣食う。その一人が、幻想にどっぷり漬かり過ぎ、ふにゃふにゃにふやけた石葉元幹事長だった。


 「ほほほほ。僕の出番が来たようだね。早速、推薦人の確保に取り掛かりますか。僕には党員・党友会という絶対的な票があるからね。まぁ、中酷の資金と根気のお陰だけどね」 


 指示を出せない指導者らしく、どっちつかずで論点ずらしの口調に磨きを掛けるのに余念がなかった。


 閣下と呼ばれる麻草副総理は、自身が率いる地民党麻草派・志香会、53人を従えていた。


 「閣下、私、総裁選に出馬させて頂きます」

 「本気か、昆布君。やめとけ、やめとけ」

 「しかし、今回がチャンスかと」

 「やるのは勝手だが、やるからには勝たなきゃならん。負けたら、後が大変だぞ」

 「ご支持を賜りたくお願いに参りました」

 「支持か?まだ、早いんじゃないか。もう少し揉まれて味が出るのを待った方がいいんじゃないか」

 「ご支持を」

 「そうか。じゃ、元気でな」

 「閣下…」


 安倍川餅前総理の弟である岸大根外務大臣の所属する宏池会は35人。

 岸大根さんは幼少のころに母の兄(つまり叔父)の岸大根信和さん(岸大根信介元総理の長男)と養子縁組をした。そのため、氏が「安倍川餅」から「岸大根」へ変わったものだった。


 「総裁選に出馬致します。ぜひ、ご支持をお願い致します」

 「うん、そうか、頑張って」


 しかし、自分たちに靡かない者を陥れようとするマスゴミの執拗な質問に岸大根はまんまと嵌ってしまい、安倍川餅の掘り下げたくない問題に火を灯すような対応能力のなさを晒し、一気に安倍川餅前総理の信頼を萎えさせた。その番組での自分の対応に関して人伝に聞いた岸田大根は、慌てて安倍川餅前総理のもとへと向かった。接見してすぐさま、安倍川餅のきな粉の色合いが濃く変化していたのに気づかされた。


 「安倍川餅さん…」

 「総裁選のことだな」

 「はい」


 安倍川餅は、ひじ掛けに手を掛け立ち上がると、岸大根との擦れ違いざまに「体に気を付けて」とだけ言って、目も合わせず、岸大根の肩を叩いて退室していった。その背中は、支持拒否を物語っていた。


 「安倍川餅さん…」


 意に沿わない真実を一切報道しないマスゴミは、中酷が好む優柔不断で組み易しとするお気に入りの石葉を担ぎ上げ、ありもしない人気を盛に盛って報道し、国民の視線を石葉に向けさそうと躍起になっていた。マスゴミの無知さは、総裁選が地民党員による選挙であることが理解できないでいたことだ。いや、理解していて国会議員の票は当てにならず、地方票を有利にするための小細工か。

 ある機関が調査したように先進国でありながらフェイクニュースを信じ突き進み、真実だと思い込む特殊な能力を持った缶酷人のようにマスゴミは、真実と意見の区別さへできなくなり、単なるクレームを生き甲斐にしているような存在となっていた。これこそが、日本が進んではいけない道であり、襟を正して対応しなければならない問題でもあった。

 マスゴミが一般国民をミスリードするのに躍起になっている間に新芽が着実に育っていた。それは、当選すれば、女性初の総理となる高菜茶苗前総務相だった。本来ならマスゴミが注目を浴び部数や視聴率を得る話題である新芽の存在を一切無視し、寧ろ、国民に気づつかせまいと、里芋・昆布・岸大根・石葉の争いと報じていた。マスゴミの一押しは言わずと知れた石葉だ。続いて昆布、里芋、岸大根となっていた。

 いつもの幻想が繰り広げられる。マスゴミに持ち上げられた石葉は総裁選の出馬に意欲を見せたものの、相変わらず何が言いたいのか、出るのか出ないのかをふにゃふにゃにし旬を逃しまくっていた。


 公示日が迫る中、各候補者は、推薦人20名の確保に疾走と駆け引きを半地下の住人の思いで繰り広げていた。


 各候補者は、日々変わる派閥の力関係に翻弄させられる。そんな中、驚くニュースが伝えられた。再選を望んでいた里芋現総理が、早々と総裁選辞退を表明したものだった。元々、無派閥で押し出されるような形で総理になり、その後ろ盾となった発言力のある派閥の煮貝派の支持が得られないだけでなく、国民の不満を一身に背負わされている里芋に加担しようとする者など誰も居なかった。

 これに気をよくしたマスゴミは、より石葉を押し、テレビでの露出度を高めることに尽力を惜しまないでいた。しかし、これが裏目に出る。露出度が増えれば増える程、SNSを中心に煮え切らない生臭さの残る石葉の態度は、国民に不味さを伝える結果となった。


 石葉は、もう賞味期限が切れている。


 安売りしても売れない。それを実感した石葉派の17人の内、7人が昆布支持に流れ、離脱してしまった。これには無表情の陰気臭さを醸し出す石葉の姿は消え、紅潮した怒りの表情が、また悪印象に繋がり、石葉は自らの人気のなさと求心力のなさに失望を隠せないでいた。


 里芋の辞退に続き、石葉も出る出ないを曖昧にする、彼独特の出馬辞退を顕にしてしまう。これで勢いづいた昆布田郎は、石葉の離脱者を手に入れ、さらに、誤った選択肢へと突き進むことになる。

 危機感を感じた石葉は、総理の椅子を一旦諦め、新政権の中核を狙う事へとシフトした。昆布に連絡を取り、昆布から石葉に依頼したとすることと昆布政権でのポストの確約を条件に昆布支持を打ち出すと提言。昆布は、親と仰ぐ麻草副総理や支えてきた安倍川餅前総理からの支持を確約されず、票集めに思った以上に苦戦する中の出来事であり、獲得できる票は廃棄処理間近なゴミ票でも拾う切迫感に押し潰されていた。


 魔が差す、逆風が吹く、とは、この事か。


 嫌われ者を自覚した石葉が寄生し、そこへ、誰もが知っていることをゆっくり話しているだけと揶揄される人気者で一躍国民のハートを掴んだ劇場的な総理だった父を持つ小松菜駿豆労(すんずろう)の昆布支持を取り付けた。

 小松菜駿豆労は、何も知らない国民には話の上手さで人気を獲得しているだろうが、彼への嫉妬と実力を知る議員たちからは、親の七光りだけの孤独な存在であることを知られており、真剣に自分の職務を考える議員からは毛嫌いされ、無視される存在でもあった。

 支持してくれる議員が増えるたびに昆布田郎への不信感が、地民党員に広がりを見せ始めて行く。若手の議員たちは、派閥に囚われない政党を、との声を挙げ始める。重鎮たちはそれを何も知らない若者のガス抜きとして捉え、いつか気づくと放任していた。若手議員たちは人気があり、一見、物事をはっきり言うイメージの昆布田郎への期待を込めて、支持を固めようと見守っていた。


 勢力争いとは、勝ち馬に乗る事。政権・政党という大きな御輿を担ぐには、まだ確固たる地盤・看板・鞄のない若手がおいそれ成し遂げられるものではないことを彼らはまだ気づくことはなかった。


 岸大根不三夫と昆布田郎の一騎打ちが噂され始めた頃、ぬぼっと顔を出し始めたのが、高菜茶苗前総務相だった。高菜も総裁選出馬を表明し、認知度のなさを払拭するように意欲的に動き始める。無派閥・総裁選未経験である高菜は、党員・党友会の名簿をまだ渡されておらず、他の候補より実質的には一ヶ月の遅れを取っていた。

 女性議員が少ない、増やせと声高に唱え政権批判をしてきた、女性議員や女性雑誌は、こぞって、高菜を応援するどころか、高菜は女性の顔を被った男だと揶揄し、ここに至って、男とか女ではなく、実力のある者が総裁になるべきだと、急に正論を全面にだし、徹底的に高菜排除を掲げ始めた。


 高菜は数少ないアピールの場を遺憾なく生かし、今、国が抱える問題の具体的な対応を論理的に説いて見せた。その姿を見て驚いた議員、地民党員・党友会員は少なくなかった。高菜は持論を打ち出す余り、融通の利かない人物と旧体制から疎外感を受けざるを得ず、派閥という数の論理で闘うには不向きだと思われていた。それがどうだろう。露出が増えるごとに高菜の認知度は高まり、他の候補者との発言の味の濃厚さと素材の歯ごたえの違いを浮き彫りにしていった。

 それに危機感を感じた中酷は、高菜をアメリカのトランプと皮肉り嫌い、なんと昆布支援をあからさまに報道を通じて示唆する動きに出てきた。この動きは、決断に悩む者に思案の時間を余儀なくさせた。中酷が嫌う人物程、まともな者という図式が生まれ始めた日本では、彼らの応援歌は、耳障りな雑音にしか聞こえない。その雑音の原動力が昆布に向けられると、若手議員はまだ自らが知らない昆布の裏の顔があるのではないか、騙されているのではないかとの不信感を沸き上がらせ、いつの間にか鍋の淵に溜まる灰汁を取り除くように情勢を見守るようになっていった。

 冷静に見れば、中酷と結びつくのは煮貝。その煮貝派が空中分解へとカウントダウンを迎えている。そこへ、中酷からの昆布支持とも思える応援歌。このまま、昆布に寄り添うと、自分たちが未来の煮貝派になるのではないかとの懸念を払拭できずにいた。そう考え始めた議員たちは、昆布総裁選出馬表明に参加に抵抗感のないオンラインを選んだ。


 正式な総理選出馬表明の日がやってきた。


 最低でも20人の地民党議員推薦人の獲得がレース参加の最低条件。

 国会議員383人、党員・党友会383人を奪い合うレース。一回目の選挙で、過半数が得られない場合は、国会議員383人と党員・党友会を県別として47人の決選投票によって決められる。

 昆布陣営は、81人、岸大根陣営が、74~122人。驚かせたのは、認知度やこれまでの経緯で不利であった高菜が93人を集めた結果だった。岸大根の不確定要素は、他の候補者のように本人または代理人の出席の他、多くがオンラインでの参加であり、まだ判断し兼ねている要素も多く確定したものでないことを物語っていた。流れ的に岸田大根の票は同じ匂いのする高菜に流れる可能性もあった。それはまた逆の流れも考えられた。さらに、混迷を促せる事態が急遽舞い込んできた。野沢菜西湖幹事長代行の参戦だ。野沢菜は高菜の思わぬ健闘を目の当たりにし、女性初の総理の座を渡すものかと立ち上がったに過ぎず、推薦人=獲得人数の20人と低く、出馬に疑問視の眼差しが注がれた。


 野沢菜の敗戦覚悟の出馬には裏があるように多くの者が感じていた。昆布や高菜の人気を危ぶむ陣営の仕掛けた作戦ではないのかの憶測が流れ始めていた。その裏には妖怪・煮貝の存在が取り沙汰されていた。地民党であっても立剣民主党のような野沢菜を支援する者たちにとっては、票の行き場がなく、他の候補者陣営からは、ゴミのような票でも薄氷を踏む票勘定になればその一票の重さは無視できないものでもあった。そこで、ゴミはゴミ箱に入れるのが一番問題を引き起こさない手段であると考えられ、重鎮たちによる裏工作の結集が、野沢菜の出馬に繋がったものだった。すべては、一回目で決着がつかなくするための工作、いや保険のようなものだった。

 重鎮たちの描く絵図は、昆布が一位通過。でも、過半数に満たず決戦投票に向かうと読んでいた。そうなれば、昆布対岸大根または高菜となり、結果として高菜か岸大根を新たな顔にできると描いていた。その際、高菜と岸大根は腐っても鯛の如く互いの味わいを活かし、いざ、ひとつの盆に配膳する際にはお互いが油と水にならないようにするための工作として妖怪の差し向ける蠅を追い払う結界を張った。


 当初の予想では昆布田郎人気と安定の岸大根不三夫の一騎打ちの様相が、穴馬的に高菜茶苗が現れ、彼女が岸大根の兄である安倍川餅前総理の支持を得たことで混沌とし始めた。昆布の頼れる基盤である麻草副大臣の確約が得られないばかりか、高菜に流れる恐れさへある。岸大根、昆布、高菜を嫌う者の中には、弊害のない野沢菜に票を逃がすことさへ考えられた。そう、野沢菜の出馬は、一票を投じたくない者、煮貝派の行き場のない票の効力を削ぐためのゴミ箱として設けられたものだ。


 派閥政治が嫌われる今、強引な総裁選はできない。選挙の勝負は、水物。そこで、総裁選の一回目で一位が過半数の票を獲得できないようにし、コントロール下に置ける決選投票に向かわせるよう重鎮たちは裏で結託し、見守っていた。決選投票になれば、国会議員をどれだけ獲得できるかが大きなカギとなる。党員・党友会の票は県別となり、誰の支援に回るかは、その際の候補者の所属するあるいは関わる派閥の力が大きく影響することは否めないからだ。

 この状況下で討論会などが実施されれば、賛否両論はあろうが具体的な政策と目指す方向が明確に見える者の優位性は揺るぎない。となれば、自分の考えを総裁選に合わせてゆらゆら意志をたなびかせる昆布と、方針が串刺しされている岸大根・高菜組の闘いになるのも明らか。その際、岸大根と高菜の共存体制の取り方で総裁が決まる。野沢菜は、ゴミ箱にて消去。票のみが復活し、流れ先を彷徨い暴走する危ない票になるかも知れない。そのためにも昆布陣営は決選投票に圧勝することが必須となった。

 順当にいけば、昆布対岸大根、昆布対高菜の闘いになる。


 出馬表明には、本人か代理人が支持を訴えた。本人参加は、◎の支持者だ。代理人での参加は〇の支持者。代理人の場合、当日、参加できない理由が明確か否かできまる。総裁選を見据えて、地元に帰り、いち早く動くためのものなのか、否かだ。高菜陣営は明確に地元有権者獲得に動いていると明言していた。代理人を出した議員は地元に帰り、仕込みに時間をかけ、熱々の手土産を持ち帰るために。混戦は、昆布陣営が懸念した方向へと動くことは必至となった。それだけに一回目の投票で圧倒的大差で勝負を決める必須さを昆布陣営は余儀なくされた。


 武漢ウイルスに弱体化された地民党は、女性初の総理大臣という女性票を大幅に伸ばせる大チャンスを当落ギリギリの議員は自分の優位性になるかを考え、来たる衆議院選を睨んで、自らが当選する確率を探る総裁選でもあるのは否めない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る