魔女と魔法使い

佐音

魔法を使わない魔女

魔女は魔法を使ったことがない。魔女は、魔法を使うことができる。それは難しいことではない。手を意図的に動かそうとしてグーパーさせる。そんな動作とほぼ変わらない。しかし魔女は魔法を使ったことがない。使い方を忘れたわけではない。記憶喪失の人間に箸と豆を渡し、食べろと言うとその人間は箸を器用に使い、豆を食べる。そんな動作とほぼ変わらない。

しかし魔女は魔法を使ったことがない。


魔女は自由だ。好きな時に好きなように好きなだけ魔法を使うことができる。魔法は己の欲望通りにそのまま働く。勿論、ノーリスクで、だ。

魔女は優しい人間だ。しかし内面は大抵の人間と大きく違わない。

よって勿論、魔女の心には善意があり、当然、悪意もあった。

悪意と言ってもそれは大体人ごとに違うものがある。魔女の場合を抽象的に表現するとそれは、愉快犯的なもの、だった。過去の愉快犯の前例よりよっぽど凶悪であったが。


しかしながら、勿論魔女は人間であるために、理性。いわゆる”天使”(悪意を抑え込む様々な感情をこう呼んだだけである。)を心に飼っていた。故に魔女は躊躇った。瞬間的に湧く悪意という”悪魔”と戦った。葛藤した。欲望を叶えるのは簡単だった。目の前にある本を宙に浮かせる行為と行為自体の難易度は変わらなかった。だからこそ魔女は己のリミッターを外すことを怖がった。

結果として魔女の理性はいい働きをしたと言える。魔女は魔法を使わないと決めた。それは魔女が9歳の時だった。魔女は母親によって10歳になる前に魔法を使うことを禁じられていた。母親のその行動はとてもいい方向に働いた。といえよう。

故に魔女は魔法を使ったことはないのだ。

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