クリスマスの奇跡

紫栞

第1夜

私は大学に通う桜歌さくら

高校までもそれなりに恋愛はしてきた。

でもそのどれも長く続くことは無かった。

付き合っていることがステータスだと思っていた。


バイト先に憧れの先輩がいる。

その先輩は来年就職してバイトをもうすぐ辞めてしまう。

誰にでも優しく接していて、接客も丁寧。

お客さんにもスタッフにも人気があった。


そんな先輩に惹かれたのは去年の冬。

私は大学に入って初めてバイトをした。

分からないことだらけで失敗も沢山した。

向いていないと何度も思った。

稼ぐことがこんなに大変だと思わなかった。

そんなとき先輩はいつも優しく接してくれた。


出会いはそんな些細なものだった。

それから私はその先輩のことが気になっていった。

誰にでも優しいその先輩はみんなから好かれていた。

私なんか眼中に無い、そう思っていた。


ある日先輩から個人LINEが届く。

『今週末空いてる?』

バイト入れていないし授業もない。

バイト変わって欲しいという連絡かなと思い空いていることを伝えた。

『一緒にランチに行かない?』

思ってもみない返答に浮かれた。

すぐに返すのは良くないなんて聞くけれどそんなこと守っていられなかった。

二つ返事でランチの約束を受けた。


いつになくオシャレをして私はその日を迎えた。

その日は快晴だった。

時間になっても彼は来なかった。

騙されたのかという思いがよぎった。


不審に思って先輩に電話をする。

すると思いもよらない人が電話に出る。

『こちら〇〇病院です。お知り合いの方ですか?』

衝撃的だった。

私との待ち合わせに急いでた先輩は走っていた。

そして普段交通量の少ない信号のない十字路で車と衝突したのだと言う。

幸い命に別状はないと言うがまだ意識は戻らずにいるのだそうだ。


ショックで街の真ん中で泣いた。

あまりに衝撃すぎた。

何を言っているのか途中からわからなかった。

それでもその病院に行きたいと思った。


病院に着いた。

静かな部屋だった。

機械の音と先輩の呼吸だけが部屋に響いていた。

私はその光景にまた少し静かに泣いた。

包帯に巻かれた頭や腕。

いつも優しい先輩の暖かな微笑みは見えない。


床頭台には小さな紙袋が置いてあった。

そこは有名なジュエリーの文字。

これは後に先輩の友達から聞くことになるが、先輩は私に告白したかったそうだ。

まだ1度もちゃんと出かけたことも無いけれど、バイトで会う度に好きになって言ったと言う。

告白して、付き合いたいと本当に思っていたのだと。

そしてそのためにバイトで頑張って貯めたお金を使ってネックレスを買っていた。

この日のために。

それなのにそれを渡す前に彼は事故にあってしまった。


もうすぐクリスマスだ。

外は雪が降っている。

私は気がつくと毎日お見舞いに行っていた。

先輩は変わらず深い眠りについている。

静かな部屋に機械の音と呼吸が響く。

『今日はね、初雪だって。外は寒くてさ、きっとビックリしちゃうよ?私イルミネーション見に行きたいなー。』

話しかけていて涙が止まらない。

どうして目覚めないのという思いが溢れる。


そして迎えたクリスマス。

そこで先輩は奇跡を起こす。

もう何ヶ月も寝たきりだった先輩はようやく深い眠りから目を覚ます。

初めは幻かと思った。

願いすぎてそう錯覚したのかと思った。

しかし現実に彼は目を覚ましたのだ。

すぐに医師や看護師が入ってくる。

病室がつかの間慌ただしくなる。

私は居場所がなくて外へ出される。

せっかく目覚めたのにと落ち込みながらその時を待っている。

そしてようやく入室を許可される。

中に入ると先輩はしっかりと目を開けていた。

動かしにくそうに口を動かす。

『ありがとう』

声はかすれ、口はあまり動いていない。

でも確かに先輩はそう言っていた。


目を覚ますと先輩はみるみる良くなっていった。

内定を受けていた職場にはいけなかったけれど私が就職を迎えた日、先輩も一緒に就職することが出来た。

『同期になっちゃったじゃん』

と笑う先輩は今までと変わらず優しい笑顔を見せていた。


私たちは無事付き合うことになり今は一緒に住んでいる。

もうすぐ結婚する予定だ。

あの日のクリスマスのことは忘れないだろう。

生きていてくれてありがとう。

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