3-8 血の呪文

 ケイティが……リリアンのグリモワールを見て、眉を下げて哀しそうな顔になる。


 絆創膏ばんそうこうの下には、薄紅色の魔石ませき、《詩》が込められたグリモワールがある。

 そのグリモワールの周りには、極小な赤い文字が刻まれていた。


 グリモワールの直ぐ下には漢字で【詩獣しじゅう】、すなわちモンスター。

 それを支えるように【Teaching location】と刻まれてある。

 モンスター化したら場所を教えるという単純なスペルだった。


「この文章は、わたしがモンスターになったと兄へ知らせるためのものです。兄はモンスターとなったわたしを殺してくれるでしょう」

「血文字の呪文を女の子の身体に刻むなんて……」


 血文字の呪文とは――血文字の血を提供した者と結びつけられる文章のことだ。

 また血の呪文は、同じ血を持つ者と呼応するという。

 

 この魔法の呪文を書いたのは、修道詩会しゅうどうしかいの者だが、血は兄のものだ。

 兄が生きていたら、兄にモンスター化したことが伝わる。

 すなわち、モンスターとなったリリアンを殺しに来るのは……彼女の兄である。


「コントロールを解いてみて」


 ケイティに言われて、リリアンは身体を束縛そくばくさせている術を解く。

 身体に秘めていた高熱が放出され、リリアンの胸に白い羽根が舞い散る模様が浮かび上がった。

 身に模様が浮かび上がるのは、グリモワールの根が深部しんぶまで達している証拠だ。


「ここまで悪化するまで放置しておくなんて……」

融合ゆうごうが初期の段階にグリモワールを取り除く予定でした。でも、わたしが勤務していた修道詩会しゅうどうしかい女子大学に魔導詩人達がやってきて……乱闘騒ぎになったのです」

「それで、融合が始まっていたのに、魔法を使ってしまったのね」


 ケイティの言葉にリリアンは頷いた。


「わたしは生徒を守るために無我夢中むがむちゅうで魔法を使いまくってしまいました。それによって融合ゆうごうが深まり、状況が悪化してしまいました。でもでも、小さな魔法ならまだ使えますよ。感覚で分かるんです」


 微笑んで説明すると、ケイティは目を伏せてからため息を吐いた。


「――あんたの男も兄も、あたしが探してあげる。この街の事には詳しいし、情報網があるわ。これでも街では一目置かれているのよ」


 ケイティが慰めるようにリリアンの頭を優しく叩く。


「あなたは……何者なのですか」

「通り名はエメラルド・グレーバー。吟遊詩人にして魔導詩人。あたしはミスター・グレーバーの弟子よ」


 グレーバーという名を聞いて、リリアンは大きな目を見開いた。

 ケイティが微苦笑して左手の小指のリボンを解いてみせると、そこには桃色のグリモワールがあった。

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