2-8 怒りのレッサーパンダ 

 歩き回るだけの足を止めて、アベルはおでんのような色合いの繁華街はんかがいを見渡した。


「どこにも助ける相手がいねぇ」


 まあ、面倒めんどうそうだからいない方がいいのだが、人が悪漢あっかんに追われていると言われれば気になってしまう。

 しかも、話を聞く限り、修道女と同じ年頃かもしれない女のようだ。


「いませんねぇ、どこにもいませんねぇ」


 修道女は赤くなっている目尻を指の腹でこすり、くっと顔を上げてアベルを見上げてきた。

 自分の頭一個分以上小さな少女なので、そんな風に見上げられると、やたらと可愛い。

 可愛いというのは女性として意識するものではなく、リスとかモモンガに見つめられた時にている。

 アベルは小動物系の女性よりも肉体的で色っぽい女性の方が好きだった。

 

 だが、リスは好きだ。

 エル・オー・ブイ・イー、リスである。

 

 しかし、少女の中にリスを見いだしたとしても、ときめくわけではなかったので、とりあえずウィンプルという修道女の黒頭巾くろずきんに包まれた頭を軽く叩いてやる。

 彼女はぽっぽっと頬を赤らめてから、人形みたいに整った可憐かれんな唇を開いた。


「あの、あのっ」

「なんだよ」

「今のはなぐったのですか、殴ったから、怒りで、わたしの顔に血が上るのですかっ」

「しらねぇよ」


(――よくわからねぇ女だな)


「それより、追われているのは本当に少女なのかよ、それとも実は男なのかよ」


 聞くと、彼女は透明感のある水色の瞳を伏せて、少しばかり考え込む仕草しぐさをした。


「女性だと思われます。でも、華奢きゃしゃな方なので体つきがよく分からなかったというか」


 生真面目きまじめそうな顔で、とても曖昧あいまいな答えを返してくる。


「おいおい」


 もっとツッコミをいれたいけれど、彼女の雰囲気ふんいきがぴんと張り詰めていた。

 彼女が本心から心配しているのは、身体から発される気で確認できる。


「聞いてなかったけど、追いかけているのはどんな連中なんだ?」

「緑のモヒカンと、ぴったり七三分けの二人組です」

「漫才師かよ!」


 思わず手の甲でぽんっと彼女の肩を叩く。


「違います!」


 酷く真剣な顔で、修道女が反論した。


「彼らは、レッサーパンダが薬の力を借りてずみを始めたような雰囲気ふんいきまとっていて」

「想像つかない表現はよせ」


「では、豆柴まめしばだと思って抱いた動物がエウストレプトスポンディルスだった時の衝撃しょうげきを」

「えーストライキスッポン汁?」


「エウストレプトスポンディルスという恐竜ですっ」

「早口で十回言えるか試したくなるような名前だな」


 会話をしていてだんだんと分かってきた。


(この女、やっぱり変だ)

 

 恐らく、関わってはいけない人種なのだろう。

 可愛い女には毒があると、どこかで誰かが言っていたはずだ。

 この子の場合は可愛い子には変があるになるが、細かいことはまあどうでもいい。


(――逃げよう)


 誰かが助けを呼んでいたら、逃げた先で助ければ良いだけの話だし、一緒にいなくてもそれは可能だ。

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