帝国の反逆者 ～『絶対零度』の気をはなつ魔術師でも、幸せな未来を望みたい！！ 破滅に向かっていたら美少女から求婚されて、都市を滅亡させる大騒動になりました～

１－２ 極悪人顔と極寒の冷気

「おい、主人。ここら辺にグリモワールの店はないか？」

　アベルが店の主人に声をかけると、彼はカチカチと歯を鳴らせて震えていた。

さっきまで喧嘩（けんか）をしていた辻馬車の御者（ぎょしゃ）と同じ反応である。

　彼は、とてつもなく寒いのだった。

　アベルは、常に極寒の冷気を纏（まと）っている。

　長時間、飛行船に乗るために封印してきたが、疲れのために精神が限界まで近づき、もう押さえ込めなくなっていた。

「この寒さは……君の右手の、せいか」

　主人は、アベルの右手の甲で鈍く輝く緋色（ひいろ）の石を見て言う。

「その、小さな魔石（ませき）……グリモワールの気なのか？」

「さぁあな。それより、グリモワールの店の場所を教えてくれよ」

　彼のポケットには、グリモワールと呼ばれる《魔法書》が数点入っている。

　それを売れば、しばらくの間は生活できるはずだった。

「そ、そっちの角を曲がるとある。曲がって上がって、目の前だ」

「ありがとよ。……あ、それとゴミを捨ててもいいか？」

「え、ゴミなんて勝手に……。まあ、そこにどうぞ」

　店主が戸惑いながら承諾（しょうだく）すると、アベルはスキニーのポケットからガムの紙を取り出し、そこに噛（か）み終わったガムを出す。

　それを丁寧に包むと、そっと店先のゴミ箱に捨てた。

「じゃ、どうもでした」

　アベルはニッと笑ってからバイバイしつつ歩き出した。

　角を曲がって直ぐ、行き止まりの道の先に太いハシゴがかかっている。

　ハシゴの上に道の続きがあるようだ。

　アスペクト・ステップという国は、数千もの浮遊地（ふゆうち）を鎖で縛り付けて一つにしている。だから、土地が凸凹しているのだ。

　浮遊地（ふゆうち）は、内部に溜め込まれた魔石（ませき）によって浮かび上がる大地の呼び名だった。

　ハシゴを登り、崖の上に頭を出すと、思っていたとおり道が続いていた。

　シャンシャンシャン。シャンシャンシャン。

　鳴り響く音に振り返ると、鈴を鳴らしながら機械馬（きかいうま）の黒馬車が頭上を飛んでいく。

　浮遊地は魔力に恵まれていて、馬車が空を飛ぶ技術などが発達している。

　それらは《グリモワール》という魔法の詩を吸収した魔石、つまり魔法書によって成り立っていた。

　ハシゴをひょいひょいと登って道に出ると、また高い建物群がアベルを迎えた。

「みっけ」

　街並みに、一つだけ碧い魔石で固められた店がある。

そのグリモワール化した石は、潔癖（けっぺき）すぎる透明な力を放っていた。

　世界魔法機関（せかいまほうきかん）によってグリモワールを扱う店は、防御の魔法バリアをもつグリモワールで固めることが義務づけられている。

　なぜなら、魔法の詩が入った魔石――魔法書であるグリモワールは危険物だからだ。

【爆発物取り扱いにつき、入る前に身体検査を行います】

　そんな立て看板が、店の前に置かれていた。

　その看板の横、店の入り口に、賞金首の似顔絵の最新版が貼り出されていた。

　罪人の名は、零（れい）。

　彼を殺さずに捕らえる事で多額の報酬金（ほうしょうきん）がもらえると記されていた。

　零の姿は、極悪非道（ごくあくひどう）を絵に描いたような巨人である。

　もりもり筋肉、足首まで届くドレッドヘアー、凶悪な獣の目。身長は２メートル、体重は１００キロ。

　彼の罪は、神界無情（しんかいむじょう）の天主、王戒（おうかい）を殺したことと記されてある……。

　子供の時に逃亡して五年が経過したため、描かれた姿は成長後の想像図だった。

　アベルは、賞金首の絵を眺め「原型がまるでねぇし」と呟いた。

　そして「ここだけ、あっているな」と指でタンっとポスターを叩いた。

　そこには赤い文字で一文付け足されている。

　――この者、のべつまくなし冷気を放ち、人を不快にさせる。

　アベルはポスターから離れて、ニタリと笑った。

　それを見た幼女が泣き出し、犬が吠え、鴉は天から落ちて、斜め前のアイスクリーム屋はいきなりの冷気に怯えた。

「誤情報（ごじょうほう）、誤情報（ごじょうほう）、万歳三唱（ばんざいさんしょう）」

　アベルは……幼き日に零（れい）と呼ばれていた彼は、ニタニタ笑いながらグリモワールの店に入る。

　店内にいた客達がざわめいて逃げ場を探し始めた。