甘くて甘くて少し苦い。
大西 詩乃
はじまり
二十歳になって半年、初めて酒を飲んだ。高校時代に仲のよかった数人での飲み会だったが、抜け出してしまった。酒には酔ってない。どうやら、父親譲りの酒豪らしい。
帰り道をひたすら歩く。
仲間には申し訳ない気もするが、埋め合わせはどこかで出来るだろう。
俺が住んでいるマンションの前には公園がある。遊具がほとんど無く、木とベンチしかないような公園。そのベンチに人が寝ていた。もう4月とはいえ夜は冷える。
終電はもう終わっていて、帰れないおっさんかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。近付くと、女性だということが分かり、さらに近付くと、ブレザーと長いチェックのスカートという、どこかで見たことがあるような制服を着ていた。
立ち止まって考えた。取りあえず起こして1000円くらい渡して漫喫にでも案内しようという結論が出た。
手が触れるほど近くで見て、驚いた。
一言で表すと、綺麗。今までの人生観が割れたガラスのように崩れ落ちるような気分だ。
薄茶の髪色も相まって、まるで西洋の宗教画のように美しい寝顔。いや、むしろ絵画よりも美しい。その目を開いて、言葉を発してほしい。衝動のままに、俺は彼女の肩の辺りを優しく揺さぶる。
二回揺すったところで、彼女は飛び起きた。
キョロキョロと辺りを見回し、中腰の俺と目が合った。
彼女の瞳は、青だった。
「こんばんは、こんな所で寝ていたら危ないぞ」
彼女の口からは、あ、とか、う、とか、かすれた声しか聞こえない。当初の予定通り、1000円を渡す。
「これで国道のマンガ喫茶でも行け」
彼女は首を勢いよく横に振っている。俺は無理やり札を押し付けて、帰ろうとした。
「ま、待って、待ってください!」
後ろから声が上がった。女子高校生が呼び止めたのだ。後ろを振り返ると立ち上がった彼女と目が合う。
「ほ、本当にいらないんです」
今度は彼女が札を押し付けてくる。俺はそれを押し返す。
「じゃあなんで、こんなとこで寝てんだ」
「えっと、その」
「道が分かんないならついて行ってやるから」
「いえ、本当に大丈夫です。お礼が返せません」
「返すとかいいから」
「でも……」
ごねる彼女を俺は諭そうとする。
「あのな、こんなとこで寝てたら、悪い人に攫われるぞ」
「なら、あなたが、攫ってください」
彼女は潤んだ瞳をこちらに向けて願うように言った。
その言葉が、スローモーションのように聞こえて理解が追いつかなかった。
追いついても、その言葉を否定出来なかった。出来る人間がいるなら会ってみたい。
「わかった」
俺は彼女の手を取った。
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