第3話

 寄り道することなく始まりの街まで戻り、ショップに行こうと広場の近くを通りかかると、広場の中央で何やら2、30人程度の人集りができていた。


「ん……? なんだろう、あれ。何かイベントでもやっているのかな?」


 理由が気になったので、買い物はひとまず置いておくことにして、人集りの中心に何があるか覗いてみることにする。


 どうにか近くまで行き、人混みの隙間からどうにか見えたのは、薔薇の彫刻が金色に施された碧色の細剣を腰に携えた、純白のドレスアーマーを身に纏う物静かそうな黒髪の少女。

 少女の手には、『今日、始めたてのプレイヤーのみんなあつまれー!!』ポップ調の文字ででかでかと書かれた看板が握られている。


 それと少女の隣にもう1人、身の丈ほどある赤い大盾を背負い、緋色の鎧を着た鳶色の髪の大男が立っていた。


「うわあ……凄そうな装備だなあ」


 2人が身につけている充実しきった装備は、まさにソウジンが頭の中で描いていた理想像そのもの。

 思わず見入っていると、周囲を軽く見渡してから大盾を背負った男は威勢のいい声を張り上げた。


「――よし、人も集まってきたようだし、そろそろ始めようか。まずは自己紹介からさせてくれ! 俺はレッド、隣にいるのがセンウタ。俺らは『ラウンドテーブル』というギルドで活動を行っている!」


 大男が自身の名前を告げた途端、集まっていた人たちは一斉にどよめき出す。


「マジかよ、本物かよ……」

「なんでトップランカーがこんな場所に?」

「嘘、まさかここで出会えるなんて……感激なんですけど!」


 人によって反応は様々だが、いくらネットの情報に疎いソウジンでも2人が有名人だということはすぐに分かった。


「よかったら、通行中の人たちも聞いて欲しい! 俺たちは5人でギルドを組んでいるが、今後を見据えて1人、メンバーを増やしたいと考えている。そこで突然だが、これから入団テストを始めようと思う。参加条件は、今日からこのゲームをやり始めたこと。内容は、今から3時間以内にここから2つ先の街の近くにあるエリア『荒鷲の丘』の頂上に一番最初に辿り着くことだ! はっきり言って無茶なことをふっかけている事は百も承知だ。だけど、この試練を乗り越えることができたのなら、ギルド『ラウンドテーブル』の仲間に喜んで歓迎させてもらいたい! もし俺たちと共にこのゲームを楽しみたいと思ってくれたら是非挑戦をして欲しい。以上だ、健闘を祈る!」


 レッドは伝えたいことを嵐のように勢いよく話したいだけ話すと、周りの反応を窺うことなく、すぐさまどこかへと去って行った。

 その後を追うようにセンウタという少女もこの場から無言で立ち去るのだが、その直前、一瞬だけ少女と目が合ったような気がした。


(――あれ?)


 瞬間、彼女の墨色の瞳が大きく見開いたように見えると同時に、心臓が強く高鳴るのを感じた。

 なぜかは分からないが、初めて目にしたはずの彼女に対して心なしか既視感を覚えた。


 心当たりがないか暫しの間考えてみるものの、パッと思い当たる節がない。

 気のせいだと結論づけるソウジンをよそに、しんと静まりかえっていた空気から一転して広場は騒然とし始めていた。


「おいおいおいおい、マジかよマジかよ! 『ラウンドテーブル』に入れるのかよ!? これで入れたら、俺たち初っ端からトッププレイヤーの仲間入りだぜ!」

「いやでも『荒鷲の丘』って冗談だろ? あそこの適正レベル幾つだと思ってんだよ。18だぞ18! そんなんどうやったって頂上まで辿り着けっこねえよ」

「だからってこんな滅多なチャンス見逃すわけにはいかないだろ。行くっきゃねえよ! 俺は行くぜ!」


 レッドの話に耳を傾けていたプレイヤーの大半が、我先にと言わんばかりに次々と荒鷲の丘を目指して街の外へ飛び出していく。

 そんなプレイヤー達を傍目に、ソウジンはぽつんと広場に立ち尽くしていた。


「うわあ、みんな凄い勢いで行っちゃった……。俺も気になるから受けてみたいけど、先に買い物してからにしようっと」


 ギルド『ラウンドテーブル』に加入できることがどれほど凄いことのかイマイチ理解できていないソウジンにとって、ちょっとした人員募集としか捉えられていない。

 とはいえ、急いで次の拠点に向かうにしても、装備やアイテムを整えないことには始まらないので、とりあえず気を取り直してショップに向かうことにした。




「あれ、おたくは円卓の入団試験を受けないの?」


 不意に声をかけられたのは、ショップで購入するものをどうしようか悩んでいた時だ。

 振り向くと、短剣を胸元に差したこげ茶髪の男性プレイヤーが立っていた。


 見た目こそ初期装備ではあるが、佇まいが他のプレイヤーより堂々としている。

 ソウジンと違ってフルダイブ型のVRの操作自体に慣れていそうな印象を感じる。


「えっと……どちらさま?」

「悪い、挨拶がまだだったな。俺はイチロウ。おたくと同じく今日からドラテを始めたばっかのルーキーだ。よろしく」

「そうなんだ。俺はソウジンっていいます。こちらこそよろしくね。……でも、なんで俺が今日から始めたって分かるの?」

「だって、さっきまで森の中で何時間もエネミー相手に手裏剣で戦っていただろう? 立ち回り方と防具が初期装備だということも合わせれば、なんとなく想像がつく。それにさっきのレッドの話も立ち聞きしてたの見かけたしな」

「あー、なるほど。そういうことか」


 言い当てられた理由に1人納得している傍ら、イチロウはというと店員のNPCに声をかけてアイテム購入画面を開いていた。


「ところで話は戻るけど、ソウジンは円卓の入団試験は受けないのか?」

「受けてみるつもりだよ。なんか面白そうだし。だけど、まずは装備とかを整えないとね。こういうのって焦っても仕方ない気がするから」


 未だに入団試験の難しさが理解できてはいないが、他のプレイヤー達の慌てようを見れば、自分が考えているよりも困難なことであることは想像がつく。


 制限時間とに加えて一着争いがあるとはいえ、急いては事を仕損ずる、という言葉があるように、こういう時だからこそまずは落ち着いてやるべきことを整理し、できることから一つずつ対処していくのが最もな近道だ。

 ――と、バイトで大量にきた注文が来て狼狽えていた時に、叔父にそう教わっていた。


「確かにな。その判断は正しいと思うぜ。始めたてみたいだけど、おたくは結構冷静なんだな」


 イチロウはそう言ってくつくつと喉を鳴らしてみせると、売られているアイテム、武具の一覧をサッと目を通してから、ソウジンが開いている購入画面に視線を移した。


「じゃあ、折角だ。ソウジンが何を買ったらいいか、一緒に考えさせてもらうとするよ」

「え、いいの? ありがとう!」

「いいってことよ。それじゃあ、まずは武具からだな……。あ、そうだ。その前にソウジンのステータス見せてもらっていいか?」

「いいよ。……はい、どうぞ」


 メニューを開き、現在のステータスをイチロウに見せると、サッと目を通してから苦笑と困惑の入り混じった表情が返ってくる。


「あのよ……もしかしてだけど、ソウジンってVR以前に、こういったRPGをやるのすら初めてだったりするか?」

「うん、そうだけど。それがどうかした?」

「……なるほど、そういうことか。――いや、大丈夫だ。装備云々の前にこの手のゲームの基礎知識も教えるから、時間ちょっと貰うぞ」


 なぜイチロウが頭を抱えているのか分からず、ソウジンは首を傾げ、目を瞬かせるのだった。

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