259話 火柱

 階下へ落下。――そのまま、連鎖的に建物が爆破されていく。


「うっ……」


 咄嗟にできたのは、うめき声を上げることと――真下へ向けて《無敵》領域を創り出すこと。それだけだ。

 沙羅の身体を、数多の石片が通り抜けていくのがわかる。

 この状況、スキルの助けがなければ即死であっただろう。


「――…………………ッ」


 そのまま、『TCG部門』、『シューティング・ゲーム部門』、『音楽・ゲーム部門』、『パズル・ゲーム部門』、『スポーツ・ゲーム部門』、『シミュレーション・ゲーム部門』、『アクション・ゲーム部門』と落下していき、――やがて沙羅は、この世界の大地すら通り抜け、最初に制作者クリエーターと出くわした地下空間へと落下した。

 むろんそこで待ち受けていたのは、”けつばん”の群れだ。


『ガールは ”こいにこいするおんなのこ”を おぼえた!』

『ガールは ”アイスクリームをHにたべる”を おぼえた!』

『ガールは ”PPPPPPPPP”だが それはしっぱいした』


「むぐ……っ」


 連中が山のように飛び重なって、沙羅の指定した《無敵》の領域ごと覆い被さっていく。

 沙羅はそのままの格好で《火系魔法》を連発するが、焼け石に水だ。


「くそー」


 《無敵》の領域内は、あらゆる物質が透過する。

 だが、領域外はその限りではない。

 そのまま彼女は、壁の中に閉じ込められたようになって、ほとんど身動きが取れなくなってしまった。

 沙羅は歯がみして、《火球》を発動。内部から”けつばん”たちに風穴を開けて、そこから外を覗き見た。

 すぐそばに、『ゲーム制作会社』にあったものと同様の階段がある。

 上階から、こつ、こつ、と、太めの男が、ゆっくりした足取りで降りてきているのが見えた。


「このビル、階段だけ”不壊のオブジェクト”製でね」


 制作者クリエーターが、自慢げに笑っている。


「『パイナップルARMY』で読んだ作戦を真似してみたんだ。知ってるか? 『パイナップルARMY』」


 知らない。狂太郎がいたら、何か言っていたかも知れないが。


「これでまた、俺の完璧さが証明されたな。……はっきりと言わせてもらうぞ。俺の勝利だ、と!」


 この状況で敵に攻撃を与えられるのは、《火柱》くらいのものだろうか。

 だが、まだその時じゃない。あの術は、よく注意すれば素人にも避けられるレベルのものだ。

 警戒されていては、とてもではないが使えないだろう。


「では。神の意志に反したお前らに、代行者たる俺が、死を与えよう」


 そして再び、不可視の武器を出現させ、――そしてそれを、沙羅がいる辺りに見当を付けて、思い切り振るう。


「――ッ」


 沙羅は無言のまま、《無敵》領域内を屈んだ。

 壁の中にいるような状態だが、彼女は、指定した領域内だけは自由に動くことが可能だ。石棺の中にいるような不自由な格好で、今の一撃をギリギリで回避する。


 両の手を口に当て、声を出さないようにしながら、頭上を見た。

 彼女が創り出した《無敵》領域に、ノイズのようなものが発生している。


「神より賜った《死の刃》ッ。どうだッ!」


 死の刃? 神より賜った?

 沙羅は一瞬、眉をひそめる。

 ”造物主”が直接、誰かに何かを与えるなど、聞いたことがない。


 頭にクエスチョンマークを浮かべながらも、――沙羅は、歯がみしている。

 相性が、悪い。

 もしさっき、狂太郎に助けを呼んでいたら。

 いや。無い物ねだりはよそう。


「まだだッ! 死ね! 死ね!」


 それから続けざまに数度、不可視の刃が《無敵》領域内を通り過ぎて。

 沙羅は必要最小限度の動きで、それを回避していく。


「よし、……これで……最後だ!」


 そして、ダメ押しの一撃を突き立てようとした、その時。


――いまだッ。


 沙羅は、最後の魔力を振り絞り、《火柱》を敢えて、――自らの足元に出現させた。


『かい、かい、かい、かかかかかかか、かいしんのいちげき!』


 危険を察したのだろうか。”けつばん”の一匹が叫ぶ。

 その次の瞬間、彼女の身体を覆うように、強烈な火柱がその場に出現。周囲を取り囲んでいる”けつばん”ごと焼き尽くす。


「なッ!?」


 お前の、その言葉が聞きたかった。

 沙羅は内心そう思って、”けつばん”どもを蹴散らしながら脱出。腰を抜かしていた制作者クリエーターに肉薄し、利き腕を蹴っ飛ばす。


「ぐおっ」


 たぶん、折れた。

 低いうなり声とともに制作者クリエーターが床を転がって、動かなくなる。

 そのまま沙羅は、容赦なく男の鳩尾に拳を打ち込む。


「ぐっ、げ」


 人間は、この位置のダメージに酷く弱い。

 男はその場に倒れたまま、小刻みに息をする蛙のようになった。


「いい? 今から、”けつばん”をぴくりとでも動かしてごらんなさい。すぐさま貴方を殺すわ」


 男を見下ろし、沙羅はそう宣言する。


「ぐぐぐぐぐぐぐ……」


 太めの男は、悔しそうに唸るだけだ。


「これに懲りたら、もっとみんなに優しい神様になることね。さもなきゃ私、またここにきて、あなたを殺すわ」


 矛盾したセリフだとは気づいている。

 だが、自己満足を相手に押しつけられるのは、勝者の特権だ。


――さて、この男。どうしてくれよう。とりあえず拘束するようなもの、もってきてないし。


 少し考えて。

 結局沙羅は、男の上着とズボンを引っぺがし、その服で両手両足を縛り上げる。

 ”ベルトアース”にて、狂太郎が山賊たちに使っていた手の、見よう見まねだ。

 出来上がったそれは、――亀甲縛りにも似た、似ても似つかぬものであったが。


「ちょ、おまえ……ッ。こんな屈辱的な……」

「我慢して。なんか、気づいたらこーなっちゃってたんだから」


 あるいは、ヨシワラ民の血がそうさせたのかもしれない。

 なんだか少し、そういうプレイみたいに思えてきていた。


「やだなぁ。初会の客にただ働きしちゃった」


 恐らくもう、この世界の誰が見ようとも、彼のことを”神”だとは思うまい。

 沙羅はそのまま、制作者クリエーターを一風変わったハンドバッグのように抱えた。

 そして階段を昇って、コンビニへ。

 再び魔力の回復を行ってから、男の処分を決めよう、という算段である。


「一応、言っておくけど、道中の”けつばん”を遠ざけておくようにね。邪魔だから」

「ぐぐぐぐぐ、ぐぐ」


 笑顔でそう言って、廃墟と化した『ゲーム制作会社』へ出る。

 夜空を眺めながら、沙羅はふと、男に尋ねた。


「ひとつ、聞いて良い?」

「…………………」


 無視されたが、もちろん気にしない。


「あなた――ひょっとして、”異世界転移者”じゃない?」


 そんな予感がしていた。あくまで何となく、であるが。


「そうだが。それがなにか?」


 男は、少しも悪びれずに認めた。

 それがあまりにも率直な答えだったので、沙羅は少し不思議に思う。

 ”異世界救世主メシアと、”異世界転移者”は、不倶戴天の敵だ。

 それが事実なら、もう少し誤魔化してきそうなものだが。


「……ああ、そう」


 沙羅は小さく頷いて、押し黙る。

 だが今度は、制作者クリエーターの方が、勝手にしゃべりはじめた。


「あれは、――今でも忘れない。ほんの、十年ほど前のことだ。俺が、趣味のフリーゲーム制作を行っていると、……ある日、天恵が下ったのさ。

 拙作『ファイナル・ベルトアース』の世界に転移し、その管理者となれ、と」

「……へえ」


 十年、か。

 ”ベルトアース”は、何百年と歴史が続いている設定だ。

 明らかに計算が合わないが――まあ、”造物主”がすることだ。

 噂によると彼女は、時間と空間を自在に操るという。沙羅の想像も及ばぬ何かが起こっていても不思議ではない。


 そこで沙羅は、思い出したように訊ねた。


「そういえばあなた、なんて名前なの?」


 すると男は、実につまらなそうな表情をした後、


「――表札を見て、入ってきただろ。『有栖』だ。俺は有栖。有栖夢人という」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る