258話 詭道
「参ったな。兵子くんがよく遊んでる、――ゾンビ・ゲームみたい」
ビル内の階段をさっと駆け抜けながら、沙羅は独り言ちる。
このビルは少し構造が変わっていて、非常階段らしきものが存在していない。階段を昇れば、そのまま別の部署へと繋がる形のようだ。
各階層はそれぞれ、『ゲーム制作会社』における各部署になっているらしく、
・『アクション・ゲーム部門』
・『シミュレーション・ゲーム部門』
・『スポーツ・ゲーム部門』
・『パズル・ゲーム部門』
・『音楽・ゲーム部門』
・『シューティング・ゲーム部門』
・『TCG部門』
そして、――”ボーイ”の父親が働いている、『RPG部門』。
奇妙なのはどこの部署も、仕事場の雰囲気ではなかった、という点。
机はずらりと並んでいるのだが、その上にあるはずの、仕事用のパソコンだとか書類がほとんどないのである。
沙羅がこの事実を知るのは少し後のことになるのだが、――どうもこの世界の連中にとっての”仕事”とは、ただ机の前で座って規定の時間を過ごす行為を指すらしい。
何もかも、ハリボテ。
やはりこの世界の在り方は、どこか歪んでいる。
この、奇妙な住民の習性には少し興味があったが、のんびり探索している暇はなかった。
『輪、輪、輪、輪。こここここのゲームはひとあじちがう!』
『おすすすすすすめRRRRRPPPPPGGGGGGG!』
『おま、おまおまえの首は、吊らされるのが、おにあいだ!』
床はもちろん、天井辺りまでぎっしりと密集した”けつばん”たちが押し寄せている。沙羅は再び、階上へと足をかけた。
『この、この、この、このたたかいからは 逃げられない!』
――でも、……ちょっぴり困ったかも。
この調子で進めば、『8回逃げる』ことを条件とする”かいしんのいちげき”戦法は可能になるだろう。
問題は、どのようにして一撃を
敵は”けつばん”を自由に操れる上に、”見えない剣”を活用した戦術がある。真っ向勝負で詰ませるのは難しいかもしれない。
何か、相手の意表を突く一撃。勝つにはそれしかなかった。
ビル屋上へ繋がる鉄扉を蹴り飛ばし、沙羅は暗闇の中へと飛び出す。
予定としてはこの後、ここから落下し、敵と距離を取るつもりだ。《無敵》の力を持つ彼女は、そうした動きができる。
ビルの屋上はすでに、”けつばん”たちが悪夢のように湧いていて、
『こうげき! こうげき! こうげき!』
そのうちの数匹が、沙羅の前に立ちはだかった。
「じゃーま!」
彼女は《火吐》でその数匹をなぎ払う。
すると、
>> かいしんの いちげき!
辺りにナレーションが響き渡った。
どうやら、ビル内を逃げている間に、”8逃げ”の条件を満たしていたらしい。
「よし」
呟いて、沙羅はそのまま、直線上に並んでいる”けつばん”目掛けて《火球》を投擲。
見事、敵の土手っ腹(?)に風穴が空き、”けつばん”たちは何か、得体の知れない、調理法を間違えたはんぺんのような存在と成り果てて、ぴくりとも動かなくなった。
――いったん、雑魚を片付ける。
とりあえずそう判断して、沙羅は片っ端から”けつばん”を殴っていく。
>> かいしんの いちげき!
>> かいしんの いちげき!
>> かいしんの いちげき!
正直、気持ちが良かった。
明らかに、――沙羅が想定している以上の力が発動している。殴った”けつばん”がみな、ワンパンで遙か彼方へと吹き飛んでいくのだ。
「よし。――次!」
この分なら、”けつばん”など何万匹でも相手にできるな。
そう思っていると、、――死骸だと思われた一体の”けつばん”に紛れて、一人の太めの男が飛び出した。
彼の手には、何も握られていない。だが、何かがある。それはわかる。――例の、”見えない剣”だ。
「しま――ッ」
沙羅は目を剥く。どうやら、敢えて暴れさせられていたらしい。
安易な勝利に酔っているうちに、必殺の一撃を放つ。
そういう戦略だった訳だ。
――《無敵》、を。
無駄だとわかりながらもスキルを発動。攻撃を受け止める。
がつん、と、右肘に痛みが走って、沙羅は大きくたじろいだ。
――せ、せーふ!
それは、目に見えない猛毒の刃だ。
もし攻撃を受けたのが胴体か頭部であったなら、それだけで勝負は決まっていた。
「はーはははははッ! 見たか」
作戦が成功した|制作者《クリエーター《が、侮蔑のこもった高笑いを上げ、ぶんぶんと”見えない剣”を振り回す。
ところでこの男、武器の扱いはまるでなっていない。
どうやら彼の得物、――「重さ」というものがないらしい。
だからだろう。チャンバラごっこをする子供のような仕草でも、”見えない剣”は十分に凶悪だった。
「こんの……ガキみたいなおっさんめ!」
もちろん沙羅は、即座に反撃に移っている。
口から火焔放射、――《火吐》だ。
だが
「はははは。急がないと、私の味方はどんどん増えてくるぞ」
「ちっ」
言われなくても、わかっていた。
沙羅は、さっそく崩壊し始めている右肘の一部を、前回同様の手法でもって切断、除去し、新しいものと取り替える。
同時に、
ぐきゅるるるるるるるるるるるる…………。
と、猛獣が唸るような腹の音が、屋上に響き渡った。
ダイエット中の夕食前のように、身体が栄養素を求めている。
――うげ。さすがに魔力の使いすぎか。
持ってきたクッキーを、一枚だけ残して、残り全部喰らう。
これで、コンビニから持ってきた食糧は打ち止めだ。
――もう、同じ技は使えないかな。
それをしてしまうと恐らく、この肉体を維持することすらできなくなってしまうだろう。死ぬことはないにせよ、”精霊種”としてとんだ恥をさらす羽目になる。それはゴメンだった。
「くそーっ。やっぱりこういう戦い、苦手だな……」
やるなら、一方的な勝負がいい。
そもそも、”救世主”にとっての戦いというのは、常にそうでなければならない。
彼らは害虫駆除業者。業者の人間は、害虫を恐れない。夕食の献立を決めながら仕事をする。
それが、”救世主”たちにとってあるべき、戦いの作法なのだ。
「さて……」
”けつばん”に埋もれて姿を消した
逃げるのは、やめだ。向こうが来てくれているのなら、ここで決着をつける。
その場で一歩、踏み出す。
のちに沙羅は、この時の行動を後悔している。
頭に血が上っていた、と。
普段相手にする”終末因子”に対して、目の前の男は明らかに矮小で、力も弱い。
しっかり注意すれば、次は必ず勝てる。
そう思い込んでいたのだ。
だが、彼女は勘違いしていた。
少なくとも、――愚鈍に見える演技をする、程度には。
時代を問わず、普遍的に強力な戦法が存在する。
自身を弱く見せること。
相手の油断を突き、奇襲の一手を講じること。
「――!」
男が、”けつばん”の影から顔を出した。
その表情がいかにも、「あっ、しまった」という風だったから、沙羅は即座に突撃を敢行する。
接近しながらの《火吐》で、”けつばん”を蹴散らしながらトドメを刺す。そういう作戦だ。
だが次の瞬間、――想定外の出来事が起こった。
強烈な爆破と共に、足場にしていたコンクリートの地面が砕け散ったのである。
「きゃっ……!?」
悲鳴を上げながらも、ダメージはない。《無敵》を発動させていたためだ。
足場を失った彼女は、『RPG部門』があった階下へと落ちていく。
――あ。これ。
まずいかも。
『敗北』の二文字が、脳裏にちらつく。
敵は最初から、こちらを誘い込んでいた訳だ。
この、――”不壊のオブジェクト”に見せかけた建物に。
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