254話 ドタバタ劇

「~~~~~♪ ~~~~~~♪」


 鼻歌交じりに、沙羅が”けつばん”の後ろに続く。


 彼女が歩いた時間は、それほど長くなかった。

 ”けつばん”が向かう先にあったのは、コンビニのすぐそば。

 ”ボーイ”の実家であったためだ。


「えっと。ここなの?」

『話がある』


 馬鹿の一つ覚えに”けつばん”は、同じセリフを繰り替えすだけ。

 サイズ的に扉に入れないその怪物は、その周辺を平行移動しつつ、沙羅に入室を促す。


「……ふーむ。ま、いいでしょ」


 唇を尖らせて、彼女は扉を開いた。

 ”ボーイ”の家に入るのは初めてだが、不思議と懐かしい感じのするところだ。

 木造建築特有の匂いがそうさせるのか。沙羅の故郷であるヨシワラにも、似たような建物は多くある。


「えーっと。すいませーん?」


 室内をきょろきょろ見回していると、――不意に、人形のような女性がリビングから顔を覗かせた。恐らく、”ボーイ”の母だろう。


「あ、どうも……」


 会釈すると、彼女は無言のまま、二階へと続く階段を指さした。

 どうやら、そちらに行け、ということのようだ。


――迷惑なので、さっさとどこかへ行って。


 その表情からはただ、不快感だけがにじみ出ている。

 沙羅は、ぼんやりとこう思った。”救世主”の力を持ってしても、こういう人を救うことはできないな、と。


「それじゃ、ちょっとお邪魔しますね~」


 とん、とん、とん、と、沙羅は階段を昇っていく。

 さすが、勝ち組サラリーマンの一軒家、というべきか。二階建てのその家は、三人家族には少し持て余すほどに、広い。

 沙羅が二階へと上がると、恐らくは”ボーイ”が使っていた部屋に突き当たって、その隣に、納戸と思われる小部屋があった。

 そこに、『クリア後にきてね(笑)』という張り紙がしてあることに気づいて、


「…………?」


 しばし、唇をすぼめる。


 すると、「いいからさっさとこい」とばかりに、扉が自動的に開いた。

 どうやら、この先に進め、ということらしい。

 中を覗き込むと、青色に輝く魔方陣が一つ、あるだけだ。

 ゲームに疎い彼女にも、これが何かはわかる。恐らく、転移系の術だろう。

 狂太郎がよく口にする、あるあるクリシェというやつだ。


 沙羅はそのまま、なんの疑いもなく納戸へと進んでいく。

 そして、魔方陣に足を踏み入れると、……シュウウウウウウウ~~ン、という、妙にわざとらしい効果音が流れて、気がつけば、ずいぶんとだだっ広い空間へと転移していた。


「さて」


 向こうは、どういう感じで出てくるかな。できれば文明人らしい対話ができればいいんだけど。

 そう思っていると、


――ぶうん!


 風を切る音。

 沙羅は脊髄反射的にそれが何かを理解して、


「――ッ!」


 《無敵》を起動。

 さらに念のため、回避行動を取る。結果的にそれが、彼女の命を救うことになった。


「うわっ」


 久方ぶり、と言って良いだろう。彼女の両腕に、鋭い痛みが走る。


――刃物のような何かで、斬られた。


 大した傷ではない。薄皮一枚、裂かれただけだ。


 転げるように跳躍した彼女の背中に、ごつんと何かがぶつかる。


――壁?


 そう思って振り向くが、見たところそのようなものはない。

 ”ベルトアース”でも度々見かけた、透明の壁だ。


 ついでに、ざっと辺りを見回す。

 何もない空間。

 大地に”木の床”のテクスチャをペタリと貼り付けただけの、あらゆる障害物の存在しない場所。そんな感じだった。

 天井を見る。そこには、空虚な白色の天井が広がっているだけだ。光源らしきものはないが、何故か明るい。


「『このたたかいからは にげられない!』……なんて言ったりして(笑)」


 振り向くと、――そこにいたのは、一人の男であった。

 その顔には、覚えがない。

 だが、


「やあ、”ガール”。ずいぶんと俺の仕事を邪魔してくれたみたいじゃないか」


 声には、聞き覚えがあった。

 ”ベルトアース”にいる間、定期的に聞こえていたナレーションである。

 恐らく、彼こそがこの世界の制作者クリエーターなのだろう。


 その顔つきはどこか、”ボーイ”の父親の面影があった。

 だがその容姿を比べてみれば、違いは明らかである。――彼は、”ボーイ”の父親よりかなり太っていたし、頭もはげていて、顔面も全体的に油っぽい。

 あるいは”ボーイ”の父親は、彼にとっての”理想の自分”なのかもしれなかった。


「どうしてだ?」

「?」

「話によると、あんたたち”救世主”は、”終末因子”が発生した世界にしか現れないのだろう? なのになぜ、この世界に来た? そして何故、俺の仕事の邪魔をする?」


 おや。こいつ、そこまで理解しているのか。

 なら、話が早い。


「許せなかったから」

「は?」


 男は、全身から殺意を漲らせている。

 たぶん、今後いくら対話を試みても、この場が穏便に解決するとは思えない。

 それでも沙羅は、続けた。


「”ベルトアース”の人々は、世界のありようによって苦しめられているようでした。それが許せなかった。だから……」

「はあはあ。なんだお前、そういう類のやつか」


 制作者クリエーターは、耳をほじりながらつまらなそうに言う。


「困ったな。ちょっとばかり、……知能のレベルが低すぎて、議論になりそうにない」


 それでもこの男、何か説教垂れるつもりらしい。

 彼はその場に、さっと椅子を生み出して、どかりと座り込んだ。


――いま、何もないところから、椅子を取りだしたように見えたな。


 神の御業。

 咄嗟に、そのようなワードが頭に浮かぶ。


 彼は、可哀想な子供に諭すような口調で、こう続けた。


「えっと、な? 木っ端”救世主”に過ぎないあんたに、俺の怒りを一滴残らず飲み干してもらう前に、――だ。教えてやろうじゃないか。この宇宙の真理について」

「はあ。どうも」

「まず一点。多くの連中が勘違いしていることがある。

 この世界ってのはな、ちょっとしたドタバタ劇スラップスティックに過ぎないってことだ。要するにな。――ぜんぶがぜんぶ、喜劇。生も死も、希望も絶望も。全部ひっくるめて、悪い冗談なのさ」

「……………?」

「わからねえか? ――ってことなのよ(笑)

 世界の方は、俺たちを真面目に考えてくれていないからな」


 わかるような。わからないような。

 ただ、同僚のローシュが、いつだったかこう言っていたことがある。


――神様たちが行くレンタルビデオ屋がある。

――そこには色んな世界が、ジャンル別にずらりと並んでるのさ。

――アタシたちの世界は、ビデオ屋で貸し借りされる、カセットテープに過ぎないんだよ。


 と。

 沙羅は顔をしかめた。


「『だからどうした?』。そう言いたいらしいな。だが、あんたにもわかる例えがある。……例えば、――そうだな。

 まずここに、”子供向け”に作られたお人形劇があるとしよう。夢いっぱいの、優しい物語だ。動物を擬人化したメルヘンチックな登場人物が、毎日楽しそうに暮らしてる。その暮らしの中に、生活をより良くしてくれるようなヒントが盛り込まれている。そんなストーリーだ。ここまではいいか?」

「……はあ」

「そんな作品を家族で見ていたら、――いきなり、登場人物のウサギさんが、お友だちのキツネくんのナニをしゃぶりはじめた。……そんなの、許せるはずないだろうが」


 それはまあ、わかる。


「おまえらがしているのは、なんだよ。いい加減、わかれ」

「と、いうと?」

「俺たちの世界はな――、たった一つの真理を伝えるために生み出された。あんただって聞いたはずだろう? すなわち……」

?」


 ”ボーイ”の父親のセリフだ。

 間髪入れずに制作者クリエーターは、


「そう!」


 と、人差し指で刺してきた。


「それこそが、我々の存在意義なのさ! この世界の全生命は、その事実を提示することだけを目的として、生み出されたのだ」

「ほうほう」

「だからな。あんたらがしていることは、――遙かな上位存在の意志に反することなのさ」

「それは、そうかもね」

「わかったな。よし!」


 制作者クリエーターは、にやりと酷薄な笑みを浮かべた。


「では、いますぐ腹を切って、詫びを入れてもら――」

「まあ、ぜんぜん納得はしてないけど」


 言わせる前に、沙羅は立ちあがる。

 そして彼女は、堂々たる仁王立ちとなって、こう宣言した。


「……っていうか、仮にそうだとしても。ぶっちゃけ私、そのテーマ自体が気に入らないので。ぶっつぶす」


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