245話 ハリボテの世界

 狂太郎はその後、家の近所にあるコンビニへと向かう。

 下手に歩き回るより、こういうところにいた方が沙羅と合流できる可能性が高かったためだ。


 店に入ってまず、気づきが一つ。


――今、流れてる店内BGM、……フリー音源だな。


 飢夫が雑談配信に使う曲決めを手伝ったことがあるので、たまたま知っていた曲だ。


――無料の音楽を使うのも、インディーズのゲームあるあるか。


 小さな情報だが、時折、こうして自分自身を説得しておかないと、意識がぐらつく時がある。

 自分は、仲道狂太郎という中年のおっさん”救世主”ではなく、この世界で”ボーイ”とだけ呼ばれている、引っ込み思案な中学生なのではないか。……そう、本気で疑ってしまいそうになるのだ。


――この世界、迂闊に長居できないな。頭がおかしくなる。


 そう思いつつ、『関係者以外立ち入り禁止』の札を無視して、バックヤードへ。

 扉を開けると、整頓されたステンレス棚に飲料品やスナック菓子、カップ麺などが並んでいるスペースに行き着く。

 狂太郎はそのうちの一つを、適当に手に取ってみた。

 一つ、二つ。

 面倒になって、三つ、四つ、五つ。

 棚の中の菓子を、まとめて放り捨てる。


 するとどうだろう。


 棚の奥から、自動的にスナック菓子が補充されていくではないか。

 その様子はまるで、あの、無限に出現するハンプティ・ダンプティの姿を見ているようで。


――なるほどな。


 この、箱庭じみた世界で、これほど高い水準の文明が維持できる訳がないと思っていたが、そういうことか。

 ここは恐らくあの、”ベルトアース”と呼ばれた世界より、一つ上位の次元にあるのだろう。

 だがその実態は、あの世界と何ら変わらない。

 いやむしろ、こちらの方がよっぽど、空っぽだ。あちら側には一応、自由に生きている人もいた。


「あのぉー。すいません。ここ、関係者以外入っちゃ駄目なんですけどぉー」


 と、コンビニ店員、――いや、”コンビニ店員”役の男に声をかけられる。


 彼はいかにも迷惑そうに、床に散乱しているスナック菓子を眺めていた。

 本来なら警察沙汰の案件だが、そもそもこの世界に警察が存在するかどうかも怪しい。


 狂太郎は構わず、店員に話しかける。


「この棚にある商品は、無限に出てくるのかい」

「え? ……――ああ。まあ」

「それならいっそのこと、みんなに無料で配ってしまえばいいのに」

「そういうわけにはいかない。――これは、大昔から続いてる、決まりなんですよ。ここでこうして、無限に湧き出てくる食料を売るのが」

「ふーん。そうかね」


 嘆息して、《すばやさ》を起動。

 地面に散らばったスナック菓子を、適当な棚に整頓して、バックヤードを出る。

 恐らく店員の彼は、タヌキに化かされたような気分になっていたはずだ。

 そして狂太郎は、フードコートの窓際の席に座り込み、学生手帳にこれまで調べた情報(※22)をまとめながら、”彼女”が来るのを待つ。


――何もかも、ハリボテだ。『トゥルーマンショー』の世界だな。



 それから、待つこと一、二時間ほど。


「よーやくみつけたっ。もー。さんざん探したよ」


 燃えるような赤髪の女が、ぽすんと隣席に座る。


「同僚に、こういうときの対処法を聞いてきたの。んで、気づいたってわけ。私の《無敵》を使えば、狂太郎くんのその、精神汚染も消失するんじゃないかって」

「いや。もう大丈夫だ。ぼくは正気にもどった」


 狂太郎は、疲れ果てたサラリーマンのように、力なく笑う。


「あら、そう? でも一応……」

「いや、――いいんだ。むしろ今の状態の方がいい。今のぼくには、この世界で次に何をすべきかわかってるからね」

「ふーん。……狂太郎くんがそういうなら、別にいいけど」


 沙羅は、せっかくの活躍の機会を奪われて、少し不服そうだ。


「ただ気になるのは、……一時的にとはいえ、なんで自分を見失っていたか、ということだな」

「それなら単純だよ。精神汚染を喰らってたんだ」

「なんだ、それ」

「あなた、――”救世主”になるとき、精神汚染に耐性がつくスキルをもらったこと、覚えてる?」

「ええと……」


 記憶を掘り返す。

 たしか、『デモンズボード』の世界に転移した時のことだ。

 ナインくんに渡された名刺の裏に書かれていたスキルは、――


『・スキル:《すばやさⅩ》を付与しました。

 ・スキル:《バベル語(上級)》を付与しました。

 ・スキル:《異界適応術Ⅰ》を付与しました。

 ・スキル:《異界呼吸術Ⅰ》を付与しました。

 ・スキル:《精神汚染耐性Ⅰ》を付与しました。』


 だったか。


「言われてみれば」

「気づいてるかもしれないけど、――異世界転移は、私たち”救世主”にとって害になりかねない、様々な影響で満ち満ちてるの」


 それはさすがに、知っている。

 例えば、酸素。

 いくつかの異世界には、我々にとって必要不可欠な”大気”が存在しないことがある。

 もし狂太郎が、与えられたスキルなしに異世界に転移してしまった場合、たちまち死んでしまうだろうと思われた。


「とくに高ランク帯の”終末因子”ともなると、形而下のもの――要するに、私たちが物質として認識できるようなものばかりとは限らない。敵の正体が概念上の存在だったりすることもしょっちゅうなんだ。だから私たち”救世主”は、あらゆる精神汚染に対する耐性を付与されてるわけ」

「ふむ……」


 わかるような、わからないような。


「ってかこの情報、社員研修の時点で習わなかった? 基本の基本だよ?」

「……”エッヂ&マジック”にはそういうの、ないんだよ」

「えーっ。危ないなあ。――だいたい、《精神汚染耐性Ⅰ》ってのもどうかと思う。最低値だよ、それって。いくらなんでも予算ケチりすぎだって。まともに活動できるギリギリのラインじゃない。――……ホントに大丈夫なの? あなたの会社」

「わからん」


 深い深い、嘆息。


「いずれにせよ、今回の場合は”終末因子”とは関係がない」

「そだね。――いま、ここで起こっていることはぜんぶ、……この世界そのものに、強い因果が発生していることが原因だと思う。『かくあれかし』と望まれた全てが、狂太郎くんの思想を誘導しているんだよ」

「うん」


 狂太郎は、深く嘆息する。

 その正体に関しては、――仲道狂太郎ではない、”ボーイ”としての記憶が、結論をつまびらかにしてくれている。


「それは、ぼくも気づいてた。”ベルトアース”も含めたこの、”WORLD0091”という世界は、――特定の結論を導き出すよう、作られているフシがある」


 狂太郎の渋い顔を見て、沙羅が少しだけ声を弾ませた。


「ほうほう。なんだか、訳知り顔って感じじゃん?」

「そうだな……」


 狂太郎は虚ろな表情で、


「一応もう、このゲームのおおよその展開は予測ができている」

「ほほう。やっぱり頼りになるねぇ」

「お褒めいただいて実に光栄、だが……」


 狂太郎は、眉間を揉む。


「問題がある。正直、この世界で、この世界の主が望むままの”エンディング”を迎えることは簡単だ。だが、――」


 そもそも狂太郎たちは、どことも知れぬ誰かさんにお説教を喰らうためにこの世界に来たわけではない。


「問題は、どのようにしてあの、”ベルトアース”側の人々を救うか……」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※22)

 以下は、その際に狂太郎が書き記したメモである。

『①世界の大きさ。

 東西の直径は数キロほど。北南の長さは時間がなくて、調べられなかった。

 あるいは”ベルトアース”同様に縦長なのかも知れない。


②住人

 基本的に全員”社会人”で、”自由人”はいない? 例外もいるかもしれないが……。


③文明

 かなり長期にわたって停滞しているように思える。

 ここは、ほとんどの建物が”不壊のオブジェクト”でできているらしい。


④世界の外側

 どうやら、完全にハリボテのようだ。

 双眼鏡を使って覗いてみたが、人が住んでいる気配がまったくない。

 いまのこの状況が特殊なのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

 どうやらこの世界は、永遠にこの茶番劇を続けさせられているのだろう。』



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