246話 劇中劇

 いま、狂太郎の頭には、二種類の記憶がある。

 一つは、仲道狂太郎として生きてきた、数十年間の記憶。

 そしてもう一つはこの、――奇妙な世界に植え付けられた、”ボーイ”としての記憶だ。


 それら「二種類の記憶」があるがゆえに、狂太郎にのみ理解できることがある。


 この世界のテーマ。

 『ファイナル・ベルトアース ~ドリームウォッチャーのなぞ~』というゲームそのもののテーマだ。


「……と。その説明の前にさ。私からもひとつ、質問していいかな」

「ん」

「この、――ヘンテコな世界ってそもそも、なんなの? ”ベルトアース”ともちょっと違う気がするし。……知らず知らずのうちに、違う世界に転移しちゃったのかしら」

「いや。違うと思う。ここは依然として”WORLD0091”、『ファイナル・ベルトアース』というゲームを元に創られた世界だ」

「でもその割には、これまで歩いてきた世界とは雰囲気がぜんぜん違うよ? 建物は”不壊のオブジェクト”が使われてるみたいだけど」

「ええと、そうだな……なんて言えば良いか……」


 狂太郎は少し、わかりやすい説明を考えるのに時間を費やした後、


「――ええと、きみらの世界に、千夜一夜物語アラビアンナイトはあるかい」

「ん。あるよ。舌先三寸で大金稼いだ、伝説的娼婦のお話ね」

「…………ちょっと違う気がするが。――……あれはまあ、要するに、シェヘラザードという話のうまい女の人が、毎夜毎夜『千の物語』を王に語って聞かせる。――という物語だ」

「そうね」


 そこまでわかってるなら、話が早い。


「ああいうお話を、”枠物語”とか”劇中劇”という。この世界は、あれと似たような構造なんだよ」


 同居人の誰かへの説明ならば、『MOON』とか『女神転生2』あたりを例に挙げていたかもしれない。


「ええと、つまり……」

「”WORLD0091”は、――ゲームの中に存在するゲームという……入れ子構造になっていた、ということだ」

「……はあはあ」


 沙羅は、自分の頭の角のあたりをちょんちょんと触って、思考を整理する。狂太郎はぼんやり、「テレビアニメ版『一休さん』みたいな仕草だな」と、思った。


「ってことは……ええと。……ここから”ベルトアース”側の世界を改編するには……どうすればいいんだろ?」

「単純だ。この世界で『ファイナル・ベルトアース』のゲーム・データを入手して、プログラムを書き換えればいい」

「ぷろぐらむ……」


 沙羅は、その一言であっさりと理解を諦め、肩をすくめる。


「となると、私には手出しできない領域だね。こりゃ」

「そうだな……」


 あくまで、そこに関しては。


「だが、決してきみの力が不要というわけじゃないぜ。裏を返せば、きみに頼りっぱなしになるわけだから」

「あら、そうなの?」

「ああ……」


 そして狂太郎は、手元のメモを確認しつつ、――これまでの調査と、”ボーイ”としての記憶をもとに導き出した、『ファイナル・ベルトアース ~ドリームウォッチャーのなぞ~』を大まかなあらすじを語り始める。



 主人公は、引っ込み思案な中学三年生、”ボーイ”(※23)。

 彼は、ゲームばかりしているせいで、友だち一人作れずに孤独な毎日を送っていた。


 そんなある日のこと。

 ”ボーイ”は、ゲーム会社で働く父さんの書斎から、一枚のゲーム・ディスクを発見する。

 それこそが、『ファイナル・ベルトアース ~ドリームウォッチャーのなぞ~』であった。

 興味を惹かれた”ボーイ”は、こっそりとディスクを盗み出し、自分のPCにインストール。ゲームをプレイする。

 それは、いかにもありがちな、既存のRPG制作ソフトで作成されたゲームだった。

 だがゲームを進めて行くにつれ、どんどん奇妙な点が判明していく。

 バグが、多すぎるのだ。ちょっと普通では考えられないほどに。

 それだけではない。

 時間の浪費でしかないレベル上げ作業に、脈絡のないキャラクターのセリフ、人を小馬鹿にしたようなシナリオなど、――そこにあったのはおよそ、苦行という他にないゲーム体験であった。


――パパは、なんでこんなゲームを……?


 不思議に思いつつも、律儀にゲームを進めて行く”ボーイ”。

 ゲームそのものは退屈極まりなかったが、一度始めたゲームは最後までプレイするという物語の主人公特有の気質でもって、”サイシュウ・チテン”に到達。

 その結末は、――あまりにも拍子抜けな、


>> たいけんばんは ここまでです。

>> このものがたりの つづきは せいひんばんで おたのしみください。


 というメッセージのみ。

 達成感もクソもない決着である。


――なんだこれ。くだらない。


 そしてパソコンに座ったまま、ふて寝をする”ボーイ”。

 その夜、彼は不思議な夢を見る。

 『ファイナル・ベルトアース』の世界に転移し、そこでバグまみれの冒険を繰り広げる夢だ。

 彼は、理不尽なゲームのルールに苦しみながらも仲間の助けを得て、ゲーム同様に”サイシュウ・チテン”へと向かう。

 もちろんそこにあったのは、ゲームと変わらぬ、虚無的な結末だ。


 そして”ボーイ”は、目を覚ます。

 見ると、パソコンに表示されていたのは、『GAME OVER』という文字。

 どうやら寝惚けて、キャラクターを崖から落下させ、自ら殺してしまっていたらしい。


――へんな夢を見たな。


 そう思いつつ、夕食を摂る。

 そこで”ボーイ”の父親にされたお説教こそ、このゲームのテーマにも通じる台詞だ。

 要するにそれは、――


『ゲームなんかくだらねえ。現実を生きろ』


 というもの。


 ”ボーイ”は納得し、次の日、パソコンを粗大ゴミに出す。


 その心には、昨夜にされた父さんの素晴らしいお説教が蘇っていた。

 そして全ての謎が解ける。

 実は、『ファイナル・ベルトアース』を作ったのは、”ボーイ”の父親であった。

 あのゲームには、古今東西、様々なゲームのバグ、クソ要素が盛り込まれてある。

 全ては”ボーイ”に、ゲームの”つまらなさ”を学ばせるために。


 それを知ったボーイは感動し、二度とゲームなどに熱中しないことを誓う。

 そして父と同じく、愚かな人間を搾取する側の人間となり、永遠に幸せに暮らしましたとさ。


 めでたしめでたし。



「――……以上が、この『ファイナル・ベルトアース ドリームウォッチャーのなぞ』の結末、ということだ」

「ふーむ」


 沙羅はしばらく腕を組んで、眉間に皺を寄せている。


「うーん。…………なんて……言えばいいのか……ちょっとよくわからないけど……」


 そして、言葉に迷ったあと、


「私がもしこのゲームを遊んだら、『うるせえ、黙ってろ』って思ってただろーね」

「そうだな。ぼくもそう思う」


 二人、苦笑いし合う。


「だいたい、『ゲームなんて愚かな行為はさっさと卒業して、現実を生きろ』なんて正論は、とうの昔にかびの生えたテーマだと思うね」


 大切なのはあくまで、バランスだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 人は、――人生の全てを目的のために使えるほど、強い生き物ではないのだから。


「ドジソンの案は捨て去る。もしこの世界に、神、――あるいはゲームの制作者クリエーター的な存在がいたとしても、その説得は難しいだろう。であれば、自分たちでどうにかするしかない」


 沙羅は、渋い顔で頷く。


「……ええとつまり。――今後の方針をまとめると……?」

「ぼくはこれから、”ボーイ”の家のPCを使って、ゲームのプログラムを書き換える。バク取りデバック作業を行うんだ」


 プログラミングの心得はないが、RPG制作ソフトに関しては少し触れたことがある。その経験と”ボーイ”としての記憶、《すばやさ》の力があれば、修正は不可能ではないはずだ。


「それで、――私は……?」

「その間の、時間稼ぎを頼みたい」

「なるほどね」

「悪いが、かなりの長丁場になるぞ。たぶん、この世界のありとあらゆるものが敵になるだろう」


 すると沙羅は、ぐるぐる肩を回して、


「おっけ。むしろ、それくらいの方がよっぽどわかりやすい。……こっちに来てから、ずっとうんざりしてたのよ。ぶん殴って解決するような相手が、さっぱり出てこないんだから」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※23)

 恐らく、女性主人公にした場合はこの部分が”ガール”に置き換わるのだと思われる。


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