229話 リスポーントラップ
狂太郎たちが再びタムタムの街に戻ったころには、日が沈みかけていた。
街の正門付近では、前に見たよりも新しい死体が烏についばまれていて、
「……またこの街にくる羽目になるとは」
やはり、気が重い。
「しょーがないじゃん。ここでイベントを消化しなくちゃいけないんでしょ。あの、ドジソンって人いわくさ」
「そうなんだが……」
少し進むと、高台に上げられた全裸の少年少女が、野菜を売るように値段を付けられているのを見かけた。
「……………ムムム」
こうした光景にはいつも無感動を貫いてきた狂太郎も、さすがに、――辛い。今すぐに剣を取って、あそこにいる連中の首を次々刎ねてしまいたい気持ちが生まれている。
もちろん、そんな無益な真似をするつもりはない。
だが、ラビット城の”姫君”たちと同じ顔の少女と目が合うと、なんだかたまらない気持ちになるのだった。
そうして狂太郎たちは、この旅でもっとも勇気と自制心を必要とするであろう場所へと到着する。
『ハンプティ・ダンプティのお肉屋さん』
と題された、タムタムの街においては唯一の食肉店だ。
もちろん、すでに嫌な予感がしている。
というのもこの店は、――タムタムの街において最初の、無限湧きする人間の発生地点である、という情報を事前に聞かされていたためだ。
「……そーいう場所に肉屋さんを建てたってさ。どういう意味なんだろね?」
「まあ、我々が想像している通りだろうな」
狂太郎たちが肉屋に向かうと、――広場を簡素な木柵で囲っただけの、実に単純な構造の店を見かける。
通りに面したところにテント作りの小屋があって、そこにずらりと、様々な動物の肉が並んでいた。
本日の目玉商品は、豚肉らしい。いま捌いたところらしく、この世界の基準では少し高めの値段設定で、肋骨付きの肉が売られていた。
そのすぐ隣には、昨夜の売れ残りのくず肉を刻んでスープにしてものがぐつぐつと煮込まれている。こちらは売れ筋の商品らしく、道行く人々が立ち食いしているようだ。
テントの奥側には、石造りの納屋に家禽を閉じ込めている木造の飼育小屋、燻製肉を作るための煙突がついた煉瓦小屋、そして動物の屠殺場が見られる。
「ドジソンが言っていたイベントの発生地点は、――この奥だな」
眉間に皺を寄せつつ、狂太郎は木柵をひょいと乗り越えた。
「ちょっとぉ。ここ、入っちゃいけないところじゃないの?」
この期に及んで、沙羅が不安そうにしている。
「堂々としてればバレないんだ。こういうのは」
狂太郎は唇をへの字にして、肉屋の奥へ進む。
どうせ憂鬱な気分になるのだから、さっさと済ませてしまおう、と、そう思っていた。
食肉が捌かれる場所、――というと、狂太郎のような人間にはとても縁遠い場所に思える。
ホラー・ゲームの舞台としてお馴染みのその場所は、イメージしていたよりも衛生的だ。水場が近いため、掃除が容易であることも無関係ではなかろうが。
捌かれた肉が釣られている場所を進むと、通りから少し離れた場所、――燻製室の影に隠れるようにして、大きめの建物があることに気づいた。
室内からは、
こつ――――――――――――――――――――――――――――――ん。
こつ――――――――――――――――――――――――――――――ん。
こつ――――――――――――――――――――――――――――――ん。
と、何かがぶつかるような音が聞こえている。
「なんだ、この建物」
「この中よね? ――ドジソンさんが言ってた場所って」
慎重に扉を開き、その内部に入り込むと、――肉の保存に適した石壁の、ひんやりとした室内の中央に、2メートル四方の大きさの井戸を思わせる深穴が見られた。
穴には、格子状の蓋が備え付けられており、ちょうどダンジョンなどで見られる落とし穴系のトラップに近い仕組みになっている。
「――?」
不思議に思った狂太郎が、バネ仕掛けになっている蓋を少し押したり引いたりしていると、――その時だ。
その、バネ仕掛けの蓋の上に、突如として一人の男が出現したのは。
年は、20歳かそこらだろうか。身長150センチほどの少しぽっちゃりした青年は、こちらに気づくやいなや両手を振って、
「あ! 旅人さん!」
愛想良くこちらに一歩、踏み出した。
彼自身、自分がその場所に突如として出現したことに驚いている様子はない。対する狂太郎たちは、状況がよく呑み込めないまま、彼の姿を見上げている。
「ちょっと聞いてくれよ!」
「え? ああ……」
ことが起こったのは、その次の瞬間だった。
「――おいらのお父さんが、ヴォーパル砦に行ったきりぃいいいいいいいいいぃぃ……」
同時に、ばね仕掛けの蓋がバカッと開き、ちょうど青年の頭が真下になるようにひっくり返って、――落下。
そして、
こつ――――――――――――――――――――――――――――――ん。
という音が、穴の奥から。
「……な……っ」
「え」
「嘘……」
三人は我が目を疑って、その恐るべき事態をただ、見守っている。
続けざまに、
「あ! 旅人さん! ちょっと聞いてくれよ! おいらのお父さんが、ヴォーパル砦に行ったきりぃいいいいいいいいいぃぃ……」
こつ――――――――――――――――――――――――――――――ん。
「あ! 旅人さん! ちょっと聞いてくれよ! おいらのお父さんが、ヴォーパル砦に行ったきりぃいいいいいいいいいぃぃ……」
こつ――――――――――――――――――――――――――――――ん。
「あ! 旅人さん! ちょっと聞いてくれよ! おいらのお父さんが、ヴォーパル砦に行ったきりぃいいいいいいいいいぃぃ……」
こつ――――――――――――――――――――――――――――――ん。
動悸が高まっていく。心臓が、早鐘のように乱れ打つ。
狂太郎はその時、このようなことを思っていたという。
――自分はこの場所で、何が起こると思っていたんだろう。
と。
たぶん、ここに出現するはず命は、酷い目に遭わされているだろうとは思っていた。
食肉に加工されている程度のことは想像がついていた。
だが、目の前で起こっているこれは、――
「……リスポーントラップってやつか」
からからに乾いた喉で、ようやくそれだけ口にする。
敵モンスターの素材を収集するタイプのゲームなどで、――その仕様を完璧に理解したプレイヤーが行う、究極の高効率プレイ。
自動化された殺人マシーンだ。
「あ! 旅人さん! 聞いてくれよ……――」
しばし、あまりのことに放心状態であった狂太郎も、さすがにこの惨状を見逃すわけにはいかない。
狂太郎は即座に《すばやさ》を起動して、目の前の青年が穴に落ちる前にその首根っこを引っつかみ、安全地帯に引っ張り出す。
彼は、自身がいま置かれている状況などこれっぽっちも気にせず、こう言った。
「おいらのお父さんがヴォーパル砦に行ったきり、戻らないんだ!」
「……そうかね」
狂太郎が、彼に対してなんと言うべきか迷っていると、
「でも、おいら、弱虫だから……とてもじゃないけど、助けに行けないよ。だってあの砦には、恐ろしいレッドナイトがいるんだから……ぶるぶるぶる」
>>せいねんのために ヴォーパルとりでに いきますか?
>> ⇒はい いいえ
新しく、青年が生み出される気配はない。
やはりこのイベント、彼が死亡するたびに最初からループする仕様になっているらしい。
「くそったれ! どうかしてるぞ、この世界」
ここに来てから、幾度となくそう思ってきたが、――今回のそれは、いままでの衝撃を遙かに上回っている。
>>せいねんのために ヴォーパルとりでに いきますか?
>> ⇒はい いいえ
もう一度、ナレーションに問われて、
「あー、助ける助ける! ……はいはい!」
と、投げやりに答えた。
すると青年は、
「そうかい! ありがとう! おいら、一生あんたに感謝するよ。おーいおいおい……」
どこか虚無的な泣き声(そもそも彼は、出現した瞬間だから下手な台本を読み上げるような口調だった)を上げながら、狂太郎に抱きつく。
公平に言って、それは気分の良い行為ではなかったが、――気がつけば狂太郎は、太めの青年をぎゅっと抱きしめて、その背中をぽんぽんと撫でていた。
その時である。
狂太郎の腕の中で、太めの青年が音もなく、その存在を消失させたのは。
「……む?」
その不可解な現象に目を見開いていると、――
「あ! 旅人さん! ちょっと聞いてくれよ!」
頭上で、青年の台詞がリピート再生される。
驚愕したまま顔を上げると、――そこには、ほんの一瞬前のことなど全く覚えていないらしい太めの青年が、こちらに手を振って、――
「おいらのお父さんが、ヴォーパル砦に行ったきりぃいいいいいいいいいぃぃ……」
こつ――――――――――――――――――――――――――――――ん。
「これは……」
狂太郎は一度、このような事態を目の当たりにしている。
フラグの管理ミス。
四人の姫君に起こっていた状況と似た状況である。
ただし彼の場合は、――
「父の失踪を旅人に報告するイベント」を、延々と繰り返しているらしい。
「なんという……」
あまりの出来事に、言葉を失う。
振り向くと、沙羅も、シルバーラットも同様だった。
茫然自失の合間にも、
「あ! 旅人さん! ちょっと聞いてくれよ! おいらのお父さんが、ヴォーパル砦に行ったきりぃいいいいいいいいいぃぃ……」
こつ――――――――――――――――――――――――――――――ん。
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