228話 神殺しの決意

「しかし、いいのかい? そこまでぼくたちに肩入れして。……レッドナイトは、きみの知り合い、――というか、友だちなんじゃないのか」


 続けて支度を進めるドジソンに、訊ねる。


「だ、だ、だ、だからだ。だから私は、君のレベル上げを手伝ってる。彼我の実力が同じくらいなら、殺し合いにもなるだろう。だが、強者と弱者の勝負なら、――……君は彼を、その場で殺さずにすむ。少なくともその可能性は、高くなる。そうだろう?」

「……なるほど」


 頷きながら、狂太郎は片眉を上げて、


「しかしあんた、ぼくが人殺しをしないって、なんでわかる」

「そりゃ、わかるさ」


 ドジソンは控えめに笑って、それ以上は説明しない。

 あるいは、すでに情報が出回っているのかもしれなかった。


 山賊すら手にかけない”選ばれしボーイ”が、この辺を歩いている、と。


「ところで、そもそもあんた、何者なんだい?」

「わ、わ、私が何者か? ……ふむ。どうなんだろう。日々、自分に問いかけているけど」

「……雑に誤魔化さないでくれよ」

「何者でもない。ごくごく普通の、隠居した男だ。――いやもう、隠居していた男になるか。これから、一世一代の仕事に取り掛かるんだから」

「だから……――」


 呆れていると、ドジソンはパンッパンッ、と両の手を打ち鳴らして、


「それでは、もう一度同じ”ウル技”を繰り返すよ」


 わかりやすく話題を切り替えた。


「ただし今度は、武器を持たずに行う」

「武器を持たずに?」


 狂太郎は目を丸くする。


「うん。そうすることで、繧?≧縺励cスキルを強化することができるからね。……そっちの角の生えた女性は、少しレベルを上げているようだが」

「ああ……」


 沙羅と同行している間、なんか自然とレベルが上がっていた、あのスキルのことか。


「結局、なんなんだい、あれ。正直我々には、発音すらできなくって……」

「殺意ある相手を、武器を持たずに無力化した場合に上がるスキルだよ」

「武器を?」


 確かに、沙羅はいつも武器を持ち歩いていない。口から火を吹くことができるためだ。


「き、き、基本的にこの世界では……武器を持たずに敵を撃退した時、言葉の力で敵を倒したことになってるんだよ」

「言葉……?」


 首を傾げる狂太郎。


「カリスマスキル、説得スキル、魅力スキル、威圧スキル……まあ、呼び方はなんでも良かろう。つまるところ、そういうものの一種だ」

「そのスキルって、――強いのかい?」


 以前、シルバーラットは「上げても意味のないスキル」みたいなことを言っていたが。


「つ、強いか弱いかで言うなら……強い。普段使いする分には、最強だよ。もちろんそれは、繧?≧縺励cスキルを十分に上げた場合に限られるが」


 なるほど。”ウル技”を使って初めて、その効力を実感できる、ということだろうか。


「具体的にその、”ほにゃらら”スキルをカンストさせると、何が起こる?」

「言葉の力で、敵を追い払うことができるようになる」

「なるほど」


 それは、かなり便利だ。

 これまで狂太郎は、全ての敵をわざわざ拘束した上で、無力化してきた。その労力が省けるのはありがたい。


「でも確か、沙羅が覚えた技って……」


 えろい絵を描くとか、なんかそんなんばっかりだったような。


「”わざ”と”せいしつ”は、その人の素養によって微妙に変わるからね」

「へえ」


 狂太郎は、沙羅の顔をちょっぴり眺めて(※18)、


――素養。


「ふーん。……それってつまり、」


 エッチってことなのでは?

 すると、沙羅は目を細めて、「何か?」と不機嫌そうに言った。


 狂太郎は、慌てて話題を変えて、


「では! さっそく作業に入ろう」


 手持ちの道具袋に、再びアイテムを詰めていく。



>>ボーイは スライムを たおした!

>>ボーイの 繧?≧縺励cスキルに けいけんちが ■ポイントはいる!

>>ボーイの 繧?≧縺励cスキルの レベルが 1000000000000000000にあがった!

>>ボーイの せいしつが へんかする!

>>ボーイは ”ぼんじん”から ”ようキャ”に なった!


>>ボーイは ”ポジティブシンキング”を おぼえた!

>>ボーイは ”リーダーシップ”を おぼえた!

>>ボーイは ”せいけつかん”を おぼえた!

>>ボーイは ”スマイル0えん”を おぼえた!

>>ボーイは ”バーベキューで にくをやく”を おぼえた!

>>ボーイは ”のみかいで やさいを とりわける”を おぼえた!

>>ボーイは ”パーティで……


「……わーい。ぼく、陽キャになったぞ」


 なんだか脱力しつつ。

 ちなみに現状まだ、特別何かが変わった実感はない。

 どうもこの世界のスキルは、敵との戦闘時にのみ、その効力を発動させるものらしい。


「この一手間が、仕事を楽にするのさ」


 ドジソンは意味深に笑って、狂太郎の肩にぽんと手をやった。


「では、次。ヴォーパル砦及び、レッドナイトの攻略に関して、話そう」

「よろしく」


 その後、彼が語った『ストーリー攻略チャート』は、以下のような内容であったという。


①タムタムの街の宿に泊まると、太めの青年に話しかけられる。

②青年曰く、「ヴォーパル砦に出向いた父が戻らない」という。だが、争いごとが苦手な彼は、レッドナイトが恐ろしくて一歩踏み出せずにいる。

③話を聞いた、選ばれしボーイ&ガールは、その父親の様子を見に行くことに。

④ヴォーパル砦に到着するが、時すでに遅し。父親は、恐るべきレッドナイトに無礼を働いた罪で首を刎ねられていた。

 ※これは、どれほど急いでも間に合わない。

⑤かつての因縁もあり、戦いを挑む、選ばれしボーイ&ガール。

⑥追放騎士たち(×100)とのバトルが始まる。

 ※この戦いは、さっき覚えた繧?≧縺励cスキルの力を利用するのがオススメ。

⑦全ての追放騎士を全滅させると、いよいよレッドナイトとの決闘。

 ※ボス敵には繧?≧縺励cスキルは効かないので注意。

⑧レッドナイトを無力化すると、次のイベントが発生。

 ※ここでドジソンと再合流。今後の方針を確認する段取り。


「……ふむ」


 話を聞きながら、狂太郎はこう思っている。


――いつもの調子が戻ってきたな。


 と。

 初見のゲームは攻略情報を見ない主義だが、それは自分の命が掛かっていない時に限る。

 さすがにもう二度と、『全滅』したくなかった。


「繧?≧縺励cスキルは、追放騎士たちの戦い用か」

「できるだけ楽をしてもらった方が、――君の気が変わるのを防ぐことができる。そうだろう?」

「…………」

「私はできるかぎり、死人を見たくないんだよ。……同情のためじゃない。私自身が、哀しい気持ちになるからね。それだけだ」


 それに関しては、狂太郎も同じ意見だ。

 彼が人殺しを拒む理由は、正義漢からではない。あくまで、自身を納得させるためだ。それが基本だ。


「ひとつ、聞いて良いかい」

「な、なんだい」

「あんたはさっき、神と交渉するつもりだと、そう言っていたな」

「ああ」

「もしも、――その、”神”が、思ったよりもきかん坊で、我々を殺すつもりで襲いかかってきたら……どうする?」


 ラスボスが、”神”。

 ゲームではわりとよくある展開だ。

 すると目の前の男は、”ぶつぶつドジソン”らしからぬ、


「殺すよ。神を」


 決断的な口調で、言った。


「理由もなく、――あの、タムタムの街の存在が許されているのであれば、……彼は、死に値すると思う」


 言いながら彼は、息苦しそうに咳をして、


「もちろん、そうではないことを願っているけれど、ね。我々の神はきっと、思慮深い御方だと信じているよ」


 その言葉はまるで、自分に言い聞かせているかのようだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※18)

 ちなみに彼女、”ウル技”を使ったレベル上げに関しては不参加を決め込んでいる。

 これは、狂太郎たちなりに保険をかけたつもりだったが、結論から言うとこれも杞憂であったらしい。

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