212話 自由人と社会人

 その後、風呂屋の主人と話すうちに判明した情報を、ここに挙げておこう。

 どうも世界の住人は大まかに、二種類に区別されているらしい。


 まず、”天の声”に導かれしもの、”社会人”たち。

 彼らは皆、”不壊ふえのオブジェクト”に住む。

 ”不壊のオブジェクト”とは、ブラック・デス・ドラゴンを倒した時に使った松明を代表とする、「ゲームの仕様上、決して破壊されないもの」の総称で、あらゆる劣化に対する耐性を持ち、また一切の変化を受け付けないものを指すという。

 街にいる者たちは皆、ある種の聖職とされ、先祖代々から続く”仕事”に就く。

 街の手前で、狂ったように「ここは○○の村です」と繰り返し言い続けている者がいただろう。あれだ。

 彼らはその場所でそのように生きることにより、この世界の均衡を保ち続けているとされている。


 また、そうではない者たちもいる。


 狂太郎が話した、風呂屋の主人を始めとする、”自由人”たち。

 彼らはこの、狂ったゲームのルールから少し外れたところで生きている人々だ。

 彼らも元は”社会人”であったらしいが、長年の暮らしの中で自然のことが起こり、街に住みきれなくなった人々が、世界のあちこちに散らばったものであるという。


 なお、”社会人”と”自由人”は共生関係にあり、


――”社会人”が存在するからこそ、この世界は安定し、

――”自由人”が存在するからこそ、”社会人”の生活が保障されている。


 ……と。

 そういう案配らしい。



「――なるほどね」


 狂太郎は、ざっくりメモにまとめたこの世界の概要を眺めつつ、沙羅と二人、とことこと北へ進んでいる。

 いま二人が歩いているのは、びゅうびゅうと風が吹き抜ける平坦な道程で、遠目にも動物一匹見かけない、寂しい場所だった。

 相変わらず足元には青い煉瓦道が続いていて、迷うことだけはないのが救いである。


「よーするに、話がまともに通じるのが”自由人”で、イカレてるのが”社会人”……って認識でいいのかな?」

「ざっくりしすぎだ。――ただ、”社会人”はどうも、”崩壊病”を始めとする異常事態に慣れっこのようだな。だから、常識を疑うような事態が起こっても、感覚的に”異常だ”と思うことができないのだろう」

「常識に囚われないちゃらんぽらんが”自由人”で、常識に囚われて目の前のこともちゃんと見えてないのが”社会人”?」

「……そう言えるのかもな。なんか、寓話めいてきたが」


 やがて二人が辿り着いたのは、山間に建てられた関門だ。

 国境にあるという設定上、そこそこ頑丈そうに見えるその場所を護っているのは、数人の”社会人”たちだった。


「こういう大きな建物は基本的に、”社会人”の縄張りなんだろーね」


 沙羅が、関門に住む兵士たちに手を振る。

 彼らの装備はやはり、頭にドリルを装着しただけの、一糸まとわぬ格好だ。


「ちなみに、――あれも一種の”バグ”ってやつ?」

「多分な。通常、防具として設定されていないアイテムの防御力が参照されてしまっているのだろう。普通の武装より、あの格好の方が強い……あるいは、そうだと思い込まされている。……そういうことだ」

「ねえ、狂太郎くん。そういうヘンテコな知識って、どっから手に入れるの?」

「年の功だよ」


 気がつけば、ゲームのトリビア情報ばかり集めている。

 あるいは自分でも、何かの病気ではないかと思う時はあるが。


「年の功、か。一応、私も、長生きはしてるつもりなんだけどねー」


 へえ。じゃあきみ、おいくつなの?

 そう訊ねかけたその時、衛兵の一人が声をかけてきた。


「やあ、旅人さん。旅の途中かい?」


 狂太郎たちが頷くと、


「この先に向かうなら、よく注意することだ。恐ろしい山賊が出るからね」

「……山賊なら、ここの道中に山ほど出ましたけど」


 衛兵なら、自国側の治安もしっかり護るべきじゃないだろうか。


「そういうのは、我々の仕事じゃないんだ。我々の仕事はここに立って、この先に現れる山賊の危険を伝えることなんだよ。……ちなみに、この先に行くには、最低でもレベル10000は必要だ」

「なるほど」

「そういう君はみたところ、レベル5000くらい? 正直、まだ先に進む段階じゃないと思うよ?」

「まあそれは、何とかなると思うので」


 狂太郎がそう言うと、


「いやいやいや! ほんとほんと! たぶんすぐに死んじゃうから!」

「でもそれ、あくまで推奨レベルでしょう? 我々は特別な能力があるので、大丈夫なんです」

「しかし、悪いがこれは決まりなんだよ。レベル10000以下の旅人を通すわけにはいかない」


 兵士は、はっきりとそう断じた。人の良さそうな彼の眉間に、くっきりとした皺が寄っている。


「どうしても……ですか?」

「ああ、そうだ。戻って”レベル上げ”してきなさい。わかったね?」


 無理に押し通ろうとすると、また”崩壊病”になりそうな気配がある。


「信じられん。レベル上げを強要するようなゲームが、この世に存在するとは」


 レベルを上げるかどうかは、プレイヤーに委ねられるべき判断であるはずだ。

 あの兵士の台詞は要するに、その辺のバランス調整をゲーム制作者側が放棄したことに他ならない。


「……これじゃ、しょーがないね。いったん戻る?」

「いや。さすがにそんな暇はないよ」


 その手の寄り道を嫌う彼も、辛うじて許している”レベル上げ”行為が存在する。

 すなわち、頭に「高効率の」がつく”レベル上げ”だ。


「よし。それじゃあ、――兵士さん。ちょっとぼくたちと勝負してもらえませんか?」

「え?」


 ドリルを頭に被ったその男は、目を丸くする。


「もちろんこちらは、あなたを傷つけずに無力化します。そちらはこっちを殺すつもりでやってもらって構いません。どうです?」

「そう言われてもな。君は気づいていないかもしれんが、私のレベルは……」


 知っている。確か四人の姫君の一人が、こんなことを言っていた。


――城の一般兵で、レベル300000000くらいが下限かしら。


 と。


「っていうかもう、ぶっちゃけ無理矢理襲いますんで。よろしく」


 狂太郎は有無を言わせず、剣を抜く。


「…………!!」


 流石に、衛兵もそれに応えない訳にはいかなかった。

 彼は、手持ちの槍をさっと身構えて、戦闘態勢を取る。

 狂太郎はというと、


>>へいしが あらわれた!


 というナレーションが流れるのを耳にしてから、《すばやさⅧ》を起動。

 カチャカチャとベルトを外し、鼻歌交じりに彼の四肢を拘束した。


>>ボーイ&ガールは へいしを たおした!


>>ボーイの けんスキルに けいけんちが 203847抵シ撰シ抵シ難シ呻シ難シ假シ難シ暦シ費シ呻シポイントはいる!

>>ガールの 轣ォ邉サ鬲疲ウスキルに けいけんちが 203847抵シ撰シ抵シ難シ呻シ難シ假シ難シ暦シ費シ呻シポイントはいる!


 わお。盛大にバグってる。


>>ボーイの けんスキルの レベルが 601020304にあがった!

>>ボーイの せいしつが へんかする!

>>ボーイは ”まあまあのけんし”から ”ふつうのけんし”に なった!


>>ガールの 轣ォ邉サ鬲疲ウスキルの レベルが 601022100にあがった!

>>ガールの せいしつが へんかする!

>>ガールは ”すきもの”から ”えっち”に なった!


「よしよし」


 狂太郎は満足して、どうせ使えない各種特技の類を片っ端から無視する。

 そして、一度は拘束した兵士を解放し、彼を元通り立たせて武器を持たせ、


「……………!?!?!? いまのは、いったい……?」

「気にするな。夢を見ていたんだよ」

「あ……ああ……」

「ところで、ぼくたちもう、先に行って構わないよね?」

「え? あ、はい……」


 狂太郎は満足して、先へと進む。

 レベル上げは嫌いだが、レベルが上がること、そのものは嫌いではない。


――案外、この世界の攻略が終わった頃には、剣士として一人前になっているかもしれない。


 そんな希望を抱きつつ。


 しばらく続いた荒野とは打って変わって、ジャバウォック王国領は、ムッとした熱気が肌にまとわりつく、熱帯林であった。


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