209話 コインの裏表

 「たおされた」結果、すっかり元気を失った老婆を地面に捨て置き、洞窟の奥に向かうと、――そこには、なんならそれそのものに結構な価値がありそうな、色とりどりの宝石に彩られた宝箱(※8)が出現していた。


――悔しいけどやっぱこういうの、わくわくするな。


 子供心を思い出しつつ、狂太郎は宝箱を開ける。

 すると中には、濁ったどろどろの液体が入った薬瓶が一本。思ったよりも大きめの瓶で、容量はおおよそ、2リットルほどだろうか。手に持つと、ずしりと重い。


「これが”万能薬”か」


 しばしそれを眺めていると、


>>ボーイ&ガール! さあ けつだんの ときだ。

>>きみたちは これから ハートのおとうとと ダイヤ

>>どちらかに ”ばんのうやく”を のませることが できるぞ。


「はいはい」


 ナレーションに応えつつ、泥まみれになった仲間の元に戻る。

 沙羅は、どこから取り出したものか、ウェットティッシュで胸元をごしごししていて、


「うーっ。この世界、お風呂に入る文化あるかなあ?」

「期待しない方が良いな。はっきりいって、そういう細かい描写をするタイプの作品とは思えない」


 実際、昨夜泊まった宿に、それらしきものはなかった。


「ところで、ちょっと気になってたんだけど、きみそもそも、風呂に入ったりするのか。たしか、火の精霊なんだよな?」

「入るわよ、そりゃ」

「……体温でお湯、沸騰しないの?」

「する、こともある。けど、熱を調整できるから大丈夫」

「ふーん」


 その、ぴっちぴちのレオタードみたいな服、脱ぐときどうするんだろ。



 その後、二人が元いた場所に向かうと、「おーいおいおいおい……」という妙に嘘くさい泣き声が、ダンジョン内部に反響している。


 二人がハートたちの元に辿り着くと、


「あ、……ああ! 来てくれたね!」

「来たとも。無事、”万能薬”も手に入れた」


 ちゃぽん、と、瓶を揺らして見せて。


「ありがとう……ありがとう……!」

「それで、ダイヤの様子は?」

「もう、息も絶え絶えだよ。恐らく一刻を争うだろう」

「……そうかね」

「それで、どうする? 私の弟か、ダイヤか。どちらに薬を渡す?」

「それ、本当に二者択一なのか? 見ての通りこの薬、結構たっぷり入ってるぜ」

「それで、どうする? 私の弟か、ダイヤか。どちらに薬を渡す?」

「いやだから、弟さんとダイヤ、半分こしたりできないのかな、これ」

「それで、どうする? 私の弟か、ダイヤか。どちらに薬を渡す?」


 狂太郎、少し眉間を揉んで。


「……いろいろ考えたんだが。選ぶのは、身内であるきみであるべきだと思うんだ」

「それで、どうする? 私の弟か、ダイヤか。どちらに薬を渡す?」

「えっとね。――ハートさん?」

「それで、どうする? 私の弟か、ダイヤか。どちらに薬を渡す?」

「きみの、……家族のことなんだぞ」


 だんだん腹が立ってきて声を荒げかけるが、沙羅がちょんちょん、と肩を叩いて、


「狂太郎くん。――これたぶん、無限ループ(※9)入っちゃってるよ」

「そんな馬鹿な」


 ゲームではありがちなことだが、――現実の人間を相手にして、こんなおかしなことが起こるわけがない。


「クローバー。きみならどうだ。どちらを助けるか、きみが決めてくれないか」


 訊ねるが、クローバーはいま、心ここにあらずといった表情でダイヤを見下ろすだけだ。


「……なんてことだ。この世界の人間には、自我がないのか」

「というより、世界が望む処理を行う時、一時的に人間性が置いてけぼりにされちゃう、ってかんじ」


 仲間のサラマンダー娘も、昏い表情だ。

 狂太郎は心の底から、この世界の産まれでない自分を祝福する。


「で、どーする? 正直私、こんなところでヘンテコな責任を背負うの、厭だな」

「同感だ。――やむを得まい。コインで決めよう」


 狂太郎は、懐からこの世界の金貨を取り出し、片面をダイヤ、片面をハートの弟と決めて、親指で弾く。


 その結果は、……ダイヤであった。


「あらら。そっちになったか」

「やむを得まい。――だいたいぼくたち、ハートの弟くんがどういう病状なのかよく知らないしな。いまは目の前の死にそうな男を優先しよう」

「あなた、弟の方が選ばれた時は、別の言い訳を用意していたでしょう」

「ああ。若者を優先しようと言うつもりだった」


 言いながら、”万能薬”をハートに突きつけると、


>>ボーイが えらんだのは ダイヤ であった。

>>ぼうけんを ともにした ダイヤを えらんだのだ。

>>あわれ! わかき しょうねんの いのちは ぎせいになった!

>>ダイヤには しぬかくごは あった というのに!

>>ボーイは まちがった せんたくを えらんだのだ!


「ええ……」


 ナレーションの人に怒られて、狂太郎はなんだか哀しい気分になっている。

 しかし、すでに賽は投げられていた。ハートはすでに、倒れたダイヤの口に”万能薬”を注ぎ込んでいるのだ。


 薬は、――死にかけた男の口に、どんどん流し込まれていく。とはいえ、明らかに一度に飲める量ではない。死にかけた男の口に、2リットルの液体はあまりにも多すぎる。


「ごぶ……ごぶ……ちょ、ハート……ッ」

「がんばって飲むんだ! 一気飲みしないと効かないらしいから」


 ダイヤは、しばらく罰ゲームを受けたお笑い芸人のように手足をじたばたさせていたが、……やがて、その両足が、ぴたりと止まった。


「こらえろ……最後まで飲め……!」


 もはや、彼女の目には大粒の涙が浮かんでいる。


――何か、様子がおかしい。


 そう気づいた頃には、もうすでに遅かった。

 見ると、ダイヤが、――白目を剥いている。手足もだらんとしていて、明らかに血の気を失っていた。


「おいおい……嘘だろ!?」


 狂太郎は驚いて、ハートを横に退かす。心臓に手を当てる。鼓動は、ない。そのまま心臓マッサージを試みるが、これも効果がなかった。


 その後、あれでもないこれでもないと人命救助に挑むが、――残念ながら、一つとして効果はなかった。


「……死んだ」


 狂太郎が結論づける。

 その背後では、沙羅が”万能薬”を調べていて、――


「ちょっと狂太郎くん。これ」


 と、その内側に隠れていたメッセージを見せる。『良薬口に苦し(笑)』。


>>ちなみに ハートの おとうとは つい いましがた しんだ!

>>その しにざまは むざんな ものだったらしい!

>>すべて ボーイが まちがった せんたくを したせいだ!


 狂太郎は目を疑って、


「こ、このシナリオ考えたやつ、……性格、悪……!」


 と、思ったままを口にした。

 するとどうだろう。


「わああああああああああああああああああああ! あたしのせいだ!」


 と、ハートが絶叫し、「うぐっ」と、不明の理由により心臓を抑えた。どさっと音を立て、その場に倒れる。――死んだ。

 残ったクローバーに視線を移す。

 彼は、ぐっと親指を立てて、


「こんなこともあろうかと、すでに毒薬を飲んでいたんです」


 といった後、血を吐いて死んだ。死に顔は、妙に穏やかだった。


 すると、彼の死体から、ぽよんと一つ、”コーラ”入りの瓶がドロップ。


>>ボーイ&ガールは コーラを てにいれた!


 というナレーション。


 狂太郎と沙羅は、一連のイベントをただ見ていることしかできず。


 その顔は、この世の終わりを垣間見たかのようだった。


「……ついていけん」


 狂太郎がようやくそう口にすると、――沙羅は、無言のままこくこく首肯した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※8)

 実際に狂太郎、帰還後にこの宝箱を持ち帰って、おもちゃ箱代わりに使っている。


(※9)

 コンピュータ用語の一つ。

 特定の処理が繰り返し行われてしまう不具合をこう呼ぶ。

 ゲーム的には「特定の選択肢を選ぶまで延々と同じセリフをループする」ことを指す場合もある。


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