201話 コーラを求める者
服を着替えて。
ようやく、だいたい見た目で判別できるようになった四人の姫君を引き連れて、意気揚々と”ラビット城”を出る。
次なる目標は”チェシャの街”。
その道中は、この世界の住人に”
なんでも、この世界における主要な街は、ただこの道を進んでいくだけで全て通ることができるという。
狂太郎は、地平線まで広がっている一面の草原に、青の色鉛筆でさっと描いたような道路を眺めつつ。
――これなら、迷うことはないな。どうもこのゲームの制作者は、あちこち探索するのが好きじゃないらしい。
ただ、道の先に、点々と人の姿が見えている。
道行く者を待ち伏せる、謎の人、――あるいは、山賊たちだ。
この辺の都市の治安維持組織は働いていないのか、……というツッコミはさておき。
>>さんぞく「おっときさまら、そこまでだ! くいものを おいていけ!」
道中、定期的に現れる、先ほど出くわしたのとは色違いの山賊たち(※4)を、これまでと全く同じ方法で撃退していく。
狂太郎は少し嘆息して、
――低予算。恐らくは初歩的なゲーム制作ソフトによる個人制作。
登場人物の口調が一定しないのは、外国語のゲームを機械翻訳にかけた場合によく見られる傾向だ。あるいは外国製のゲームかもしれない。
これまでフリー系のゲームソフトまでは手を広げてこなかったが、今後はその辺の情報も収集しておくべきかもしれない。……気の遠くなる作業になるだろうが。
▼
なお、道中の出来事は、
>>たびびとA「どうもこんにちは このさきには チェシャのまちが あるよ」
>>たびびとB「ぶきや ぼうぐは そうびしないと いみがないぜ」
>>たびびとC「じかんが たつと よるになるぜ」
>>さんぞく「おっときさまら そこまでだ! くいものを おいていけ!」
>>たびびとD「まよったら とりあえずきたへ むかうといい」
>>さんぞく「おっときさまら そこまでだ! くいものを おいていけ!」
>>さんぞく「おっときさまら そこまでだ! くいものを おいていけ!」
>>たびびとE「『このゲームは なかよし よにんぐみで つくりました』 って おきてがみが あったけど どういう いみだろ?」
>>さんぞく「おっときさまら そこまでだ! ……――
ちょっとした会話イベントと敵キャラクターとの戦闘。その繰り返し。
――山賊に襲われるのも、役に立たない情報を一方的に話すだけの旅人と出くわすのも、もうウンザリだな。
そう思い始めた辺りで、一人の老人が、倒れ伏しているところに出くわした。
彼は、哀しげな表情で、
「コーラを……コーラをくれ……」
と、天を仰ぐような格好で呟く。
「コーラじゃないとダメなのか?」
「コーラを……コーラをくれ……」
「水とかじゃダメなのか?」
「コーラを……コーラをくれ……」
「……お茶ならあるけど」
「コーラを……コーラをくれ……」
「ちょっとあんた、死にかけてるわりに贅沢じゃないかな」
「コーラを……コーラをくれ……」
四人の姫君に情報を求めると、
「”コーラ”とは、昨今この世界で流行っているおいしい飲み物のことです。マジック・ポイントを上昇する効果があるとされ、かなりの人気商品ですが、……チェシャの街に行けば、手に入れることができるでしょう」
と、”おわらめ”。
「そうか。……っていうか、そもそもこの世界、マジック・ポイントとか、あるんだな」
「ええ。――狂太郎さんのいた世界には、なかったのですか?」
「ああ。なかったな」
ちなみにもう四人には、狂太郎が異世界人であることは告げている。
突飛な事実だが、真顔で話せば、半信半疑ながらも信じてくれる人はいるものだ。
「ちなみにきみら、魔法なんかは……」
「使えん」「使えませぬ」「使えない」「それが、まったく使えないのです」
「……そうかい」
「我々、父から、蝶よ花よと育てられたもので」
「わかった」
狂太郎、周囲を見回して、とりあえず近場に人影はないことを確認し、
「……――やむを得ん。きみたち、これから十数分ほどここで立ち往生することになるが、大丈夫かい」
「ええ。前に進まねば、悪党どもも襲ってはこないでしょうから」
「どうもそういう仕様らしいな」
「……? 仕様、とは?」
「なんでもない。気にしないでくれ。それでは、急いで戻る」
ということで、さっそく《すばやさⅧ》を起動。
通常の200倍に加速し、足早に次の街へと向かう。
棒立ちしている山賊、お節介な旅人を通り過ぎ、歩いて三時間ほどの距離にあるというその街を目指す。
――そろそろかな。
と、思った辺りで、チェシャの街は唐突に出現した。
――たぶんこの現象、なんかの”異世界バグ”を”魔法”って言い張ってるだけだろうな。
チェシャの街は、ラビット城に比べてずいぶんと賑わっている。といっても住人の数は、多くて百人ほどだろうか。あまり、多くの登場人物を同じフィールドに登場させることができないのかもしれない。
――さてさて。コーラ、は……。
狂太郎が、《翻訳機》を掲げながら市場の値札をチェックする。
目当てのものは、すぐに見つかった。名に反して濃い緑色のどろっとした液体で、とてもではないが食欲はそそらない。匂いを嗅ぐと、濃いミントのような香りだ。
店の前には、長蛇の列。
しかも、妙に進みの遅い列だ。
もちろん狂太郎は、それに付き合うつもりはない。
加速状態を維持したまま、
「悪いが、いまは人命が掛かってるからね」
そう言って、狂太郎は瓶詰めされているそれを一つ、拝借。
ついでに途中、雑多に積まれていた果物類を拾い上げ、来た道を引き返す。もちろん、自分で食べるためではない。行き倒れた男に与えるのがコーラだけでは、いかにも気が利かないような気がしたのだ。
――よし。あとは戻るだけだな。
そう思った、その時であった。
背中から、
「あ” め” ま”!」
という、声ならぬ声が聞こえた、のは。
――ん? 誰か、ぼくの動きに気づいたのか?
そんな気がしたが、どうもそんな風ではない。
振り返って見たコーラ売りの顔はどこか虚ろで、何かの意志を感じることができなかったためだ。
「………………?」
よくわからないまま、来た道を戻る。
手に入れた分は、あとで返せば良い。
そんな風に思いながら。
▼
コーラを与えると、老人はテレビCMの役者のように気持ちよく喉を鳴らして、それを飲み干した。
「うまい!」
「果物もあるけど」
「いらん!」
「あ、そう……」
すると男は、てきめんに元気を取り戻し、艶のある肌になって立ちあがる。
>>コーラを あたえると ろうじんは とつぜん たちあがった!
>>ボーイは こころの どこかで きづいている。
>>このひとは きっと ものすごいひとだと。
「え? ……いや別に、何も気づいてないけど」
と、ナレーションに返事するが、答えはない。
代わりに、元気いっぱいになったその男が、こう叫んだ。
「儂は、大賢者スペードと申す者じゃ」
「はあ。大賢者」
「なあ、ボーイよ。おぬし、このコーラを手に入れるのに、ちょっとした試練が待ち受けていただろう。三人の暴漢、黒きドラゴンとの対決、……すべて、ボーイの覚悟を試すために用意したものじゃったのよ」
「え?」
「だがおぬしは、試練を乗り越え、無事にコーラを見つけてくれた! それも、見ず知らずの儂のために! 儂はおぬしに、……感謝の言葉を送ると共に、すばらしい贈り物を……」
言いながら彼は、ポケットから何か取り出そうとする。
狂太郎は慌てて、
「ちょ、ちょっとまってくれ。その、……何かを受け取る訳にはいかない。このコーラは実を言うと、正規の手段で手に入れたものじゃないんだ」
「……は?」
老人は目を丸くして、
「どーいうことかの?」
「そいつは実を言うと、さっき盗んできたものでね」
「……盗んだ?」
「ああ。あなたが息も絶え絶えだったから、急いだ方がいいと思ったんだ」
「……………」
「だがそういうことなら、その”試練”とやらを受けるべきだったかもしれないな……って、ん?」
と、その時だった。
老人がしばし、その場でぴくりとも動かなくなったかと思うと、
「あ” め” ま”!」
と、先ほども聞いた台詞を口にする。
「……なに? ど、どうした、おじいさん?」
訊ねるが、返答なし。
その後、狂太郎がいくら声をかけても、――老人が再び、口を利くようなことはなかったという。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(※4)
周辺の光景はどうみても山ではなかったが、”山”賊で間違いないらしい。
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