192話 お別れ会

 「腕によりをかけて」と言われたものの、――この村の資産はさほど、潤沢ではない。

 そこに加えて、――リリーの一件。

 貯蔵していた食糧のどこに”ゾンビ”毒が仕込まれているかわからないため、全て破棄する羽目になった。


 結果として残ったのは、ヘルクくんが持ってきてくれたケーキに、アザミが個人的に集めたお茶っ葉、そして炒った豆がいくつか。それだけだ。


 ”食屍鬼”たちは、とくに不満はないだろう。そもそも彼らは皆、味覚が鈍感だ。


「でも、キョータローさんはきっと、お肉を食べたがりますよね、男の方ですし。……やむを得ない。……ここは、……クダンちゃんに犠牲になって貰うしか……」


 と、思い悩むアザミを、すこし慌て気味に止めつつ。

 狂太郎の感覚では、この村の家畜はみな、ペットに近い。”潰して食う”発想は、なかった。


「……豆とお茶があれば上等だ。残りは、ぼくが持ってきた非常食から出そう」

「あら。よろしいんですか?」

「いいとも。どうせAmazonのセール日にまとめ買いしてあるから」


 と、いうことで、――夕食会のメインディッシュは、現代食が中心となった。



 屋敷の中に、一同に介する百人あまりの”食屍鬼”と、アザミ、狂太郎、(何となく村に居残っていた)ヘルク、――それに、両腕を拘束された”メガミの使徒”、リリー。

 皆は狂太郎の近くに座りたがったが、彼はむしろ、リリーの面倒を見ることを選んでいる。


 蝋燭に照らされた、雰囲気のある食堂に、色とりどりのパッケージが並んだ。

 食事は、バイキング形式で行われている。せっかくだからいろいろ食べたいという意見が続出したためだ。


「これはうまいな」

「この料理、なんでお湯をかけたら柔らかくなるのかしら」

「この麺、油で揚げてるみたいだ……それで長期保存を」

「すごい。よくできてる」

「ビジネスチャンスか……?」


 などなど。

 顔色の悪い連中が食事を楽しむ中、狂太郎はというと、両手を拘束されて文句たらたらのリリーに、木製のスプーンで甲斐甲斐しく料理を運んでいた。


「トマトスープはきらい。血みたいな色だから」

「まあ、そういうなよ。けっこうイケるぞ」

「……どこの世界のものかしらないけれど、味がこすぎるわ。きらいよ、きらいっ」


 彼女は、強いて狂太郎の好意を踏みにじっているように見えた。


「ああ、くそ。さいってい……! これ、ほどきなさいよ」

「大量殺人の未遂犯を自由にさせるわけにはいかんだろ」

「ちっ」

「そう、けんけんするなよ。――コアラのマーチ食べない? 甘いぞ」


 言いながら、チョコレート菓子を鼻先に近づけると、――少女は、久しく口にしてなかった甘味の魅力には勝てなかったらしく、腹を空かせた鯉のようにそれを口に入れた。


「ぐむむむむ……(もしゃもしゃ)」

「最高だよな。コアラのマーチ。久々に食べるとうまい」

「……………!」

「よし、よし。つぎを上げよう」


 ひょい、ぱく。ひょい、ぱく。


 狂太郎は苦笑して、――そして、次なる菓子を彼女に与えつつ、合間合間に紅茶を飲ませてやったりして、……そしてさりげなく、本題に入った。


「なあ、リリー。きみ結局、どうやってこの世界を終わらせるつもりだったんだ」

「……………」


 少女は、次なるお菓子を与えられないことに不満そうな声を上げた後、


「ころされても、こたえるつもりはない。

「……ふむ」


 この言い方。

 何か、明かすべき秘密たねがあるということか。


――こういう情報を口にすることがあるんだから、……やはり、生かしておく価値はあったんじゃないのか。


 と、そこで、


「キョータローさんの仕事はいつも、こんなかんじ、なんですか?」


 不思議そうに口を挟むアザミに、狂太郎は首を横に振る。


「いや。いつもはもうちょっと、わかりやすい悪党と戦っている」

「ふうん」


 アザミは、リリーの顔を哀しげに見る。

 リリーは、さすがに気まずそうにして、顔を背けた。


「……彼女が、私を殺そうとした」


 正確には、殺そうとしたのではない。実際に一度、殺している。

 誰も覚えていないだけで。


「リリーちゃん、――錬金術の才能、あったのに。きっとこの世界で、長く名声を築けたのに。……残念です」

「ふん。こんなちっぽけな世界で名をのこしたところで、イミないわ」

「手厳しいなあ。……でも私たちだってこう見えて、日々いっしょうけんめい生きてるんですのよ」


 リリーは、憎々しげにうつむくだけだ。

 議論するつもりはない、ということだろう。

 傲慢な態度だとは思うが、……実を言うと、狂太郎にもその感覚は、わかる。

 一度、大海を知った蛙は、元いた井戸には棲めない。

 本当は、――そここそが自分の、安住の地だとわかっていても。



 皆がそれぞれ、夕食を食べ終わった後、だろうか。


「ところで。おしっこ行きたくなったんだけど。トイレ、連れてってもらえる?」


 狂太郎、嘆息混じりに頷く。

 正直、「面倒だな」という気持ちがあった。

 ただ、水源から便所を離すよう提言したのは、他ならぬ狂太郎である。


 彼女の手を引きながら席を立つと、「それでは、私も」と、アザミも付き添う。

 足は良いのか、と思ったが、どうしても付き合いたいらしい。


 そうして三人、夜道をゆっくりと進んで。


 遠く、虫の音がちりちりと聞こえている。静かな夜だった。


「……なんか、思ったより”お別れ会”って感じにならなくて、すまんな」


 狂太郎が何気なく言うと、アザミは小さく息を吐いて、


「いいんです。こんなものですよ」

「そうかね」


 狂太郎は、――たぶんそろそろ、迎えが来るだろうと察している。

 だから彼は全くの善意で、最後の忠告を告げた。


「一つ、言わせてもらいたい」

「……?」

「例の、”迷いの森”の木を植樹する案、な。悪くないんだが、止めておいた方がいいかもしれない」

「え? なんで、です?」

「人との繋がりに、隔たりが生まれてしまうからだ」

「……………?」

「そういう生き方が、楽なのはわかってる。仙人のような暮らしを続けるのも、悪くはない。だが、長期的に見たとき、対人関係を疎かにするのはリスクを伴う」

「そう、……かしら」

「いまは考えも着かないことだろうが、――きみが望むなら、やがて”ギルド”とも和解する日が来る。きみが門戸を閉ざしてしまったら、その機会すら恵まれない」


 狂太郎の断定口調には、アザミも慣れている。


「それも、――”預言書うぃき”の情報ですか?」

「半分、そうだ」


 もう半分は? 目だけで問いかけるアザミに、「きみの子孫に会ったことがあるんだよ」と、狂太郎は小さく付け加える。


「子孫…………?」


 不思議そうな顔だ。狂太郎は、その問いかけに一言で答えることはできない。


――同じゲーム・クリエイターに創られた、世界観を共有する作品。


 ”WORLD1943あそこ”とここは、並行世界のようなもの。

 だからこそ、……ここで彼女の想いを変えれば、を避けることができる。


 アザミは、しばらく不思議そうな顔をしていたが。

 やがて、「あなたがそういうなら。そうしましょう」と、そう応えた。



 それから、またしばらく歩いた頃、だろうか。


「ねえ。わたしから、おじさんに一つ、いい?」


 と、それまでずっと無言だったリリーが、会話に割って入る。


「なんだい。トイレはまだ遠いぞ。我ながら、不便なとこに作ったもんだ」

「わかってるわよ。それより、タイセツなシツモン。……おじさんってさ。ひょっとして、あなたたちがだれとたたかってるか、よくわかってないのかなとおもってさ」

「は?」

「そのカオ。……やっぱりね」


 そしてリリーは、「くっくっく」と、そこだけ老獪な魔女のように笑った。


「それなら、――そういうことなら。わたしはいつでも、おじさんのカオをくもらせることができるわ」

「どういう意味だい」

「そのはなしは、サヨナラの時にしましょ。いまはとにかく、おしっこいきたい。それはマジなので」

「ああ、そう」


 狂太郎が嘆息混じりで頷く。

 かつて、食屍鬼たちとの協力の上で作ったこの村のトイレが近づいてきている。


「わたし初めて、あなたたち”メシア”にドウジョウしたよ」

「?」

「こわすより、まもるほうがよっぽどタイヘンなのに。――あなたたちは、なにも知らされてないんだから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る