193話 アザミの日記⑪

基督皇歴1613年 花月 12の日

 狂太郎さんの手を借り、夜の道を歩いて。

 そうして、リリーちゃんを村のトイレに送り届ける、と。

 その時でした。


 ぬう、と、闇夜の森の中から、巨大な人影が現れたのです。


 そりゃーもう、深夜の居酒屋に「まだやってるー?」ってな具合に顔を出す、くたびれた冒険者みたいに。


「――――――――――――――――――――ッッッ!?」


 それはあまりにも唐突なできことだったので、私は思わず、腰を抜かしてしまいました。

 その、巨人の姿には、――見覚えがあります。

 先ほどキョータローさん・ヤマトさんコンビが戦っていたはずの、鋼鉄のゴーレム(キョータローさんの言葉を借りると、”ろぼっと”なるもの)でした。


 ですが、キョータローさんは冷静に、


「ほう。そう来たか」

 

 と、いつものように呟いて、スーパー・スピードを発動します。

 そして、容赦なくトイレの個室の扉を開くと、――中はからっぽ。


「このロボット、……転移魔法を使って搭乗するのか」


 だから一時的にせよ、個室に行く必要があった、と。

 キョータローさんは、「まあ、きっとそうなるだろうな」とうすうす予想していたのでしょう。さほど驚いた様子を見せません。

 とはいえ、


『リリーを、殺さなかったな』


 と、”ろぼっと”が口を利いたことには、少なからず驚いていたようですが。


『それに関しては、感謝させてもらう。……ありがとう。”救世主”のおじさん』


 それどころか彼(”ろぼっと”に雌雄があるかどうかは置いておいて、声質的には、男声でした)、深々と頭を下げる始末。

 キョータローさんは、彼の姿をまじまじと眺めた後、――


「なるほど、。機械ではなく、そういう生命体だった、と。そういう解釈でいいのかな」


 と、紳士的に訊ねました。”ろぼっと”は、可動域の狭い首で頷いて、


『そうだ。俺のいた世界では、”魔導機兵”と呼ばれてた。――どうやらあんたら生身の人間には、我々の”死んだふり”を見抜けるものは少ないらしい』


 とのこと。

 隣に居る私は、はらはらどきどきしながら事態を見守っていることしかできません。


「リリーを、どうするつもりだ」

『逃がす』

「悪いが、そういう訳にはいかん。それをさせないのがぼくの仕事だ」

『なら、戦うことになる。――だが俺は、あんたに恩を感じている。あんたとはあまり、戦いたくないな』

「恩?」

『ヤマトから、リリーを護ってくれただろう』

「護った訳じゃない。必要だからそうしただけだ。感謝される謂れはない」


 と、そこで、コックピット内部から、ぎゃあぎゃあという声が聞こえていることに気づきます。――恐らく、リリーちゃんでしょう。

 ”ろぼっと”は、少し迷った素振りを見せた後、『はあ……』と、ため息の真似事めいた台詞を発して、


『リリーが少し、話したいことがあるそうだ』

「……どうぞ」


 すると、”ろぼっと”の声が『ぷつん』と切り替わって、


『もう、ヤマトはいない。けーせい、ぎゃくてんってとこね!』


 と、得意げな声が聞こえてきました。


「そうでもない。……ぼくだって、ヤマトほどじゃないが、そこそこやるぜ」


 言いながらキョータローさん、食屍鬼たちを避難させておくよう、小声で指示してきます。

 確かに、――このように恐るべき敵を相手に、私たちができることはありません。


『あら、そう。――じゃ、やり合うしかないってことか』

「そうなるな……」


 いつしか、辺りから虫の音が消えていることに気づいています。

 私は足手まといにならないよう、じりじりと後退すると、


『うごかないで、アザミ』


 ”ろぼっと”が、こちらに睨みをきかせました。

 ただそれは、”人質”としての価値よりも、『あなたも話を聞く権利がある』と言っているかのよう。


『おじさん。――これからどうなるにせよ、ひとつだけ、おしえてあげたいことがあるわ』

「取引には一切、応じないぞ。どのような情報であっても、きみらに破壊される世界には釣り合わない」

『わかってる。だからこれは、おかしのおれい』

「………………」


 キョータローさんの、ただでさえ凶悪な眉間の皺が、さらに深く見えました。

 これは、――後々気づいたことなのですが、……思えばキョータローさんは、彼女が自主的に情報を口にするこのタイミングを、待っていたのかも知れません。


『わたしたちが”メガミ”とよんでるものと、あなたたちが”造物主”とよんでいるもの。……この二つは、どちらもおなじものよ』

「……なに?」

『うふふふふ。きたいどおりね。


 キョータローさん、眉間に少し手を当てて、


「だが、証拠がない」

『ウソなんか、つかない。つくヒツヨウもないでしょ?』

「……………」


 リリーちゃんの言葉には、不思議な説得力がありました。

 私も、胸にすとんと落ちるような気持ちでいます。


 彼女が、


 リリーちゃんの話が事実なら、――こういうことになります。

 ”神”は、……、と。


 それは、――……確かに。――”神”を心の拠り所とする人にとって、その事実は……。


「ふむ。それでは、――始めようか」

『ん。……そんじゃね』


 そして、声が再び、”ろぼっと”のものと切り替わって。


『言っておくが、やっぱり俺は、あんたと戦いたくない』

「……警告は、二度目だな。戦いたくないなら、投降したらいいのに」

『そういうわけにはいかない。あんたにあんたの正義があるように、俺たちにも俺たちの正義が、ある』

「そうかね」


 キョータローさん、どうでも良さげに呟いて。


「大量虐殺を肯定するような”正義”など、この世にないと思うが」

『だが、――それも、メガミの望まれたことだ。……言っておくが、リリーは嘘を言っていないぞ。……”造物主”の正体は……』

「仮に、そうだとしても。『かくあれかし』と望まれぬ生き方だったとしても。――ぼくの人生を曲げる理由にはならない」


 その、次の瞬間に起こったことは、……正直、私のごとき”ちっぽけな世界”にいる者には、とても理解の及ばないこと。

 それはまさしく、神話の世界の光景、でした。

 念のため持ってきた”夢と夜の杖”が、ひどく頼りないものに思えるくらいの。


 だから私はただ、起こったことを順番に羅列していくことにしましょう。


・まず、”ろぼっと”の先制攻撃。手に持つL字型の大砲……の、ようなものが、キョータローさんに発射されました。

・「危ない!」と思った次の瞬間です。彼の身体を、虹色の光が包み込みました。

・見ると、彼の隣に、――少女にも少年にも見える、中性的な美貌の持ち主が立っていて、「《プリズミック・バリアー》」的なことを言っています。

・すると、弾道は遙か上空に逸れ、――私たちの屋敷の100メートルくらい上で、ぱっと破裂しました。

・一瞬だけ、私がそれに見とれていると、その、次の瞬間には、”ろぼっと”がまるで、玩具のように持ち上げられて、……子供に振り回されるような格好で、その場にひっくり返りました。見るとそこには一人、黒髪の乙女の姿が。どうやら彼女が、その恐るべき怪力によって”ろぼっと”をぶん投げたみたい。

・「キョータローはん!」。黒髪の乙女が、凜と透き通るような声で、叫びます。するとキョータローさんは阿吽の呼吸で彼女を抱きかかえ、例のスーパー・スピードで、”ろぼっと”の近くに移動します。

・そこから先は、包丁を握った料理人が、まな板の上の魚を捌くようなものでした。黒髪の乙女が、その驚くべき怪力で持っていた剣を振るい、”ろぼっと”の両手、両足を順番に分断していったのです。

・時間にして、十数秒ほど。たったそれだけで、あの恐るべき鋼鉄の”ろぼっと”は再び無力化されて、その場に倒れます。


 私の脳裏には、いつだったかの戦いで狂太郎さんに聞かされていた台詞が蘇っていました。


――”救世主”の戦いはいつも、一瞬で決着がつく。


 と。


 哀れ、両手両足を失った”ろぼっと”は、


『参ったな。増援を呼んでいたのか』


 むしろ、「これでスッキリした」とばかりに夜空を眺めながら、そう言って。


『見事だ。……ぜんぶ、あんたの手のひらの上、だったか』


 キョータローさんは、やれやれと嘆息します。


「いったんとっ捕まえた相手をみすみす逃がすほど、無能ではない。――リリー。きみの情報、有効に活用させてもらう」


 コックピット内部からは、リリーちゃんのものと思しき怨嗟の声が、くぐもって聞こえていました。

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