160話 最後の駆け引き

 《ぼうけんのきろく 1ばん》と《ぼうけんのきろく 2ばん》。

 さらに、――最初に配られた小冊子ハンドアウトの情報。これにまだ、シナリオで未登場の用語が存在していた。


――”勇者”。


 ”救世主”として仕事をしてきたものであれば当然、これらの情報はリンクする。


――間違いない。呉羽の正体は恐らく、”勇者”と呼ばれるもの。あるいはそれに類する何かだろう。


 犯人との繋がりを示す情報ではないものの、これで一歩前進だ。


「よし。次行こう、次」


 そんな彼が向かったのは、一号室。万葉の部屋だ。

 先ほどの一件もあって、やはり彼女が犯人クロ側である気がしている。


――呉羽はやはり、怪しい。なのになぜ、万葉は彼女を庇う?


 こちらの足を、引っ張りたいから。……あり得る話だ。このゲームはそもそも、”ああああ”と狂太郎を堕とせば、勝率が大きく跳ね上がるルールである。


――だが、……どうも。


 嘘を吐いている感じは、なかった。

 念のためグレモリーにもカマをかけてみたが、その反応にも矛盾はない。


――この捜査で、何かヒントが見つかればいいのだが。


 と、狂太郎が一号室の扉を開けると、そこではお尻と尻尾をこちらに向けて、ふりふりしながらベッド下をまさぐっている少女の姿があった。


「うー……にゃにゃにゃ……」


 薄雲である。


「にゃにゃにゃ……ふぁっく。なんでわざわざ、こんな奥の方に……くそー、つかめにゃい! なぜつかめにゃい!?」

「どうした?」

「こんなの、おかしーにゃ! ぶつりのほーそくに反している!」


 どうも様子を見るに、――彼女、すでに捜査を終えているにもかかわらず、ベッドの下をまさぐっているらしい。

 半ば、ルール違反に近い行動だが、それを諫める声はなかった。


「ぐぐぐぐ……、気になる。最後に残った、これが……!」


 やれやれ、と狂太郎は嘆息して、


「では、ぼくが調べよう」

「たのむ! ごしょーばんにあずかる、にゃ!」

「なんだそれ」


 苦笑しつつ、その場に跪く。

 狂太郎がベッドの下に手を突っ込むと、――指先に、かさりと本の背表紙が触れた。


「ん? なんだこれ」


 だが、つかみ取った瞬間それは、空気に溶けるように消え去っていく。


「あれあれ? なんでー?」


 狂太郎はそこで、《すばやさ》を起動。

 今にも消失しそうになっているその本の中身を、確認しようとする。


――む。触れん。


 だが残念ながらそれは、もはやページをめくれないレベルにまで存在率が下がっていた。

 やむなく、そのタイトルだけでも確認しようと、目をこらす。

 そこには、狂太郎も読める英語でただ、『RULE BOOK』とあった。


――ルルブ……《ルールブック》か。


 これが何を意味するかは、正直よくわからない。

 ただなんとなく、……重要な何かである気はしている。

 このゲームに登場するアイテム、というよりはもっと、現実的な意味で。


「…………………」

「ふーみゅ。……結局、ヨクワカラン何かだった、ってことにゃ?」

「そういうことに、なるかな」


 狂太郎が言うと、


「なあんだ! ざんねん! まあ気にしないことにゃ!」


 と、少女はぽんぽんと肩を叩く。


――確かに、ゲームの証拠品としては、ハズレかもしれない。


 だが、現実に存在する”救世主”の道具としては、……興味は尽きない。



――さて。次はどうするかな。


 思いつつ、軽い足取りでグレモリーの部屋を覗き見る。

 だが、部屋をざっと見回したところ、どうやらもう、調べられそうな場所は残っていないらしい。


――遂に調査ポイントを選べなくなってしまったか。


 嘆息しつつ、順番に部屋を開けていく。もうこうなったら、残った場所ならどこでもいい。

 5、4、3、2号室と、順番に扉を開けていき、結局調べられそうな箇所は、”ああああ”の部屋、――2号室かないことに気付く。


 これが最後の探索になるかな。たぶん。

 誰も選ばれなかった場所、ということになるが、――まあいい。『残り物に福』だ。


「……おお?」


 そうして手に入れた”証拠品”は、――《レベルカード》であった。

 先ほど見たものと比べれば少し古びてはいるものの、同様のもののように思える。


――これは。


 それを見て、狂太郎は思いっきり顔をしかめた。


――これは、”ああああ”が”レベル上げ”犯であるという、証拠になりはしないか?


 同時に、背後で扉が開いて、


「お疲れ」


 と、万葉。

 狂太郎は慌てて証拠を懐に突っ込んむ。


――最後の最後に、えらいものを手に入れてしまった。


 これを人に見られたら、それだけで犯人扱いされてもおかしくない。


「……どうした?」

「そりゃこっちの台詞だ。エロ本読んでる弟の部屋に、急に入った時みたいな顔、してたよ?」

「ノックしてから入ってやれよ。……可哀想だろ、弟さん」

「ああ、いやね。一応、最後に『ライト・サイド』の女将さんに質問しようとしてるからサ。一緒に如何かしら、と思って」

「ああ。助かる」


 この娘、こういうところフェアプレーで好感が持てる。

 どうやら向こうも、それに近い感情を抱いてくれているようで、割とこのゲームを通して仲良くなれた気がした。


「ところできみ、……結局、犯人は見つけられたのか?」

「一応、見当はついてる」

「そうか。――誰だ?」

「其りゃ、最後のお楽しみって奴だ」

「なんだ。ケチめ」


 言って、「そういえば」くらいの気持ちで付け加える。


「ところで、万葉」

「ん?」

「《ルールブック》って本に心当たりは? きみの部屋から出てきた”証拠品”なんだが」

「ルルブ? そりゃ、まあ……」


 と、そこで言葉を切って、


「……一寸待て。貴男、今、何て言った?」

「え?」

「貴男、?」

「? そりゃ、まあ。初めてみたけど」


 その、瞬間だった。

 万葉とこれまで築き上げてきた信頼関係が、根本から崩れ落ちたような感じがして。

 若い彼女は、さっと顔をしかめた。


「成る程……」

「? どうした?」

「いや、何でもない」


 そう言って彼女、ぷいと部屋を後にする。

 狂太郎、内心「何かやらかしたらしい」と気付きつつ、そこは阿呆のように突っ立っているしかなかった。



 万葉に続いて食堂に戻ると、――すでに全員が着席していて、その傍らに女将の服装に扮したリリスが、所在なさげに立っていた。


 全員が揃うと同時に口を開いたのは、薄雲である。


「まず今のうち、みんなに共有しとく情報があるにゃ。……いろいろ考えて、《時空魔法》で過去を遡るのは、サイモンの死体、ということにしたにゃ」

「ふむ。それで?」

「見えたのは、ほんの朧気なヴィジョンだったけど……そのまま、言うにゃ。昨夜、とある人と口喧嘩をしたにゃ。――その人は、……」


 そして薄雲が指さした相手は、万葉である。


「サイモンはどーやら、万葉ちゃんと喧嘩してたっぽい!」


 この弾劾に、万葉は真顔のまま、こう応えた。


「うん。そだよ」

「にゃん……だと……っ? ぜんぜん動じてにゃいッ?」

「そりゃあね。……一緒に仕事してりゃあ、口論する事くらい、在るでしょ」

「ってことはつまりこの情報、……おいしいニシンの缶詰……だと?」

「――は?」


 すかさず”ああああ”が、「ミスディレクションのこと」とフォロー。


「……まあ、然ういう事になるかしら。大体、一寸死体に術を使っただけで真犯人が解るとか、単純過ぎるよ。――他に情報が在る訳でも無し」

「ふーみゅ。たしかに」


 嘆息混じりに椅子に腰掛け、足をパタパタする薄雲。


「ええと、――其れじゃ、そろそろ本題に入ろうか。最後に妾から、女将さんに質問したい事が在るんだ」

「はぁい。なんでもどーぞ?」


 一行のやりとりを、リリスはにこにこ笑いながら聞いている。GM側のキャラにのみ許される優越感だ。


「正直に、――応えてもらいたい。貴女何か、……隠してる事が在るんじゃない?」

「うん。あるけど」


 少女は、実に素直に応えた。


「其れは、何?」

「えっと。……ちょっとだけメタ発言、ごめんね。――私、そこまで大雑把な質問には答えられないことになってるんだ」

「じゃあ、聞くけど……人殺し?」

「うーん。もし私がそれをしたとして……正直に応えると思う?」


 万葉は、しばしリリスを凝視していたが、……やがて、


「それは、――仲道狂太郎と関係のあること?」


 と、訊ねた。リリスは口を閉ざしたまま。

 だが、不思議と彼女には、それで十分だったらしい。

 万葉は「ふふん」と小さく鼻を鳴らして、腕を組む。皆はどこか、神妙な面持ちだ。


「了解。もう十分」


 何か、した。

 もう、ここまで来ると、疑いようもない。

 ”嘘を見抜く”か、”読心術”か。その手の力を使ったのだ。


――もし、そうなら。


 狂太郎は、眉をしかめる。


――このゲーム、絶対に勝ち目が無いことになるが。


 だが、そうなると少し奇妙だ。

 このゲームはそもそも、どちらかが一方的に有利になることはないはず。


 と、その時である

 GMであるクロケルが、ふいに声を挙げたのは。


「それでは! そろそろ議論フェイズに移らせていただく」


 六人、静かに頷く。


 次の議論で、全てが決まる。

 狂太郎は目を細めて、大きく深呼吸をした。

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