154話 くたパン

 その後一行は、ばらばらに捜査することとなる。


 なお、第一ラウンドにて狂太郎が把握していた各人の情報をここにまとめると、


 遠峰万葉……証拠品トイレットペーパー=異世界人。

 ああああ……証拠品火系魔法の巻物

 グレモリー……証拠品透明化の薬、《金の懐中時計》。

 呉羽……《コーヒー》が好き。

 薄雲……証拠品時計型の勲章。《時空系魔法》(初級)の使い手で、過去視が可能。

 サイモン(死体):火の魔法で死んだ。先天的な魔法耐性を持つ。


 ここまで。

 これに、先ほど宿の女将から得た、――違法な”レベル上げ”を行っていた犯人の情報が加わる形だ。


 狂太郎はとりあえず、その時点で最も興味を惹かれた相手から、探索を始めることにした。

 薄雲。

 猫耳生やした、人外の者である。


――《時空系魔法》の使い手か。


 時空に干渉するとか、イメージ的には、かなり強そうな気がする。

 ”レベル上げ”犯は、この世界の基準においてかなり強力な力を持つようなので、これはちょっとした手がかりになるかもしれない。


――薄雲が、出世を焦るあまり違法行為に手を出した、とか?


 考えられない話ではない。

 それともう一点、気になる情報があった。

 この宿、『ライト・サイド』の中で、”光の民”と”闇の民”の今後を決める秘密の会合が行われる、という話だ。

 六人の中で、”闇の民”っぽい見た目なのは、薄雲と呉羽しかいない。

 今後は、彼女たち二人をよく注意して、捜査を進めて行くべきかもしれない。


 狂太郎が薄雲の部屋、4号室を開けると、整然とした室内に、なんだか石けんの甘い香りが漂っていることに気付く。


「……」


 無言のまま、狂太郎は室内を見回した。

 相変わらず、調査すべきポイントが明滅していて、わかりやすい。

 狂太郎は、ベッドの下とテーブルの上、どちらかで少し悩んだ後、


「まあ、ゲームだし。多少はこういうこともしてみるか」


 と、ベッドの下をまさぐってみる。若い娘の部屋に無断でそのような真似をするなど、かなり変態っぽい、が。


「――むむ」


 手に触れる柔らかいものに気付いて、それを引っ張り出す。

 そして発見したのは、――一枚の《絹のパンティ》であった。薄い、すべすべした生地で作られたそれは、そこそこ使い込まれているように見える。


「…………………うーむ」


 まさか、これが証拠品か。

 変態っぽい行いが、正真正銘の変態行為になってしまった。

 狂太郎は渋い顔をして、それを元の場所に戻すべきか、迷う。

 だが……少し考え込んで、それを懐中に突っ込むんだ。個人的なコレクションのためではない。果たしてこの世界の百年前に、このように上等な生地の下着が存在していたかがわからなかったためだ。

 単なるハズレかもしれないが、何かの手がかりに繋がる可能性は十分にある。


「よし」


 うなずいて部屋を出ようとすると、――いつの間にか部屋にいた呉羽と目が合った。この女、デカいなりして、その動作は意外なほど静かだ。


「あ」


 ひょっとして今の、見られたか。

 そう思う。

 とはいえ、さすがにその程度でたじろぐような真似はしない。

 狂太郎はむしろ堂々と、


「面白い証拠品が見つかったよ」


 と、不敵に笑う。

 だがそれは、逆効果だったらしい。呉羽はなんだか、哀れんだような顔つきになって、


「……殿方に時々、やたら腰巻に興味ある方、おざんすが。やっぱり後で、頭に被ってみたり、匂いを嗅いでみたり、ぺろぺろしたり?」

「いや、しない」


 狂太郎は、強く断じた。

 今のこの状況は、宴会席にモニターされているはず。

 そのような勘違いを、世界中に発信する訳にはいかない。


「わちき、秘密にしとくけど」

「しなくていい。どっちにしろあとでみんなに、この証拠品は公開する」

「えっ。みんなの前で、……薄雲のパンツを? それも、新品のではなく、やや使い古し気味の、くたくたパンツを?」


 確かに、そこだけ聞くと、かなりレベルの高いセクハラに聞こえて来る。

 だが、一度「やる」と言った以上、狂太郎も引き下がれなかった。


「それより、ぼくの《パンツ》を盗み見たんだ。そっちの証拠も見せてくれないかい」

「えっ。……盗み見たつもり、なかったでありんすが」

「それは嘘だな」


 狂太郎は断じた。こういう時、やられっぱなしでいる訳にはいかない。


「いまきみ、気配を消して部屋に入ってきただろ。スケベ心がなかったとは言わせない」

「助平は、狂太郎さんでおざんしょ」

「言葉尻を捉えた反論は、――いよいよ怪しく見えるぜ」


 そう詰めると、巨体の女はじっとこちらを見下ろして、


「ま、ええか」


 と、雑にテーブルを漁りだした。


 なんだか……好感度が大きく下がった気がする。恋愛シミュレーションゲーム的に言うと。


 やがて、彼女がつかみ取ったのは、一枚の紙切れであった。そこには、狂太郎の読めない文字が、ズラリと並んでいる。


「これは……?」

「たぶん、《スキルシート》っちゅう代物かな。わっちも初めてみた」

「《スキルシート》とは?」

「鑑定系のスキルを使える人に、自分の覚えた術を調べてもらうサービスがありんす。自分で自分のスキルを忘れちゃった時、とかに」

「忘れる……こと、あるのか? 自分のスキルを」

「あるっちゃあ、ある。実家の住所をど忘れするようなモンでおざんしょ」


 そうなのか。

 狂太郎は納得して、


「それで、――それ、なんて書いてある?」


 呉羽は少し考え込んだ後、


「教えなーい」


 と、そっぽを向く。

 普通なら、「なんでだ。秘密にする意味がわからんぞ」と言いたいところだが、そこは敢えて何も言わない。

 狂太郎に”終末因子である”という秘密があるのと同様に、彼女にも何らかの秘密があるということだろう。マーダーミステリーは、その秘密を一つ一つ、解き明かしていくゲームだ。


「ただ……ぱっと見た感じ、《火系魔法》は使えるみたいでありんす」

「そうか」


 彼女にもサイモンを殺すことはできた、と。


「この分だと、サイコロかなんかで犯人を決める羽目になるかもな。ちょうど6人だし」

「あら。おてきは未だ、犯人がわっちらの誰かと思い込んではるん?」

「違うのかい」

「可能性なら、いろいろありんしょう? 村人全員がぐる、とか」

「まあ、な」


 どうも、この場で得られる情報は、そこまでのようだ。

 ここでの捜査は、そこまで。挨拶もそこそこに、狂太郎は部屋を後にする。



 次に調べることにしたのは、グレモリーの部屋だ。

 今のところ、《透明化の薬》を持つ彼女も、少し怪しめに見ている。

 余裕があるうちに調べておかなければなるまい。


「さあて。どこから探るとするかな……」


 独り言ちつつ、今度はクローゼットを指定。

 そこに掛けられている着替えは、グレモリーの身体に合わせたサイズのものが並んでいて、どれも清潔に保たれている。


 異変に気付いたのは、彼女のもつコートの内ポケットを探った時のことだ。


「――ん?」


 一瞬、ポケットに穴が開いているのかと思った。

 だが、どうも違う。

 腕が、するするとポケットの中に吸い込まれていくのだ。


「これ……殺音の持ってる、何でも収納できる鞄みたいなやつ……の、ポケット版ってことか」


 そういえば、とんがり帽子と会った時も、不思議そうな顔一つせずに品物を鞄に詰めていた。

 この世界ではわりと一般的な”マジック・アイテム”なのかもしれない。


――っていうか、いいな。これ。この世界を戻る時、買って帰ろう。


 とはいえ、……無限にものを入れられるポケットに入っていた”証拠品”は、ただ一つだけ。

 何かの香料が詰まった袋だけだ。


「――? なんだこれは」


 不思議に思いつつ、とりあえず証拠品をポケットに突っ込む。


「ぐる………ぐるるるるるる……っ」

「――?」


 襲撃者が現れたのは、その時であった。

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