153話 違法レベル上げ犯
「ではみなさん、これより【第二ラウンド・捜査フェイズ】を始める。……と、その前に、先ほどより状況が少し変わったことを宣言させてもらおう」
宿に戻るなり、クロケルはまず、そのように語った。
プレイヤーたちは皆、押し黙ったまま誰も話そうとしない。ペナルティを恐れているのだ。
「旅人が、早朝からあれやこれやと議論を重ねていると、――この村における、きみたちにとっての唯一の味方とも言える女性が、宿に飛び込んできた」
すると間髪入れず、リリスが宿の扉を、叩き付けるように開ける。
「み、みなさん! 大変なことがわかったの! どうやらこの村に、恐るべき殺人鬼が紛れ込んでいるかもしれない!」
すると皆、一瞬だけ顔を見合わせ、
「落ち着いて、若女将さん。それっていったい、どういうこと、かな?」
少々芝居がかった口調で、”ああああ”が口を開いた。
するとリリスは、その言葉を口にするだけで穢れる、とばかりに、こう吐き捨てる。
「レベル上げ!」
するとどうだろう。「ひえええ”レベル上げ”!」と、薄雲が身を縮こまらせた。――なんとなく、演技には見えない。どうやら、この世界におけるタブー的行動のようだ。
「……なに、それ」
「裏山に山菜を採りに行った村人の一人が、――見たんだって。何百匹ものスライムが、無残にも殺されている現場を。……しかも犯人は、あの可哀想なスライムを、ただ殺すだけで腐らせるままにしておいていたっていうわ。これは間違いなく、違法なレベル上げが行われていた証拠になる」
違法な”レベル上げ”。
どういう顔をすればいいかわからないワードが出てきたが、狂太郎は目下のところ、自分が演じているキャラクターがどれくらいの常識力なのかがわからない。
――ここは「見」に徹するか。
そう思っていると、……万葉が口を開いた。
「
「えっ。知らないのぉ?」
「……此の辺の常識に、疎くてね」
それに応えたのは、ゲームマスターのクロケルだ。
「解説しよう。――”レベル上げ”というのは、国家に許可されていない区域で、違法に生き物を殺傷する行為を指す。
なおこの世界では、生き物の殺傷により”経験値”なるものの取得が可能であることを知っておいてもらいたい。”経験値”の取得により”レベル”が上がり、その者の戦闘能力が向上する。――それが、この世界におけるもっとも一般的なルールの一つなのだ」
狂太郎、ハンドアウトの内容を思い出し、
――レベルに関しては、記載があったな。
要するに、RPGでありがちなやつだ。
だが”レベル上げ”という行為そのものが違法、というのは、――少しだけユニークに思える。人間と魔族が共存する、平和な世界ならではの法律だ。
「つまりこの世界における住人は、殺人や動物虐待によって強くなることが可能だ、ということだ。
だが、光と闇の民が停戦してからというもの、”レベル上げ”が法的に禁止されて久しいことを、ここに付け加えておく」
彼の解説を聞き終えると同時に、時間が止まったようになっていたリリスが、演技を再開した。
「とにかくとにかく……! この中に一人、やっべーやつが紛れ込んでるってこと!」
「外部犯の可能性は?」
「ない、みたい。犯人は、
「……成る程ね。そんでもって、村の流れ者は、妾たちだけ……」
「もう村のみんな、旅人さんたちを皆殺しにする気マンマンだよ! ただでさえ、今朝の殺人事件でみんな、怒り狂ってるのに……。説得するの、大変だったんだから」
狂太郎は眉間の皺を深めて、
「となると……、我々の中にいるはずの犯人と、その根拠を提示できなければ、村人との殺し合いに発展しかねないな」
「そうそう! 狂太郎さんの言うとおり!」
リリス、その場でぴょんぴょん跳ねて同意する。
「とにかくこれからは、私も捜査に協力するからさ! なんとか真犯人を明らかにしてちょーだい!」
「……わかった。そうしよう」
頷きながらも、――まず第一に、その悪辣な”レベル上げ”犯とやらが、此度の事件の犯人と同一であるかどうかを調べる必要がある、が。
▼
「それじゃ、さっきと同様に、捜査を始めようか」
なお、今度の捜査フェイズは、
①捜査可能な箇所が、4箇所に増える。
②プレイヤーは、部屋を捜査する代わりに女将さんから一つ、話を聞くことができる。
という二点を除いて、第一ラウンドの時と変わらない、とのこと。
――まず得ておきたいのはやはり……、
たったいま、追加された情報。
旅人の中に紛れ込む”殺人鬼”について。
皆もほとんど同じ気持ちらしく、彼女を取り囲むような格好になって、
「なあ、リリス」
代表として、狂太郎が口を開いた。
「一つ確認しておきたい。きみはさっき、その……”レベル上げ”犯と今朝の殺しが同一犯だと見なしていたようだが、その根拠はあるのかい」
「もちろん! ……さっき、スライムたちが、無残にも殺されていたって言ったでしょ?」
「ああ」
「その時に使われた『《火系魔法Ⅴ》の痕跡が、今朝の殺しのそれと全く一緒だった』の! これは、『術の使い手が同一人物である証拠になる』わ」
「火系魔法……Ⅴ」
恐らくだが、自分の《すばやさ》にⅠ~Ⅹの十段階があるように、この世界の魔法にも強さの段階があるのだろう。
「そう。……ちなみに、火系魔法のⅤは、地面に魔方陣を出現させて、その中に入った者を焼き尽くす能力よ」
ここまで話し終えると、リリスはいささか、唐突なほどに口を閉じた。
どうやら、狂太郎の捜査権で調べられる情報は、ここまでらしい。
やむを得ず、その場にいた”ああああ”が続く。
「ちなみに、――現時点での、リリスちゃんと、……村のみんなの推理は、どういう感じ?」
「……うんと。今回の犯人は、スライム殺しの人と同じで間違いない思う」
「”レベル上げ”犯=殺人犯ってことね。――ってことは……」
「犯人の動機は、レベル上げだってこと」
”ああああ”は、仲間の顔をずらりと見回して、
「どうもみんな、正気っぽいけれどなあ。少なくとも」
「みんなの前では、まともなふりをしてるだけじゃない?」
まあ、――メタ的に言うと狂太郎たちは、事件関係者の”ふり”をさせられている演者に過ぎない。ぱっと見、正気に思えるのは、わりと当然の気もする。
「あ。それともう一つ、おまけの情報。……えっとね。一週間くらい前に伝書鳩が届いてたんだって。『やばい犯罪者がこの辺をうろついてるから、気をつけろ』ってさ」
「へー。そうだったんだ」
どうもその”レベル上げ”犯とやら、お尋ね者でもあるらしい。
「そんじゃ、最後の質問は、わっちから。――ねえ、女将さん。貴女、犯人の手がかりになりそうなものとか、なあい?」
するとリリスは、「その言葉を待っていた」とばかりに、ポケットから一枚のカードを取り出した。
「これ、裏山に行った村人が拾ってきた《レベルカード》だよ。どうも、最近使われたものみたい。殺しをやったあと、自分のレベルチェックに使ったんだと思う」
それは、狂太郎たち異世界人にとってはほとんど見慣れない、科学試験紙を思わせる一枚の紙切れであった。
《レベルカード》と呼ばれたそれはいま、ドス黒く変色していて、その中央に、狂太郎たちの世界の文字とは少し違った、数字と思しきものが浮かび上がっている。
それを見て、目を剥いたのは、――薄雲であった。
「れ! れれれ、レベル……45!? やっばぁ……」
「すごいのか、それ」
「そりゃあ、もう! 一対一なら、敵なしってレベルにゃ。弱っちい魔物なら、ほとんどワンパンKOできるくらい!」
そうなのか。
狂太郎、まじまじと薄雲の様子を見る。
「こんなに強くなるまで”レベル上げ”とか、……頭おかしーにゃ! 絶対、友だちいないにゃ! い、いったい、何万匹の魔物を殺してきたのか……。ぶるぶるぶる。犯人はぜったい、やべーやつにゃ!」
――これが演技なら、大したものだが。
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