123話 TASさんの休日

 勝ち名乗りを上げられてなお、


「…………………」


 狂太郎の表情は、渋く曇っている。


――勝って、いないな。これは。


 そういう確信があった。

 実際、すぐさま”金の盾”側で物言いがつき、どよ、どよ、と観客がざわめく。


『ええと……、……うんと。ええええええっっと。失礼、しました。……いささか、想定外、ではありますが、……この勝負……仲道狂太郎選手の……場外負け、ということだった、みたいです』


 と、アナウンサーが実に自信なさそうな口調で言う。

 彼のために詰め寄ってくれたのは少し意外にも、火道殺音であった。


「ちょっと! どーいう意味や。どーみても狂太郎はんの勝ちやろぉに」

「いや」


 狂太郎は内心、彼女に感謝しつつも、こう応える。


「敗北条件を満たしたのは、こっちだ」


 狂太郎は、試合場の隅でボクサーのように両手を構えているネズミを見た。

 よく手入れされたハムスターのように柔らかな毛を持つそいつは、見たところ戦意十分で、


「ちゅー」


 「どこからでもかかってこい」とでも言わんばかり。

 そのまなざしには、明らかに普通のネズミにはない、――知性が感じられる。

 こいつもマイヒメと同じく、ただの畜生とは違う生き物ということか。


「……と、いうことだ。まだ”金の盾”側は戦える。ぼくの負けだよ」


 殺音は思いっきり顔をしかめて、


「なんよ、それー。ほとんど屁理屈やんかっ」


 最初に会った時から気付いていたが、――どうやら彼女、わりと勝負ごとにこだわるタイプらしい。

 狂太郎は微笑して、


「いや、彼は明らかに手を抜いていた。そうだろ」


 狂太郎が語りかけると、埃を払いながら、ヤマトが「ガハハ」と笑う。


「いや、あんたも大したもんだだったぜ。――追記回数、五百回超えだ。普通の勝負でこれだけ書き換えを行うことはない」

「追記回数……?」

「ああ、――


 狂太郎は顔をしかめて、


「ってことは、あなたの能力って、――」


 と、そこで言葉に詰まる。


――なるほど。たしかにこれは……史上最強だな(※10)。


 これ以上話すと、彼の能力をこの場のみんなに公開することになりかねない。

 情けをかけられた身の上として、それは許されない気がした。

 

「いやー、いろんな世界線のあんたと話してるうち、すっかり気にいっちまってなあ!

 まあ、あんたは覚えてないだろーが! ガハハ!」


 本人はどうも、あんまり隠してない気配があるが。


「あの、一ついいっすか」


 狂太郎、暗澹たる気持ちで訊ねる。


「なんだ」

「他の連中も、あなたレベルのチートなんすか」


 もしそうなら、”エッヂ&マジック”は絶対に勝てない。ただ、無様に敗北するところを晒すために、この場にいることになる。


「ガハハハ! 安心しろ! 規格外は己れだけだ!」

「ああ……そう……なら、安心ですけど」

「いや、悪かったな。要するに己れとの勝負は、負け試合だったってことさ。勝敗はほとんど、審判側の裁量に任せるしかなかった」


 その時、太助と名付けられたネズミがヤマトの肩に戻ってきて、ちょっぴりウインクめいたことをした。

 狂太郎は苦笑して、


――この流れ、例年通りなのかもな。


 と、思う。

 要するに自分は、当て馬にされたということだ。……他ならぬ、ナインくんに。

 ヤマトは、肩の上のハツカネズミを弄びつつ、


「おー、よしよし。そんじゃ、己れは帰って、仕事に戻る。――また、どっかで会う機会があったら、よろしく頼むわ」


 のっしのっしと会場を去って行くのであった。



 それから、少しだけ休憩をはさんで。


「ふーむ。上には上がいるものだなあ」


 と、感心したりなど。


「狂太郎はん、なーに一人で納得してるん。一敗やで、一敗! お陰様で!」

「別に、負けてもいいじゃないか。どうせ余興だ」

「あかんぇ。こないな時こそ本気でやらな! エライ人の印象がちゃう。印象が」

「まあ、それは否定しないが」


 あんまり無理をして、下手に後遺症の残るような戦いをする方が阿呆ではある。

 35過ぎるともう、身体は壊れていくばかりなのだ。


「だったら、きみにはカッコ良く勝ってもらわんと困るな」

「とーぜん。先輩の意地、見せたるさかい」


 と、殺音は自信満々に相手チームを睨め付けた。


 ”金の盾”側の次の相手はどうやら例のサラマンダー娘、――沙羅ちゃんらしい。

 彼女は今、両腕をぐるぐる回して、準備体操中。

 ただでさえ半裸に近い格好のためだろう、一部の観客の視線が釘付けだ。

 かくいう狂太郎も、じっとその姿を観察している。


「……なんや、狂太郎はん。すけべか?」

「違う。――彼女の能力がどういうものか、想像しているだけだ」

「火ぃ吹いたり熱出したり、お肉をほどよく焼いてみたり。今んとこ知ってるんはそんくらいやけどねえ」

「その程度なら、大した能力ではないのだが」


 問題は、”救世主”として与えられているスキルだ。

 終焉に向かう世界を、たった一人で救う力である。弱いはずがない。


 ちなみに、事前説明にもあったとおり、第二試合の勝負法はこちら側に決定権がある。


 ルールの決め方としては、

 『五分以内に大まかな勝負の方法を決める』

 『審判と協議の上、細かいルールが決定される』

 という手順によって行われるらしい。


 殺音は、待っている間にある程度構想を固めていたようだ。

 五分と迷う時間も作らず、審判と思しき男性に声をかける。

 審判は”魔性乃家”の若い衆の一人らしく、きびきびとした対応で殺音の話を傾聴した。


「ほな、うちは、”異界取得物”ありの殴り合いがええ」

「武器ありの勝負、ということですか?」

「そ」


 殺音は短く言った後、


「ただし、――提案したい前提が、三つ。

 一つ、勝負は、ターン制とする。

 これは要するに、お互い順番に攻撃しあうっちゅーこっちゃ。

 二つ、敵の攻撃は、必ず手持ちの道具を使って受けきらんとあかん。

 コート内を逃げ回って塩試合、みたいなんはナシで。

 三つ、勝負は必ず、一対一で行うこと。

 さっきみたいな『実は二人組でしたー』っちゅうイケズはナシで」


 と、長々語る。

 ちなみにこちら、事前に審判から、


・この宴会場でなら、いくら暴れてもルール違反にはならない。

・試合場周辺には、スキルによって発生したあらゆる破壊を防ぐ結界がある。

・これは詳細を省くが、仮に殺音が《こうげき》を全力で発動させても世界が崩壊しないようになっている。


 という情報を得た上での提案だ。


「……あとはまあ、さっきの試合と同じく、場外負けあり、戦闘不能も負けってことでええ」


 話を聞きながら、狂太郎は「なるほど」と少し感心していた。

 このルールなら、相手がたとえどういう能力持ちであっても対応できるだろう。

 何より殺音には、強烈なダメージを無効化する《無敵バッヂ》がある。

 万一敵のターンが来たとしても、なんとか対応できるはずだ。


 そしてまた、しばしの協議の上で、


『……はい! ただいまカサンドラさまより、承認が下りました!』


 とのこと。


『第二回戦目の勝負は、……ターン制バトル!

 今回のルールは……!

①先攻後攻に別れ、順番に攻撃しあうッ!

②”異界取得物”は使ってよしッ!

③スキルの使用は自由ッ!

④攻撃を受ける側が、その場から移動するのはNGッ!

⑤一度の攻撃で許されるのは、一回の攻撃のみ!

⑥攻撃は必ず、三秒以内に決着させること!

⑦戦闘不能と判断された場合は敗北ッ!

⑧場外の床、壁に接触するによっても敗北ッ!

 以上!

 では、次鋒の選手は試合場に向かって下さい!』


「よーし」


 小さく呟いて、席を立つ。

 そして、いつも持ち歩いている旅行鞄を手に、「ふっふっふ」と微笑むのであった。


「先輩のいいとこ、見せたるからね」


 沙羅の方はというと、鱗に覆われた尻尾をふりふり、「わーい♪」などと言っている。

 なんだか、――マジになってるのは、殺音だけな気もするが。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※10)

 のちに狂太郎が語ったところによると、

「RTAはTASに勝てない」

 とのこと。

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