85話 理想郷

「それで結局、――とんぼ返りしてきましたよ、と」


 三人が島へと帰還したころには、日は沈みつつあった。


「そろそろ、宿を取らなければいけないかもしれないな。――なあ、”ああああ”。この辺りに宿、というか。宿泊施設のようなものはないかい」

「宿ですか? うーん。そういや、聞いたことないかも」

「そんな馬鹿な。それじゃ、観光客はどこで泊まるんだ」

「島の人に声をかけたら案外、喜んで泊めてくれますよ」

「そうなのか……」


 観光業が発展していない国への旅行はそんな感じになると聞いたことがあるが。


「あ、でも、山の方に行ったら、誰でも利用できるキャンプ地もあります」

「キャンプ地。――つまり野宿か」


 この世界での文明は、かなり近代的だ。どっしり腰をすえて仕事ができると思っていたのだが……。


「”ああああ”ちゃんの家は、ダメなの?」


 と、そこで飢夫が口を挟む。


「えっ。私ですか?」


 少女は、明らかに言葉を濁して、――


「うちはわりと散らかってますし……ベッドは一人分、いや二人分しか」


 ちらちらと飢夫の顔色をうかがいつつ。

 しかし飢夫の方は、『条例』の二文字が頭にちらついていて、さすがに15歳と寝る気はない。


「あ、そーだ! それじゃ、警察にお世話になってみるってのはどう? なんなら、今すぐにでも部屋を用意してもらえると思うよ」

「でもそうするには、往来でパンツ脱ぐ羽目になるだろ」

「うん」

「論外だ。第一それじゃあ、好きなときに外出できないじゃないか」

「そっか。不便だねえ」

「真面目に考えた方がいいぞ。……なあ、飢夫。きみの『かいもり』知識は役立たないかい。――ぼくはこの手の子供向けゲームは苦手分野でね」


 だから、今回ばかりは知識の力で事態を解決していく訳にはいかない。

 頼られた飢夫は、少し困った表情になって、


「……と、言われてもなあ」

「せめて、宿になるような住民に心当たりはないか。特別、親切そうなキャラ、とか」

「『かいぶつの森』ではその辺、プレイヤー次第なところがあるんだよ。あのゲームのコンセプト、――というかテーマは、『自分が変われば、世界も変わる』的なところがあってね。プレイヤー次第で、島は良くも悪くもなる」

「自分が変われば……?」

「うん。例えば狂太郎は、……『どうぶつの森』というゲームを遊んだこと、ある?」

「任天堂のゲームは、ほとんど『ゼル伝』しかやらない」

「『マイクラ』は?」

「あれ、YouTuber専用のゲームなんじゃないのか」

「スゴい偏見だなあ」

「ただ、どういうゲームか、くらいは大雑把に知ってるぞ」

「そっか。……じゃ、ちょっぴり想像しにくいかも知れないけど、――『かいもり』は、『どうもり』と『マイクラ』を足して二で割ったようなゲームなんだ」


 そうなのか。

 狂太郎は持ちうる知識を総動員して、目を細める。


「つまり、高度なお人形遊びってことか」

「だいたい、そういう感じ。――『かいもり』の特徴は、いくらやり込んでもやり込みきれない、その自由度の高さにある。やろうと思えば、オリジナルの家具、道具を作れるし、経済が巧く回れば、島はどんどん発展していく」

「へえ」

「だから住人の性格と暮らしはけっこう、プレイヤー次第なんだよ。プレイヤーが島をしっかり管理していれば、彼らは自由で豊かな生活を送るし、――逆に放置しっぱなしなら、彼らの生活はちょっぴり窮屈なものになるだろう」

「ふーん」


 一瞬、”ああああ”を見る。

 つまり、この島の住人の性格は、彼女の内面を写したもの、――と、そう言えるのかも知れない。


「――?」


 なぜ見つめられているかよくわかっていない彼女は、ちょっぴり目を丸くして、……そして何故か、頬を赤らめた。


――彼女に、全ての事実を伝えるのは危険か。


「それで飢夫。――お前はこの島を、どういう風に見る」

「そうだね」


 彼は、しばし”街エリア”をぐるりと見回して、


「まず、常人では考えられないレベルのやり込みだな」


 三人がいま歩いている通りを順番に指さしていく。

 その辺りは、三階建てのアパートが建ち並ぶ街並みだった。

 まるでパリの街をミニチュア化したような可愛らしい通りで、風通しも良い。

 正方形に形を整えられた広葉樹がズラリと建ち並び、通りの向こう側からは涼しげな風が吹き込んでいる。


「島の建物ってのは平屋がばらばらに建てられてるのが普通でね。こんなふうに、数階建てのアパートメントが整然と並んでいる、みたいな状態にはなかなかならない」

「ほう」

「見る人が見れば、この何気ない街並み一つで、このゲームをを尋常じゃなくやり込んでいることがわかるだろう」


 それも納得、である。

 ”ああああ”は、生まれてから15年目だと言っていた。つまり彼女は、『かいもり』一筋で15年間、延々とやり込み続けていることになる。

 先ほど、彼女と山側のエリアに出向いた時のことを思い出した。

 あらゆる動作に「手慣れてる」感じがしたのは、そういうことだったのだろう。


「しかし、……いかに発展していたとして、完璧というわけではないな。何せ、殺人事件が起こるくらいだし」

「そう。そこなんだよ」


 飢夫は、我が意を得たりと言わんばかりにビシッと指を指す。


「と、いうかわたしも、たった今思い出した。狂太郎に会う前、一度役場に出かけたんだった」

「役場?」


 ニャーコに案内されたところか。


「うん。そこで、島民の幸福値を調べることができるからね。幸福値の低い島では、面倒に巻き込まれる可能性が高いから」


 飢夫なりに、自衛する気はあったということか。


「で? その結果は?」

「☆5の最高値だった」

「ほしご……というと?」

「島の環境は素晴らしく過ごしやすくて、みんな仲良し。食べ物に不足もなく、道具屋に品切れなし。ありとあらゆる種類の果物が毎日実を作り、山に向かえば、金の薔薇が咲き乱れている。博物館には、古今東西の珍しい虫、魚、恐竜の化石が揃っているし、衣類は街に溢れかえっていて、日々適当に過ごしてるだけでじゃぶじゃぶお金が手に入る。この島はそんな、理想郷だということだ」

「へえ」


 まあ、ニャーコと島を巡っている間、なんとなくそんな気がしていた。


「ここにくるまで、私もけっこう頑張りましたからねえ。株取引に手を出して失敗したり、それで自棄になって風水に手を出したり。……何もかも、島のみんなのお陰です」


 しみじみとそう語る”ああああ”。

 不思議と彼女はそれを、自分一人の手柄だとは思っていないらしい。


「何にせよ飢夫。――お前はこう言いたいわけだな? 先ほど我々が見かけた『殺人事件』は、島民の幸福度から想像すると、考えられない事態だ、と」

「そうだね。島の幸福度が最高値であるということは、島民たちはみな、多幸感に包まれた暮らしを送ってるはずだ。……まあ何もかもがゲーム同様とは限らないけど」


 となると、”ウータン族”の一件、洗い直した方が良いかも知れない。


「”終末因子”は恐らく、この辺りの謎に関係した何かだよ。天下一品のラーメンを一杯賭けても良い」

「……いいだろう」


 狂太郎がそう応えた、その時だった。

 飢夫の語る”理想郷”に、火薬が爆ぜる音が、鳴り響いたのは。


「――!?」


 振り向く。顔を上げる。アパートメントの二階。

 カーテンの向こうから、化け物の目玉のように銃口が二つ、こちらを覗き込んでいる。


「な、ななななっ! なんだいったい!? 何が起こった?」

「落ち着け、飢夫」


 と、友人の肩に、ぽんと手を乗せて、


――加速。


 狂太郎は、焦らなかった。これっぽっちも。

 むしろ、これでようやく”終末因子”の尻尾を掴めるかも知れない、と、想っていた。


 やはり何ごとも、暴力で解決するのが一番早い。

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