81話 殺人現場
二人連れ立って、ニャーコに聞かされていた”殺人事件”の現場へと向かう。
「うへ、うへへへへ……」
そう笑う”ああああ”に、狂太郎は微妙な顔を作った。
「妙な声を出すなよ」
すでに狂太郎は、彼女にタメ口を使うようになっている。
うまく言えないが、彼女は人に、そうさせる雰囲気があったのだ。
良く言えば、親しみやすい。悪く言えば嘗められやすいとでも言うべきか。
いずれにせよ、人を惹きつける不思議な魅力のある娘、ではあった。
「なんとなく放っておけないな」と思わせる娘であった。
まあこれは、ゲームの主人公役にはありがちなことではある。彼らは皆、周囲を惹きつける何かがあるからこそ、物語の主人公たり得ているのだ。
「で、で、でも。殺人事件なんて。この平和な島で、はじめてのことですし。ちょっぴりテンション、上がります」
「……気持ちはわからんこともないが、一応、近所の人だぞ」
「うふふふふ、うふ。あなた、へんに正しいことを言う人、ですね。あなただって、同じ街の人が死んだって、哀しんだりしないでしょう? 抱く感情はきっと、哀しみよりも好奇心。そのはずです」
「そりゃまあ、なあ」
かりかり後頭部を掻きつつ。
「わ、わ、私だってそうですよ。顔見知りじゃなけりゃ別に、誰が死のうと……」
「しかし、これだけ小さな島なら、みんな顔見知りって感じじゃないのかい」
「そう言われても、――この島一応、人口千人くらいはいますから。結構、住民の入れ替わりも激しいところですし、自分の住んでる近くじゃないと、顔なんて覚えちゃいませんよ」
「そんなものかね」
それでも、生まれてからずっとここに住んでれば、少なくない住民と顔見知りになりそうなものだが。
特にこんな、多種多様な顔が並ぶ島ならば。
……などと話しているうちに、二人はそこに辿り着く。
一匹、――いや、一人の動物の命が絶たれたはずの、その場所に。
そこは、島の南側、”街”エリアの一画。
人通りの少ない、裏路地であった。
数人の野次馬が立ち話をしているところを横目に、現場に到着。そこには『関係者以外立入禁止』を示す黄色いテープが貼られている。
テープの前には”オオカミ族”の警官が一人、立っていて、
「あ、どうも、お疲れ様です! ”ああああ”さん」
こちらを見るなり、びしっと惚れ惚れするような敬礼をした。
「あっ、どーも、です」
「本日は、どのような御用件でしょうか?」
「あ、いや……なんか、変わったことが起こったってききまして」
「はい! 超弩級の異変が起こっております! 前代未聞です!」
「へえ……」
昏い雰囲気のあった”ああああ”の目が、鈍く輝く。
「殺された方のお名前は?」
「”ウータン族”のオラン氏であります」
「オランって……あの、乱暴者の?」
「はっ」
――なんだ。やっぱり顔見知りじゃないか。
「ちょっと現場を見せていただいても?」
「どうぞ!」
そのまま、黄色いテープをくぐる”ああああ”。
――どうぞ? え? いまどうぞって言った?
狂太郎はちょっと驚いて、”ああああ”に声をかけた。
「きみ、警察の関係者なの?」
「え? いいえ?」
「じゃあ、なんで顔パスなんだ」
「さあ?」
「さあ、って……」
「”ニンゲン族”は、他の動物よりも賢いですからね。……それに私、こう見えて島のためにいろいろ尽くしてきましたから。イベントごとや異変が起こったら、優先的に参加することができるのです」
「ふ、ふーん。そうなんだ」
その口ぶりだとなんだか、この事件そのものが、何かの催し物のように思えてくる。
「もちろんその代わり、いろいろと義務がついて回ったりしますけど」
「ふーん」
そういえば、飢夫が捕まったのも「下半身を露出させた」ことが原因だった。それもニンゲン族の”義務”の一つだということかもしれない。
狂太郎たちが路地の奥に着くと、――ビルとビルの間、ちょうど十字路になっているところの真ん中で、チョーク・アウトライン(※5)が描かれている。
狂太郎は、地面に描かれたチョークをぐるりと一周し、
「かなりの、――大男だな」
「ええ。ウータン族ですから」
あとで確認したところ、”ウータン族”とは要するに、オランウータンを擬人化した住民の総称らしい。
被害者のオラン氏が倒れていた位置には、今もなお生々しい血飛沫が散っていた。
「うえ」
狂太郎、少し気分が悪くなる。
対称的に”ああああ”の目はいよいよ、好奇心に輝いた。
「す、すっご……! 本物の血痕なんて、はじめてみた!」
「不謹慎な奴だなぁ」
「ひひひ」
歯を見せて笑う、ゴスロリ少女。
彼女は狂太郎のツッコミなど意に介さない調子で、あちこちを見て回っている。
「まず、手首を一撃。んでその後、喉を一突き。……ふーん。これはよっぽど執念深い相手の犯行ですねえ?」
どうも”ああああ”、現場をちょっと観ただけでおおよその状況を把握したらしい。
後に”オオカミ族”の警官に確認したところ、ほぼ彼女の推理通りだったので、これは大した洞察力であると言えた。
「……被害者はどうやら、ずいぶん頭でっかちなやつなんだな」
「これは、フランジと呼ばれるものです」
「フランジ?」
「ええ。ウータン族の男にのみ見られる特徴で、その縄張りで最も強いオスであることを示すものです」
「ふーん」
ちなみにこれは、本物のオランウータンの特徴とも一致する(※6)。
「ところで、凶器のナイフから指紋は検出されなかったのかな」
呟いて、
「っていうか、あれ? そもそもオランウータンって指紋、あるのか? どうなんだ、そこんとこ」
「ありますよ。ウータン族を含めた霊長類は皆、渦状紋(渦巻き型の指紋)の特徴が見られるのが普通です」
「へえ。そーなんだ」
ちょっとしたトリビアを耳にして、普通に感心。
これは、意外な拾いものをしたかもしれない。さすが”主人公役”というだけあって、なかなか聡い子だ。
”ああああ”はその後、とてててて、と小走りに警官の元に行ってきて、
「どうやら、指紋は被害者のものを除いて、検出されなかったようです」
「犯人は、手袋か何かしていたってことかな。じゃ、計画的な犯行ということになるが」
「……どうでしょう。手のひらが毛に覆われている種族も多いので、一概には」
「ああ、そうか」
この世界観では、指紋による犯人捜しはあまり、一般的な捜査法ではないのかもしれない。
▼
その後しばし、二人で現場を見て回っている、と。
「あ、あの! ”ああああ”さん! ちょっとご相談したいことが!」
警官の”オオカミ族”が手をじたばた振って、声を上げた。
「なんです?」
「目撃者が現れたんです! すいませんが、お知恵をお借りしたく!」
まるでその様子は、ミステリー小説に登場する、間抜けた刑事役そのもの。
対する”探偵役”の少女は、口元に笑みを浮かべている。
「よろしい。伺いましょう。――あなたも来られますか」
「え? ……まあ、そのつもりだけど」
「よかった。ではでは、ニンゲン族コンビで、事件の謎を解き明かしましょう!」
「うん」
応えつつ、狂太郎はなんだかヘンテコな顔を作っていた。
――正直、こんなことに付き合っている暇はないんだがな。
とはいえ、他に当てがあるわけでもなし。
飢夫の無罪を証明する必要もあるし。
狂太郎は嘆息混じりに、少女の背中を追う。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(※5)
刑事物のドラマによく出てくる、死体の位置を示したやつ。
ちなみに現代の捜査においては全く使われないらしい。
(※6)
『かいもり』の世界は、こういうマイナーな動物ネタをキャラデザに活かしているところが特徴の一つだ。
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