82話 ゴスロリ少女の推理

 再び、村の交番にて。


「それではここでいったん、事件の概要を説明しますです」


 そう言ってオオカミ族の青年は、子供がクレヨンで塗ったような、下手くそな文字で書かれた絵を事務机の上に並べた。



【事件概要】

 殺されたのは、”ウータン族”のオラン氏。島に唯一存在する建設会社の社長。

 現場は、街エリアの北東。人気のない路地裏。十字路になっているところの中央。

 死体の外傷は、右手首の頸動脈に一つ。だが致命傷に至らず。

 その後、喉をひとつき。即死。

 死体付近は柔らかい土で、現場に残されていた足跡は二人分であった。

 犯行後の足跡は、路地の北側へ続いている。


【容疑者】

 リッキー

 ”ウータン族”の男性。22歳。土木作業員。

 もう一人の容疑者、バッキーの双子の兄。

 背格好も容姿も弟とほとんど変わらないが、兄はフランジ(頬の肉)が数センチほど大きいため、かろうじて見分けることが可能。

 大らかな性格。


 バッキー

 ”ウータン族”の男性。22歳。土木作業員。

 もう一人の容疑者、リッキーとは双子の弟。フランジが小さい方。

 兄と違って卑屈な性格で、島民からの借金も多かったという。

 なお、社長を含めた島の作業員は日中、軍手の着用が義務づけられている。

 

 ウエオ

 ”ニンゲン族”の男性。35歳。バーチャルユーチューバー(詳細は不明。恐らく無職)。

 事件当日に突如として島に現れ、現場付近にて露出行為を働いていたため、現在拘留中。


【目撃情報のまとめ(一部を抜粋)】

「あれは、――路地の北側で下半身を露出しているニンゲン族の男性を眺めていた時のことです。ぱーっと、誰かが走り抜けたかと思うと、ウータン族の男でした。顔、ですか? そうですねえ。良く憶えてませんが、小さかったように思います」(パンダ族 女性)

「そうですね。私は路地の北側でニンゲン族の男性のペニスを見ていました。ずいぶん珍しかったものでね。彼は笑ってました。そして、周囲の人たちに、順番に握手していったのです。ウータン族ですか? 見ましたよ。フランジの大きさ? なんですそれ。ニンゲン族のペニスは大きかったですけど。……ああ、頬肉ですか。それなら小さかった、ような……」(イヌ族 男性)

「ああ。――確かに見たぜ。何をって? そりゃもう、あのニンゲン族の男のちんこさ。俺、あそこまで立派なちんこをみたのは初めてだったからな。しかもあの野郎、まるでハリウッド・スターみたいに堂々と、みんなに握手していくんだ。いやはや、あの時はマジでビビったぜ。ウータン族? ああ、その時に見たよ。顔? よくわからんけど、たぶんバッキーの方じゃねーかな。あいつ、マジで糞野郎だし」(ウォンバ族 男性)

「ええ。見ました。男性器を。この目ではっきりと。……え? それじゃない? 路地裏から出てきたウータン族? ――ああ、そっちか。顔写真を観た感じ……たぶんこの、弟の方じゃないでしょうか。顔のサイズが、こんなには大きくなかったはずですし」(ネコ族 女性)

「あの日、ニンゲン族のちんこ以外で見たものっつったらそりゃ、ウータン族の若者だよ。バッキーと言ったかな。たしか、あまり評判の良くない男だね」(ゾウ族 男性)

「ちんこ出してたニンゲン族が、すげー堂々と警察に捕まっていくのならみたよ。ウータン族? ……憶えてないけど、フランジの小さい、しょぼくれた感じのやつなら、一人。そんくらいかな」(シマウマ族 男性)



「……まあ、他にもいろいろありますが。基本的に目撃内容は一緒っすね」

「目撃内容って、――飢夫のちんこの?」

「いやいや。犯人の顔の形、っすよ」


 なんだか頭痛がして、狂太郎は額を強く抑えた。


「あの馬鹿。どんだけの人の前で恥をさらしたんだ」

「三十八人っす。少なくともいま、判明してるだけでも」

「……そうかい」

「でも、お陰で事件は解決しそうです。たまたま人集りを作ってくれたウエオさんには、感謝しないと」


 オオカミ族の青年、しっぽをふりふり、


「一応みんな、証言は同じみたいっす。

 『みんなでちんこ眺めてたら、頬肉の小さい”ウータン族”が慌てて路地から飛び出してきた』と。

 となるとまあ、犯人は明白でしょう」

「そうだな。ウータン族のバッキーとか言う奴に違いあるまい」


 狂太郎と青年が、そう単純に結論づける、と。


「ま、ま、まったぁ!」


 と、ゴスロリファッションの少女が割って入った。


「……なんだ? 急にテンション上げて」

「お、お、おかしいと思いませんか。みんなで口を揃えて、バッキーさんが犯人だって言うなんて」

「そうか? それだけはっきりとした証拠だということだと思うが」

「それが、――実のところ、大きな間違いなのですよ」


 ”ああああ”は、見違えるほど目をらんらんと輝かせている。

 自分の知識を活かすのが、楽しくてしょうがない、といった様子だ。


「――あなたは、『満場一致の幻想』という言葉をご存じですか? 多数決の際、全体の意見が一致した場合はむしろ、その信頼性が失われていく、……というものです」

「ああ。それ、どこかで聞いたことがあるな」


 本来、目撃情報というものは、あまり信頼には足らないものだ。

 なんでも、この手の情報は、およそ50パーセントの証言に、記憶違いが発生するという。

 人間の記憶というのは、時間が経つにつれどんどん劣化・変容していく。

 このような条件の場合、目撃情報がばらけていなければ、むしろおかしい。何らかの恣意的なものが混じっている可能性が高いのだ。


「バッキーさんは、島の嫌われ者で有名でした。お兄さんのリッキーさんと違ってね。だからみんな、バッキーさんを”見た”ことにしたんじゃないでしょうか」


 狂太郎、「ふむ」と小さく唸る。


「だが、頬肉の大きさはどう説明する。ぼくも写真を見たが……あの双子、結構顔の大きさが違うぞ。みんながそろって見違えるというのは、少し妙だ」

「それについても、単純に説明できますよ。そもそもあなたは、ウータン族のフランジについてご存じですか?」

「いいや。まったく」

「あれはですね、その縄張り――今回の場合はこの島全体を指しますが――において、最も喧嘩の強いオスであることを示すものなのです」

「ほう」


 そういえば、死んだオラン氏は、頬肉の大きい個体だった記憶がある。


「戦いに勝ったオスのフランジは、急速に発達していく……ここまで知れば、もう、おわかりですね?」


 自信満々な”ああああ”に対し、狂太郎は半ば以上、脳死状態で、


「ええと……? どういうことかな」

「ウータン族の男性は、数日あればすっかり人相が変わってしまうことがある、ということですよ」


 ばばーん! という効果音でもつければピッタリなドヤ顔だ。

 狂太郎は二、三、反論を試みようとしたが、少女は畳みかけるように続けた。


「三日前、彼はオラン氏を殺害しました。しかしその時はまだ、事件直後のためにフランジが発達していなかったのです。ですがその後、じわじわと顔面が変化していって、――現在の、ぱんぱんのほっぺになってしまったということです!

 つまり! 犯人はリッキーさんに違いありません!」


 狂太郎、なんだか教育番組の人形劇を観ているような気分で、


「…………へー…………」


 と、頷いた。

 数秒、妙に気まずい、間。

 するとオオカミ族の青年、一拍遅れて「な、なるほどぉ!」と、大仰にリアクションをする。


「おみごと! 名推理です! ”ああああ”さん!」

「えへん!」


 少女は胸を張って、その場でぴょんと跳ねた。ゲームではお決まりのポーズである。

 狂太郎はと言うと、眉を段違いにした表情で、


「ええと……要するにこれで、……事件解決、というわけか?」

「はい!」

「それなら、飢夫を出してやってくれないか」

「はい! もちろん!」


 オオカミ族の青年、大喜びで留置場へ向かっていく。


――まあ、やつが往来で下半身を露出した一件は事実だけど。うやむやになりそうだし、まあいいか。


 この島の司法制度の大雑把な仕組みに文句を言っても仕方あるまい。



 それから、手続きが終わるまで十数分ほど待って。

 「ふわぁあああ」という暢気な大あくびとともに、一人の男が連れて来られた。


「結構住み心地のいいとこだったけど。――結局、どうなったの」

「どうもここ、わりと牧歌的な世界のようだ。危険は少なそうだし、手伝ってくれ」

「ん。りょーかい」


 飢夫は両腕をぐるりと回して、舞い踊るような仕草で、準備体操を行う。

 そして、狂太郎の影に隠れるように立つ”ああああ”に対し、


「はじめまして! わたしは愛飢夫だ。どうぞよろしく」


 百点満点の外面で、アイドル・スターがファンに送るような笑みを作った。


「――…………っ」


 彼女のフラグを立てるには、それだけで十分だったらしい。


「あっ、あの……」

「ん?」

「これ、私の基礎体温表です! 受け取ってください!」


 すると飢夫は、手渡された紙にさっと視線を走らせて、


「ん。ありがと。この分だときみ、生理が近いようだね」


 なんで読み方わかるんだ、お前。


「では早いとこ愉しんだ方がよさそうだ。今晩あたり、きみの部屋行くけどいい?」

「はい、よろこんで!」


 こいつ、――まるでカードゲームに誘うみたいに。

 可愛い後輩を一瞬にしてかっ攫われた気分で、眉間をぐにぐにする。


「おい、飢夫」

「なに? ――あ、ひょっとして狂太郎、この娘、狙ってた? だったら譲るけど」

「そういう話をしてるんじゃない」

「もしくは、三人でする? わたしはいっこうに構わないよ」

「……しない。お前が誰と寝ようが構わんが、いまは仕事優先だぞ。人の命がかかっている」

「わかってる。ちゃんとわきまえるよ」


――ホントかよ。


 今さらになってちょっぴり不安になってきていた。


 現状、狂太郎たちは、――”終末因子”の影すら捕らえきれずにいる。


 果たして、この状況。

 自分はこの性欲モンスターと共に、世界を救済できるのだろうか。

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