69話 茶番劇

【101:14:14~】


 んで、いよいよお芝居の時である。

 舞台は、泥男マッドマン邸宅付近にあるという演説会場。


 ここ数日、ぼくの遊び相手を務めてくれた男は今、「戦線から遠のくと、楽観主義が現実に取って代わる」とか、「最高意思決定の段階では、現実なるものはしばしば存在しない」とか、なんだか難しげ話をしているようだ。

 どうもあの男、松の木におじやぶっかけたような顔してるわりには弁舌鋭く、報道陣の相手を斬っては捨て、斬っては捨てを繰り返している。


 ぼくはというと、「今からあそこに飛び込んでいくのか」と蒼い顔になってるところ。

 わあ。すごい。手が震えてる。

 録音だから伝わらないと思うけど。


 今さらだけど、脇役しか演らせてもらえなかった理由、思い出したわ。

 ぼく、めちゃくちゃ本番に弱いんだった。


 一応、これから起こる予定のあれやこれやは、全部録音しっぱなしでお送りする予定。


 ……あ。

 いま、”早撃ちディック”の人相書きが掲げられた。

 合図だな。


(どたばたどたばた、という、少し不自然な足音)


 やいやいやいやい!


「――ム! なんと貴様は、昨今話題の、”早撃ちディック”ではないか!」


 そう! ……その通り! だ!


「貴様、何をしに来た」


 いろいろ! ……そう、いろいろだ!


「具体的には?」


 ええと……ええと……あれ、頭が真っ白になって……?


「まさか貴様! 遂に娼婦だけでは飽き足らず、無差別殺人を起こそうというのかっ!?」


 ああ……、あ? いや違う! おれはアレだ……あの、あれ。

 あのあれのあれのやつ。


「ナニ? 復讐……だと……?」


 そうそれ。


「恋人の復讐、――なるほど。それなら理解できなくは……ない!」


 ……。だろ? わかるぅー?


「だが聞いてくれ。私は決して、貴様の恋人を傷つけた訳ではないのだ!」


 えっ、ほんとにぃー?


「私はここ最近、人々を悩ませている食屍鬼グール騒ぎの調査を進めていた。

 そんなある日のことだ。貴様の恋人の名前が挙がったのは。

 そして調査を進めたところ、……犯行を自供したのだよ。

 貴様の恋人が、な。

 しかも彼女、驚くべきことに、”死者の王グール・キング”の末裔だという。

 そして、全ての真相を自白し、彼女は自ら毒を呷って死んだのだ」


 …………へ。

 …………………へぇー。


「納得してどうする……ッ、あ、いや……納得してくれたか」


 え?

 あ、そうだった。

 いやいやいや! 信じられないぞ! ゆるさんぞおおお! 死ね!


「むむむ」


 えいっ、えいっ、えいやあっ。


「おまえ……マジで才能ないな(小声)」


 や、やかましい!


「かくなる上は、――憲兵隊!」


(ライフルの銃声)


 うわっ、おまえらマジか、発砲するな……くそッ!


 …………………。

 ……………。

 ……。


 そんなこんなで、脱出、と。

 うん。

 ぼくは頑張った方だと思う。

 これまで演技などほとんど学ばずに生きてきたのだ、その割にはよくやった。

 えらいぞ、ぼく。


【~101:42:12】



【106:55:21~】


 その日の夕刊で、大見出し。


『近年まれに見る茶番劇』


 とのこと。

 何がいけなかったんだ、一体。

 キレそう。


【~106:55:53】



【107:30:45~】


 ……なあ、泥男マッドマン


「なんだ?」


 そう怒るなって。


「ぶち殺されないだけ運が良いと思え。貴様、練習の時はもうちょっとマシだったじゃないか」


 そうか? 個人的には、あんまり変わりないような……。


「その、声を保存できる機械を使って聴いてみろ。アホがはしゃいでるようにしか聞こえなかったはずだ。ちなみに貴様、結果的に意味のあるセリフ、ただの一つも話さなかったぞ。気付いてたか」


 えっ。そうだっけか?


「……まあ、いい。いま肝要なのは、例の茶番で”死者の女王グール・クイーン”が引っ張り出せるかどうかだ」


 わからん。ただ、これでフラグは立ったはずだ。


「罠だと、気付かれただろうか」


 五分五分だろうな。

 ――というかそこんとこ、うまく情報操作できんかったのか。

 あんた曲がりなりにも、この国の偉い人なんだろ。


「……憲兵司令は、独裁者ではない。そもそも、今回の作戦が私の独断である以上、報道機関にまで影響を与えることはできん」


 そうなんだ。厄介だなぁ。

 とはいえもう、賭けに出るしかない。

 出した手札を引っ込めることはできないからね。

 

「そりゃまあ、そうだな」


 ところで、一つ気になることがある。


「ん?」


 ディックマン本人はいま、どうしてる?


「どうもこうも。まだ牢屋で転がっているはずだが」


 それならいいんだが。――いいか。絶対に目を離すなよ。


「警備は倍に増やしてる。問題はないはずだ」


 それなら良かった。

 ちなみに事件が解決したあと、奴の処断は……。


「無論、処刑する。すでに奴は、無関係な人間を三人も殺してるからな。見逃すわけにはいかない」


 ……そうか。


「なんだ、気に病んでるのか? 気にする必要はない。やつは最初から、人殺しを生業とするような屑だからな」


 …………。

 まあ、殺しで金もらってるって点では、ぼくも似たような仕事ではあるんだが。


【~107:39:20】



【107:57:22~】


 というわけで今、『アサシンズ・ブラッド』最終決戦の地に移動中。

 気は……、もちろん重い。

 正直、これ以上時間をかけたくないという思いがある。

 すでにこの世界に来て五日目。

 ぼくはいつも、一週間以内には必ず”終末因子”を取り除いているから、そろそろ気合いを入れておかなければ、仕事がぐだぐだになりかねない。


 いずれにせよ勝負はきっと、今晩中に決まる。


 ”終末因子”と出会うことさえできれば、あとは《天上天下唯我独尊剣》で切り刻んで終わりだ。

 自ら手を下すような真似は、できれば避けたいが。


【~107:59:52】



【108:30:43~】


 最終イベントが起こる場所は、――王国を見渡せる丘の上。

 ぼくが最初に転移した場所。ビック・ディックマンと出会った、あの見晴らしの良い場所だ。


 ちなみにこの周辺には、憲兵隊の精鋭どもが伏せている。

 合図次第で一気に飛びかかってくるプランだ。

 一応、彼らにも囮捜査であることは伝わっているはずだが、信用に足るかは微妙。先ほど何人か、マジでぼくを狙って撃ってきたからなあ。


 なんでも、ぼくの演技が酷いせいで、ちょっと本気で腹を立てたヤツがいたらしい。

 事実ならひどい話だ。ぼくは一生懸命だったというのに。

 一生懸命がんばったんだから、そこは評価してほしかった。

 結果ばかり追い求める大人にはなりたくないね、まったく。


【~108:32:22】



【108:34:43~】


 さて。

 ぼくは今、ディックマンの姿に化けつつ、三角座りをしているところ。


 待ち時間はずっと、星を眺めている。綺麗な星を。

 東京だと、なかなかこんな時間は取れないからなあ。


 普段なら、スマホにダウンロードしていたAmazonプライムビデオでも見てるところだけど、この姿じゃあそれもできないし。


 ……そういえば、異世界の星と、ぼくたちの世界の星って同じ風景なのかな。

 天文の知識があれば、その辺詳しくわかりそうなものだが、さっぱりだ。

 スマホで撮っても、星までは綺麗に写らないし。


 …………はあ。

 さっさと帰って、サイゼで飯、食いたいなあ。

 飯が食いたい、あいつと二人で……ああ、いやいやいや。


 ええと、……ごほん。


 ルームシェアしてる、みんなと。

 異世界なんて、ろくなもんじゃあない。

 なにせこの世界、『カタン』で盛り上がれる友だちもいないんだから。


 結局のところ、友だち、――友だちだよ。

 大切なのは。


 ………………。

 ………………………………はあ。

 ………………………………………………それにしても、月が綺麗だ。


【~108:38:11】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る