58話 生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問
”エンディングロール”が終わり、何かに憑かれたようになっていた”アカリホタル”の群れが宵闇に呑まれていくところを見届けると……世界は、ようやく静かになった。
村人たちは、「見世物が終わった」とばかりに解体した”悪食竜”の運び込み作業を再開する。
皆の顔は、晴れ晴れとして明るい。
たったいま、明日の夜は祭りになると発表されたばかりだ。
今日という日は記念日となり、永遠に語り継がれるだろうと、前村長がしみじみ語っている。
「さて、と」
狂太郎が呟くと、ほぼ同時だった。
世界が自動的に加速されていき、――狂太郎を除く全てが、ほぼ静止した状態になる。
現れたのは、天使……に見える不思議な生命体。
ナンバー・ナインだ。
「おっす。見てたぜ」
「そうか」
「ちなみに、あのごま塩頭に事情を説明したのはオレサマだったりして♪」
ナインはえへんと胸を張る。
「なんだ。褒めて欲しいのか?」
「おうとも!」
確かに悪くないアシストだったが、別になくて困る、というほどのことでもない。
とはいえ狂太郎、ナインをよしよししてあげた。
「えへへ」
言葉遣いは汚いくせにこいつ、妙なところで子供っぽいところがある。
「よしよし……いいぞぉ……頭頂部を中心に、……もうちょっと強く……天使の輪を描くように……あー……すごくいい…………んにゃ………」
なんだかおっさんじみた反応で全て台無しだが。
どうもこいつ、頭部の刺激で強い快感を覚えるタイプの生き物らしい。
「おまえ……結構……巧いじゃん……意外な発見だな……セックスとか、得意なひと?」
「ノーコメントだ」
狂太郎のマッサージが巧いのは理由がある。大学卒業までお父さんにマッサージしてお小遣いをもらっていたためだ。
「ところで今回の場合って、ぼくと殺音、どっちの手柄になるんだ」
「そりゃ、おまえさ。おまえが”終末因子”を無効化したんだから」
「だが、殺音の助けがなければできなかった」
「そりゃ、お互い様よ。向こうだってお前がいなけりゃ、ずーっとこの世界で足踏みさせられてただろうし。……だからあいつも最後に、おまえに手柄を譲ったのさ」
確かに、それはそうだった、が。
「ずっと思ってたんだが、”日雇い救世主”同士で競争させるの、止めた方がよくないか。足の引っ張り合いになるだけだ」
「そうか? でも成果が上がってるじゃねーか」
「……。いやそれはたまたま……」
「それにこのルール、おまえら人間に合わせたやり方なんだぜ。おめーらってほら、敵がいないとすぐ堕落するから」
ずいぶんな言いがかりだ。成功というのは常に、長期的な視野をもって語られなければならないと思うのだが。
このようにして誤った成功体験が積み重ねられた結果、ブラック企業というものができあがっていくのかもしれない。
「少しでも感謝してるなら、『ぼくが反対した』という事実だけは記録しておいてくれ。このやり方、きっと破綻する」
「あー……。ま、わかったよ」
ナインは少し気が進まない様子だったが、すぐに気を取り直して、
「おまえの活躍で、オレサマの評価も爆上がりだからな! ……あ、忘れる前に、ほら。今回の報酬。百万円……に、ちょっと色をつけといた。ボーナスだ」
そしていつも通り、ぽいっと手渡される札束。
あとで確認したところ、今回の報酬は百万と千円だった。
「いやーっ。素晴らしい出会いって、どこであるかわからんもんだな。オレサマもなかなか、良い拾いものをしたもんだぜ」
「喜んでもらえたようで、じつに幸いだな」
お調子者の上司に、狂太郎は深く嘆息する。
「ところできみ、結局何で、この仕事に入れ込んでたんだ」
「あー……それは……だな……」
ナインくん、返答に窮して明後日の方向を見つめていると、
「単純です。有能な同期への嫉妬、ですよ」
と、二人の間に割って入るように、中空をふわりと浮かぶ生命体が。
「げ。シックス」
「どうも……仲道狂太郎さん、でしたね」
現れたのは、ナインとほとんど変わらぬ外見の……やはり、天使っぽい生き物だ。
ナインとシックスは、服装も顔つきも、髪型でさえほとんど変わらない。
ただ唯一の違いとして、シックスはどこか、気怠げな雰囲気を纏っている。
「お疲れ様です。……ぺこり」
狂太郎は、わざわざ「ぺこり」と口で言って頭を下げる人とこれまで、会ったことがなかった。
「ああ、お疲れ様」
「今回の一件、実に見事なお仕事ぶりでした。火道殺音も、ずいぶんあなたを買っていたようです」
「そうなのか?」
「ええ」
とてもではないが、信じられない。
それが事実なら、生まれて初めて”ツンデレ”と呼ばれる生命体と接触したことになる(※45)。
「それで、なのですが。彼女に、あなたの住所と電話番号を教えても構いませんか」
おや、と、狂太郎は思う。
ひょっとするとこれ、脈があるかも知れない。
「もちろんいいとも。ってか彼女、ラインやってる? なんならそっちでも」
「あ、ちなみに、仕事に関する連絡以外、したくないそうです。『顔が怖いので無理』だそうです。悪しからず。ぺこり」
「あっ……そう、かい」
現実は常に非情である。
狂太郎はちょっぴり泣きそうになっていると、
「っていうか、シックス。お前、オレサマの狂太郎を横取りしようってんじゃないだろうな」
「”日雇い”との契約を独占する法はありません」
「でも、暗黙の了解ってもんがあるだろ」
「明文化されていない決まり事など、常に、無視されて然るべき因習にすぎません。ぺこり」
「ちっ……」
言い合いする天使たち。狂太郎は深く嘆息して、
「つまりあれか。ぼくはきみらの個人的な諍いに巻き込まれたということかい?」
要するにナインは、ライバルに負けたくなかった、と。
「言うほど個人的な問題じゃあないぜ。オレサマの社内評価が上がりゃあ、もっとデカい仕事が舞い込んでくる。そうすりゃ、あんたに支払うボーナスも、今の倍……いや、四倍はカタいな」
繰り返し言うが、今回狂太郎に渡されたボーナスの額面は、千円である。
狂太郎は嘆息して、
「金の問題じゃない」
強がりに見えるが、事実だ。
狂太郎はほとんど、”日雇い救世主”として稼いだ金を生活費以外の何にも充てていない。
もともと、かなり省エネな人生を送っているのである。
「嘘つけ。おまえら地球人の不幸の大半は、あの紙切れの移動に起因してるっていうぜ」
「そうかもしれんが、ぼくにはあまり関係がない」
「ほんとかぁ?」
「……それよりもぼくは、もっときみたちのことが知りたい」
こと、ここに至って狂太郎はようやく、真の望みを口にする。
生命とは。
宇宙とは。
そして万物は、なぜ存在しているか、という疑問の答えを。
だがナインくんには、
「えっ、なに、その大胆な告白……お、オレサマ、急にそんなこと言われても」
と、なんだか頬を染めている。
「は?」
狂太郎は眉をひそめた。
え、いま勘違いするような部分、あったか?
いずれにせよ、ちゃんと伝わっていないらしい。
シックスくんの方はなんだか、「えー……。引く……」という表情をしていて、
「いや、ちょっとまて、そういう意味じゃなくて」
と、言い直そうとしていると、――時間切れが来た。
現実世界への、帰還。
「ぼくは、……――!」
気がつくと狂太郎、いつも座ってるサイゼリヤの一席の前に立っていて、
「……――あ、りゃ」
たまたまそこに座っていた80過ぎの老人を、真っ直ぐ見据えている。
老人は、ミートドリアをもちゃもちゃと噛んだ後、
「相席なら、どうぞ?」
と、言った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(※45)
どうも狂太郎、「ツンデレ」という言葉を「知的問題を抱えた連中の気の毒なコミュニケーション」だと思い込んでいる節がある。
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