39話 三種の神器

 帰還後、狂太郎は昼食を摂る間もなく村長の屋敷を訪れた。


 木造平屋の多いコーシエンにおいて異彩を放つその建物は、どうやら全面、鋼鉄製らしい。

 屋敷は全体、正確な円柱形になっていて、その内装はどこか、宇宙基地を思わせる。

 なぜ、この屋敷だけがこういうデザインになっているのか。

 正直よくわかっていない。攻略WIKIに書かれていなかったためだ。

 攻略WIKIと言えども、なんでも書いているわけではない。そこに書かれている情報はあくまで攻略に関するものだけであり、詳細な設定まで網羅しているサイトは稀だ。


――いずれにせよこの世界、かつて栄えた人類の文明が一度崩壊して……というタイプのやつらしいな。


 ゲーム的に言うならば、この屋敷は『ハンサガ』の”王将”である。

 屋敷に何らかの魔物が到達してしまった場合、その時点で即、”ゲームオーバー”。そのため、村長となったプレイヤーは、何が何でもこの屋敷を死守しなければならない。


 殺音は村長として、そこそく巧くやっているように見えた。

 村人たちの家や各種施設を盾のように配置して、おいそれと魔物が侵入できないようにしている。

 この分だと、よっぽどのことがなければ”ゲームオーバー”にはならないだろう。


 かん、かん、と足音高らかに内部を進むと――なんだか「村づくり系ゲームの基本画面」といったレイアウトの部屋に行き当たる。


 美人だがどこか個性に欠ける女の子たちがズラリと並び立ち、それぞれの頭の上には、


 『食糧部門』

 『資材部門』

 『住民部門』

 『建設部門』

 『オプション』

 『交易部門(※ネット通信環境が必要です)』

 

 という看板が掲げられていた。

 そこだけ見ると市役所のようだが、彼女たちに話しかける権利がある者はただ一人、――この村の村長だけだ。


 なお、狂太郎の傍らにはいま、なんとなくノリでくっついてきた仮面少女がいる。

 狂太郎はすでに、この世界での相棒を、彼女と定めていた(※28)。

 だからある程度の情報共有は構わないと思って、同行を許している。

 屋敷二階は村長の居住スペースとなっており、後付けで備え付けられた両開きの扉が、火道殺音の政務室のようだ。


 ノックの後、室内に入ると、殺音が大きく伸びをしている。

 彼女、「ん―――っ!」と、実にわざとらしく身体を細くして、


「はい。おつかれさん」

「やあ」


 応えながら、狂太郎は彼女の弱さを垣間見た気がした。

 彼女がやる、過剰なまでに不遜な態度は、年上の男に負けてなるものかという敵愾心が窺える。


――きっと、ろくな男と出会ってこなかったのだろう。


「なにか、冷たいものでも飲みながら話そう。例のジュースとか」

「せやね。ちょっとまって」


 殺音、ぱん、ぱんと手を鳴らす。すると部屋の奥から、90歳くらいの老人が現れた。

 老人は、枯れ木のような指先でピッチャーを持ってきて、マグカップに三人分のジュースを注ぐ。

 その後、ふらふらした足取りで奥に引っ込んでいった。


「……いまの、だれ?」

「前の村長やけど?」


 狂太郎は少し眉間を揉んで、


「ハンドクラップでお年寄りを使うなよ」

「ときどき、ああして命令してやらんとどんどんボケてまうから。へーきへーき」

「……さいですか」


 ちょうど良いと思って、そこで確信をつく。


「やはり、――きみのスキルの力なのか。この村を意のままに操っているのは」

「スキル、と、言えなくもない。けど、正確にはちゃうかな」

「どういう意味だい?」

「うちが使うてるのんは、異界取得物の一種なんよ」


 言って彼女、ポケットから巾着袋を取り出した。

 同時に、……火道殺音が常時発する、甘い匂いが強くなる。

 狂太郎は率直に、


――なんだか、この娘と交尾したいなあ。


 と、思った。

 眉間を揉み、慌てて気を散らす。


「なんだ、それは」

「うふふふふ。うち、狂太郎はんが何考えてはるか、よぉくわかるよ」


 言いながら、固く縛られた巾着袋の紐を解く。

 その、中から出てきたのは……


「――わあッ!」


 思わず狂太郎、席を蹴っ飛ばして後退る。ついてきた仮面少女も同様だった。


「まさか、それは……」


 その、乾燥してしわしわになった棒状のものは、紛れもなく、――


「人間の小指やねぇ」


 火道殺音の口調は変わらない。それがひどく不気味に思える。


「もちろん、ただの小指やあらへんよ? こら、とある……”日雇い救世主”の指でな。そいつのスキルがこの、干からびた指にも宿ってるわけ」


 ”日雇い救世主”。

 要するに狂太郎たちの同僚、ということになる。


「その、スキルというのは?」

「《みりょくⅩ》。本人は”カリスマ値”とも言っとったけど」

「ほう」


 RPGの世界において、――そのキャラクターの”魅力”が数値化されているゲームは少なくない。

 とくに、テーブルトークRPGの影響を受けた作品にその傾向は強く、ゲーム的な処理としては、商人から安くアイテムを買い取ったり、”説得”によって戦闘を避けたり、敵を仲間にしたりと、中には物語に大きな影響を与えるものもある。

 極端な例では、最後の敵ですら”説得”することができるから、なかなか馬鹿にしたパラメーターではない。


「つまり、――きみは、その指の力で前村長を”説得”したわけか」

「そーいうこと」

「反対意見は、でなかったのかい」

「でぇへんよ。この村の連中、みーんなうちのこと大好きやし」

「へえ。すごいものを持ってるんだな」

「でもない。しょせんこれ、一部やしな。ちょっと印象が良ぉなるくらい」


 身体の一部で、今の地位に上り詰めるほどだ。

 本物の《みりょく》は、よほど恐ろしい力に違いない。

 狂太郎は少し考え込んで、


「それでその指、どうやって手に入れた。……というか、それの持ち主はいま、どこにいる?」


 訊ねる。


「それについては、――」


 少女は、例の不思議な笑みを浮かべて、


「ひみつ、やね」

「では、こういう聞き方をしよう。――その一件、天使どもに話しても問題ないかい」

「もちろん。シックスくんは了承済みよ」

「そうか」


 ならば恐らく、悪意の産物ではない。

 天使どもはどうやら、”日雇い救世主”同士の喧嘩を禁じているようだから。


「さて。うちは一枚、手札を晒した。なら、そっちも情報くれはるんが礼儀とちゃう?」


 どこか甘えるような言葉に、狂太郎はむしろ、見下すような表情だ。


「いや。まだ足りないね。今のでようやくイーブンだ」

「なーんや。しぶちんやねぇ」

「しぶちん……?」


 新キャラか?


「けちんぼってこと」

「け、ケチではない。最初に騙し討ちしてきたのは、そっちだろ」

「むー」


 可愛く唇を尖らせても、狂太郎の心は動かない。デビルマンみたいな凶相を、いっそう暗く翳らせるばかりだ。


「これに懲りたら、礼儀を欠いた挨拶は避けることだな」

「ほな、しゃーない。お詫びも兼ねて……」


 そう言って彼女は、先ほど剣を取り出して見せた旅行鞄を机の上に乗せる。

 そして、その内部からいくつかの武具を取り出した。


――《聖剣エクスカリバー(量産型)》。

――《アルテミスの弓(使い捨て)》(※29)。

――《中古のグングニル(状態:可)》(※30)。


「なんじゃこりゃ」


 狂太郎が目を丸くしていると、


「以前、救った世界で手に入れた”異界取得物”。どれも使い捨てやけど、威力は保障済み」

「そうだな」


 二匹の蒼天竜をたった一撃で屠った、その威力を思い出す。


「出血大サービス。どれか一つだけ、好きなんあげる」

「貴重なものじゃないのかい?」

「うふふふふ」


 少女は笑うだけで、余計なことは言わない。

 後に筆者がインタビューしたところによるとこれら、山ほど在庫があるらしい。「出血大サービス」でもなんでもなかったということだ。


「まあ、誠意を見せてくれるっていうなら? ぼくだって悪い気はしないけどね?」


 そうとも知らない狂太郎、「わあ、得したぞ」と、素直に思うのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※28)

 狂太郎が相棒を選ぶ基準は、三つある。

①安全地帯から攻撃可能な能力を持つこと。

②あんまり狂太郎の顔を怖がらない。

③パワハラしてこない。


(※29)

 狩猟の女神アルテミスが使ったとされる弓。火道殺音がかつて救った世界の異界取得品。

 普通に使っても強力な威力を誇るが、野獣、とくに可食部のある動物への攻撃に特別なダメージが入る、らしい。


(※30)

 戦争と死の神オーディンが手にしたとされる槍。火道殺音がかつて救った世界の異界取得品。

 普通に使っても強力な威力を誇るが、人間、とくに命あるものへの攻撃に特別なダメージが入る、らしい。

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