40話 与えられたもの

 熟考の末、狂太郎が選んだのは、――《アルテミスの弓(使い捨て)》であった。

 なんだか女児向け玩具じみた作りのそれを指さすと、


「それ、結構おすすめよ。折りたたみ式になってるから、かさばらんし」

「ああ」


 実際、それが決め手だった。弓の全長は30㎝ほどで、折りたためばさらに短くなる。剣や槍と違って、ポケットの中に突っ込むこともできそうだ。

 仮面少女、ちょっとだけ「弓ならあたしが」という顔をしていたが、もとよりそのつもりだ。これを放つのは、彼女に任せることにしたい。


「ところでこれ、矢はついてへんのですか?」

「使い慣れたもんで構へん。ただ、ちゃんと狙うて撃つんよ。外れても、弓は壊れてしまうさかいね」

「……う、うん」


 先ほど、殺音が人間の指を取り出すところを見てから、仮面少女の目に少々、畏怖の念が宿っている。


「さて。今度こそそっちの番。やろ?」

「……いいだろう」


 狂太郎は重々しく頷いて、以下の情報を彼女に伝えた。


 1、この世界は、とあるゲームを模したものであること。

 2、狂太郎にはそのゲームの知識があるため、ラスボス出現条件がわかること。


 すると火道殺音は、はっきり不満とわかる表情を思い切り浮かべて、


「なんやそれ。ずっこくない?」

「というか、こっちこそ驚きだよ。――きみはこれまでの仕事で、ゲームを元にした世界に行ったことはなかったのかい」

「わからん。そうかもしれん。そうでないのかもしれん。うち、ゲームとか禁止の家やったし」

「そうなのか」


 火道殺音、爪を犬歯で噛んで、


「あっ。でも、――シックスくん、前に言ってたな。『派遣される異世界の種別は、担当によって異なる場合がある(※31)』とか、どうとか……」

「ふーん」


 では、彼女にとってこの情報が初耳であっても無理はない。


「いずれにせよ、……ゲーム、か。なーんか、そんな感じがしないこともなかったけれど。くやしー。なんで気付かれへんかったんやろ」


 もし狂太郎が彼女の立場だったら、この屋敷の一階のレイアウトを見ただけでピンとくるものがあったに違いない。

 人生たまに、こういう知識が役に立つこともある。


「それで、――ええと、ラスボス出現の条件、いうんは……?」

「悪いが、さすがにそこは企業秘密だ」

「そこをなんとかぁ」


 殺音、なんだか蛇のようにくねくねした動きになる。媚びているつもりなのかもしれないが、不器用なことこの上なかった。

 狂太郎は苦笑して、


「ぼくらは競争相手、なんだろ?」

「むーっ」


 風船のように、ほっぺが膨らむ。

 実のところ狂太郎は、彼女がここまで本気になっている理由がよくわかっていない。

 いくら競争とはいえ、そこまで評価が左右されるものだろうか。

 よく、わからない。そもそもあの天使っぽい連中がどのような勤務形態なのかも知らない。我々の世界で言うところの会社組織とあまり変わらないのだろうか。


「……なんなら他に、うちの異界取得物、みる?」

「さっきみたやつ以外にも、何かあるのかい」

「うん。いろいろ」


 そう言って彼女、奇術師のように鞄から大小様々なアイテムを取りだしていく。



《万能翻訳機》……どのような言語であっても翻訳してくれる機械。ゲームボーイにちょっと似ている。”日雇い救世主”に与えられるスキルでは書かれた文字まで読み取ることができないため、時々役立つ。


《皮膚再生ジェル》……マヨネーズの容器みたいなのに入ったオレンジ色のジェル。怪我をした場合、その部位にびゅるびゅるっとぶっかけると傷が塞がる。異世界の治療系アイテムは”日雇い救世主”にとって役立たないことが多いが、このジェルは例外的に使用可能。


《蟲撃》……弾丸が無限に補充される非殺傷銃。玩具みたいなビーム銃の形をしている。触れるとビリッとする蟲を発射するらしい。


《無敵バッヂ》……爆発反応装甲の一種。装着者が致命傷を受ける程度の衝撃を自動的に感知し、”イプシロン・ジェル”なるものを展開、外部のあらゆる干渉を遮断する。この装甲は核爆弾の直撃すら無効化することが可能。


《無線機》……ヨドバシカメラで売ってた無線機。障害物のないところであれば、1、2キロまでの電波なら受信可能。



「へえ。結構、いろいろあるんだな」


 しかも、狂太郎が出入りしている世界と違って、ちょっとSF寄りだ。


「うん。特にオススメはこの《蟲撃》で……」

「ではしばらく、この無線機を借りよう」

「えっ。……でもそれ、安物やよ?」

「うん。もし気が変わって、きみに連絡を取りたくなったら呼び出すよ。無線のチャンネルを合わせて、電源は入れっぱなしにしておいてくれ」


 殺音も、その言葉の意味を違えるほど愚かではない。


「つまり……情報交換は、――してくれへんの?」

「ああ。悪いな」


 もともと、そのつもりはなかった。

 彼女が手持ちにしている異界取得物を知りたかっただけだ。


「ほんま狂太郎はんって、いけずな人」

「先に教えてくれたのはきみだぜ。これは勝負だって」

「むーっ」


 どうやら彼女、抗議するときに猫が唸るような声を出す癖があるらしい。


「まあ、――ええやろ。それでこそ、勝負しがいがあるってもん」

「そうかね」


 そう言ってもらえると、後腐れなくこの場を去れるというものだ。


「とはいえ。……まあこの、《無敵バッヂ》くらいはくれたる」

「む? いいのかい」

「ええよ。同僚に死なれるのは夢見が悪いしな」


 そう言って彼女、なんだかケバケバしいデザインを施されたバッヂを四つほど、狂太郎に放り投げる。


「まさかこれ、盗聴器がついてるとか、そういうオチじゃないだろうな」

「……だったらウチかて、もうちょっと巧くやる。単純な善意や。ちゃんとお仲間にも配っておくこと」


 転ばぬ先の杖、ということか。


「ああ、そうそう。最後に一つ、言わせてもろて、よろしい?」

「ん」

「村のもんはみんな、――うちの味方やから。せいぜい、おきばりやす」

「ご忠告、痛み入るよ」


 疑心暗鬼を狙っている、と。

 わかりやすい娘だ。

 大人の余裕で、狂太郎は席を立つ。



「おう。終わったか」


 屋敷を出ると、待ってましたとばかりに、ごま塩頭の老人が現れた。


「どうやった? 村長の様子は」

「どうもこうも。いつも通りですよ」

「ほぉか。……あのお方には……困ったモンやからな」

「そうなんですか」

「ああ。ある日突然、村に現れてな。そっから先は早かった。あっちゅう間に、前村長に気に入られて……」


 それだけでこうも保守的な村の長になるのだから、”日雇い救世主”のスキルはとんでもない。

 もはやこうなってくると、人間的魅力とかそういう範疇ではなく、洗脳とか現実改変とか、そういうレベルではないか。


「それはともかく、――蒼天竜の解体が終わったで」

「あ、そうなんですか」

「鍛冶の連中、ずいぶん珍しがっとった。なんせ三匹中、二匹は首なしやさかいな」


 竜の本格的な解体は、秘密の場所で、人知れず行われるという。故にゲームプレイヤーは皆、血も内臓も目の当たりにすることなく、安心して殺戮行為を愉しむことができるわけだ。


「おう。で、新しい鎧は誰のサイズに合わせりゃええんや?」

「ああ、それですか」


 狂太郎、少し考えて、傍らの仮面少女に視線を送る。


「では、――この娘に」

「せやな。同感や」


 すると少女、二人の大人の顔を代わる代わる見る。


「ええのん?」

「おう。今日のお嬢は、一人前以上の働きやったしな」

「わあ! 盆と正月がいっぺんに来たみたい!」

「はっはっは」

「あっ、でも、兜はいらんで。うち、この仮面があるし」

「そっか。――ほな、兜分の素材はとっとくか」


 必要なのは、”蒼天竜”を討伐した素材で作れる装備一式だ。慌てて狂太郎は口を挟む。


「では、兜だけ、ぼく専用に作って頂けませんか」

「ん? ……んー。ま、ええか。あんたも、例の術で助けてもろたしな」

「うす。どもっす」

「ほな、すぐ鍛冶屋に顔だしてきぃや。寸法、測らなあかんし」


 老人、今朝会った頃とは比べるべくもない気さくさで、狂太郎の肩を叩く。

 狂太郎も、ニッと笑って、すでにこの老人を好きになり始めている自分に気付いた。


――いちど死線をくぐれば、友となる。


 これは、男という生き物が持つ、先天的な性質なのかもしれない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※31)

 実際、火道殺音が派遣される世界は、わりとSF寄りの世界観が多めらしい。

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