37話 蒼天竜戦

「お嬢。覚悟はできとるな」


 ごま塩頭は、険しい表情だ。要するに、「死ぬかも知れないが、お前が必要だからここに残れ」と言っている。

 あれほど可愛がっていた娘に対して平気でそのようなことを言うのだから、この老人もたいがい、ドライだ。

 というかそもそも、この島の連中、みんながそういう性質なのかも知れない。

 この村では子供でさえ、命がけの仕事を当然として行う。未成熟な文明によく見られることだが、大人と子供の境界線が曖昧なのだろう(※23)。


「もっちろん」


 その返答は、仮面の奥の表情まで伝わってくるような、弾んだ声だ。


「もしここで命尽き果てても、――」

「ああ。その肉体は、島の一部となって巡り続ける」

「生き残れば、晴れて一人前や」


 どうやら、一種の輪廻転生的な思想らしい。


「都会もん、あんたも、……ええな?」

「はあ」


 いずれにせよ狂太郎は、誰一人として死なせるつもりはない。


 布団のように柔らかいこの辺りの芝生が、風圧によってばさばさと揺れた。


「もっとも大きい個体から、イチロー、ジロー、サブローと名付ける。形を憶えろ。ええな」


 蒼天竜には微妙な個体差がある。見分けるのは難しくない。

 狂太郎は眼を細めて、「さて、どう倒すか」と思っている。


 『ハンサガ』の敵は基本的に、とてつもなく”硬い”。


 効果的な武器を持っていったとしても、一匹の魔物を殺すのにかかる時間は二、三十分ほど。単純な相性で言うならば、狂太郎にとってはかなり苦手とするタイプ、ではある。


「ほな、手筈通りにやるで」


 じゃき、と、ごま塩頭が片手剣を抜刀。盾を構える。

 狂太郎はそんな彼の肩にちょっと手を当て、


「一瞬お待ちを」

「なんや」

「二人とも、武器にこれを張り付けてください」


 そう言って取り出したのは、――”火炎符”(※24)と呼ばれるマジック・アイテムだ。


「なんだその紙切れ。なんかの妖術かなんかか」

「そんな感じです」


 狂太郎が”火炎符”を軽く撫でると、ごう、とその部分から火が燃え上がる。

 あっという間に、火炎の力が宿った剣が二本、できあがった。


「ほほー」


 老人があんまり驚かないのは、狂太郎への対抗心のためか。


「この火、どれほど保つ?」

「三十分は余裕です」

「そりゃ大したもんやな。でかした」


 こういうところ、意外と素直だ。


「やつはたぶん、火に弱い。いや絶対。火をかかげれば、それだけで攻撃を躊躇させるに足りるはず」

「なるほど」

「敵は三体。一度に襲いかかってこられたら勝ち目はない。ですが、一対四を三度くりかえすことは不可能ではないはず。イチローから順番に仕留めていきましょう」


 ありがとう攻略WIKI、と心の中で呟きながら、指示を飛ばす。

 すると、仲間たち三人がなんだか物言いたげな表情をしたので、


「ちなみにぼくは、奴の出現とまったく関係がない」


 と、付け加えておく。説得力があったかどうかは定かではない。


「まあ、その辺の話はあとに、な。いまはとにかく、――狩りの時間や」



 最初の一撃は、――ごま塩頭から、だった。

 男は、イチローの死角から円を描くように接近し、……疾風のように一撃、その腹部に突きをお見舞いした。

 恐るべき膂力、である。

 狂太郎の世界に存在するあらゆる生命体よりも、この世界の狩人の力は強い。何せその一振りで、軽く十数トンはあるであろう巨体が、ぐらりと揺れたくらいだ。


『――GRRRRRR!』


 鱗が一部剥げて、竜が驚いたような悲鳴を上げる。

 残った二匹は腐りかけた肉をついばむのに夢中で、そちらに気付いてもいない。


「よし。やろう」


 それを合図に、仮面少女がさっと矢を放った。

 ひゅーん、と美しい軌道を描いて、吸い込まれるように、矢がイチローの羽根に突き刺さる。同時に、


 ぱっ、


 と、油壺が割れた。以前の仕事でも試したコンボだ。


「今だッ!」


 という合図が聞こえたかどうかは定かではない、が、ごま塩頭の連れが、その大剣を飛竜の羽根に振り下ろす。

 オレンジの火炎が、光の軌跡を描き……、


 そして、ばあん、と、美しい花火が上がった。


『――GA、――GAHHHH!!』


 焦げ臭い匂いが、ここまで漂ってくる。仲間の飛竜たちもそこで異変に気付いたらしく、大地を震わせるような威嚇の声を上げた。


 しかし、残りの二匹、近づこうともしない。火を恐れているのだろう。


「よし。うまくいきそうだな」

「おっちゃん、よぉこんな便利なもん、持ってたなあ!」

「ついてたんだよ」


 これは嘘ではない。この世界に持ち込んだ”火炎符”は、今のでカンバンだ。これ以上の在庫はない。

 彼我の距離は四、五十メートルほど。十分な安全圏内だというにも関わらず、その巨大生物が放つ殺気で、肌が泡立った。


「よし。このまま矢を当てていこう」


 仮面少女が次の矢をつがえる。きりきりきり……と弓が引き絞られて、彼女の右腕に青い血管が浮く。

 そして、高めの射角で――びゅ、と、矢を放った。

 なお、竜狩りの矢には専用の細工がある。鏃に釣り針のような”かえし”が複数取り付けてあり、動けば動くほど、肉に深く食い込むようにできているのだ。

 巨大生物との狩りは……結局のところ、竜に一撃でも多くの攻撃を当てることにより、内出血による失血死を目指すほかにないという。

 なぜ内出血に限られるかというと、どうもこの世界、狩りの間だけ、敵対するモンスターは部位欠損を始めとする、”残酷で暴力的な”ダメージを負うことがないためらしい。

 この仕様に関して狂太郎は最後まで首を傾げていたが、――筆者はこれを、『ハンターズヴィレッジ・サガ』というゲームのCEROレーティングが、”B”、……12歳以上対象であるためだと見ている。

 要するに、”異世界バグ”の一種だということだ。


「――ッ!」


 少女は、機関銃を思わせる早業で弓を連射する。


『――GAAAAAAAAAAAAA!』


 咆哮が、世界樹を揺らした。

 仲間の竜は、火を恐れて近づけない。


「よーし。いいペースや……」


 少女が目を輝かせる。自分のデビュー戦にしては最高の舞台だ、とでも言わんばかり。


 大剣持ちの狩人が竜の頭部を揺らし、

 仮面少女の矢が岩石のような鎧を引き裂き、

 攻撃の合間を縫うように、ごま塩頭の老人が針で突くような一撃を入れる。


 あと、仲道狂太郎は応援している。


 イチローが断末魔を上げたのは、それから三十分後のことだった。



 その、巨大生物の死に様は、それはそれは壮絶なものだった。

 蒼き竜は、大空へ向かって咆哮を上げたかと思うと、五、六十本の矢を受けた羽根を大きく広げ、――そして、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに飾られているドラゴンの像のような格好で、ぴくりとも動かなくなった。

 死んだ。


「やっと、……一匹目か」


 深く、嘆息する。覚悟していたイベントだったが、それにしても恐るべき耐久力だ。狂太郎は苦い顔で、こう思う。1ステージ一時間以上かかるゲームなんて、自分は絶対にゴメンだな、と。


 実際この、三匹の蒼天竜戦はゲーム中でも最高難易度とされており、「このステージの難しさに比べればラスボスとかマジで雑魚」と言われるほどに難しい(※25)。


 すでに、”火炎符”の効果は切れている。


 次からは、残ったジローとサブローを同時に相手にせねばならないかもしれない。


「さて……」


 狂太郎は、仲間の顔を順番に眺めていく。

 皆が皆、その顔色に『苦渋』の二文字が浮かんでいた。

 たった三十分でスタミナ切れか……と、彼らをなじることはできないだろう。命がけの三十分間だ。精神的な消耗は計り知れない。

 体力が残ってそうなのは、安全地帯にいた仮面少女と、――ただ蚊帳の外で応援していた狂太郎だけ。


 三十六歳のおっさん、そこで、「いまだ」と思った。


――そろそろ真骨頂を発揮させてもらおうか。


「おっちゃん。例のあの作戦……」

「うむ」


 二人、悪童っぽい笑みを浮かべ合う。

 といっても、大した秘策ではない。

 前線にいる二人を安全なキャンプ地に逃がして、狂太郎と少女の二人でヒット&アウェイ戦法をとるつもりでいたのだ。

 もちろん、時間はかかる。だが、確実に危機を脱することができるだろう。

 最初からこの手を使わなかったのは、


――このピンチを切り抜ければ、村でのぼくの扱いもきっとよくなる。


 という考え合ってのことだった。

 少々姑息だが、たまにはこういう策を弄さなければ人がついてこないことをよく知っている。

 特にあのごま塩頭は本来、物語の主人公だった男だ。恩を売っておくに越したことはない。


「みなさん」

「――?」

「ここからの逆転劇、とくとみよ」


 と。

 イキりまくったセリフを口にした、その時だった。

 まるで散歩でもするような足取りで、狂太郎たちのすぐそばを、一人の若い娘が通り過ぎていったのは。


「……げ」


 顔をしかめる。嫌な予感がした。

 何もかもこの娘に、台無しにされる予感だ。


「みんな、おはようさん♪」


 火道殺音。

 この村の村長にして、もう一人の”日雇い救世主”。

 彼女は、相変わらず油断ならない薄ら笑いを浮かべて、こう言った。


「狂太郎はんったら、――一人で、こーんな危ない橋渡ってぇ。いけずやわぁ。うちも混ぜてぇな」


――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※23)

 もっともこのようなことは、異世界では珍しくない。

 安い賃金で魔王退治に向かわされる十六歳に、悪の秘密結社を壊滅させる十一歳と、異世界の子供はわりと忙しいのが普通だ。

 みんな平均年齢が短いから、その分生き急いでいるのかもしれない。


(※24)

 これは、『デモンズボード』の世界で手に入れた異界取得品で、20センチほどの細長い一枚の御札だ。

 札には、我々の世界のいかなる言語とも似ていない、ミミズがのたくったような文字が書き込まれており、これを武器に張り付けて使うことで、それに炎の力を付与エンチャントする。


(※25)

 RTA動画などでは、このステージの攻略のためにゲーム内時間で一ヶ月は準備に使うらしい。


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