32話 情報交換

 引き続き、仮面少女の家にて。


 火道殺音は、他人の部屋だと言うことなどこれっぽっちも気にしない雰囲気で、冷蔵庫から水筒を取り出した。

 そしてその中身を、なみなみ木のコップへ注ぐ。

 透明なその飲み物には、きらきらした、ダイヤモンドのような小さな塊が入っていた。


「なんだこれ」

「クーラージュースって呼ばれてるもん。中に”万年雪”ちゅう細かい氷の粒が入ってて、飲むとしばらく熱に耐性がつく」

「へえ」


 言われるがまま、一口。溶けかけたかき氷のような味で、甘い。


「お。けっこう旨いな」

「せやろ」

「異世界の食いもんって、どれもマズいものばっかりだと。名物にうまいものなしというし」

「うふふふふ。ほんにね。――ここの料理が不味かったら、長逗留に耐えられへんとこ」


 その時ばかりは、他意のない笑みを浮かべる殺音。

 ”救世主”同志の邂逅は、遠い異国の地で同郷の者と会うような親しさがある。

 そこで狂太郎、本題に入った。


「じゃ、聞かせてもらおうか。この世界、どこまで攻略が進んでる?」

「とりあえず、”終末因子”はこの島のどこかにある、っちゅうこっちゃな」

「そうか」


 『ハンターズヴィレッジ・サガ』はこの島が主な舞台だという。

 当然ラスボスも、この島のどこかにいる何かだろう。


「一応うちも、村のみんなを手広く派遣して、何か異変がないか探らせとる。けど、さっぱりやね」

「まだ手がかり一つ、見つけられていないのかい?」

「うん」

「きみがこの世界に来てから、――どれくらいになる?」

「せやねぇ。二ヶ月と、ちょっとくらい?」

「二ヶ月」


 狂太郎はオウム返しにして、


「結構長く、ここにいるんだな」

「うふふふふ。なあに? うちひょっとして、喧嘩売られてる?」


 表情自体は、ほんの一瞬前に浮かべていたものと変わらない。

 だがその口調に、刺すようなものが混じった。


「いや、そういうつもりはないが」

「ふぅん。さよですか」


 ひょっとするとこの娘、仕事が捗っていないのかも。


――そんなときに、ぼくが派遣されてきたのだ。苛立つのも無理はないか。


 話題を変えて、


「ところできみ、どうやってその、”村長”としての立場を得たんだい」

「ん?」

「知っての通り、この村の連中は排他的だろ。どうやってよそ者のきみが、この村の長にまで成り上がったんだ」

「ああ、――それはね。いろいろとね」

「企業秘密?」

「そーいうこと」


 狂太郎はしばし考え込んで、「では、スキル関係か」と思う。


――だとすると、……どういうことだろう。


 現時点では、考えられる可能性が多すぎてなんとも言えなかった。


――いずれにせよ、油断ならん。


 狂太郎は素直にそう思って、クーラージュースの残りを飲み干す。


「……ところで、この村にはしばらく、厄介になるつもりでいる。構わないかな」

「もちろん。”救世主”がかち合ったときは、フェアプレイが基本やから」

「フェアプレイ、ねえ」


 それはあくまで、ルールが明文化されている時にのみ通用する言葉だ。

 こうした場合はどうせ、「自分にとって都合の良いルール」の押し付け合いになる。


 正直言うと、彼女の話す”競争”とやらにはあまり興味がない。

 だが、ナインのやつがどう思っているかとなると、話は別だった。


――もし、オレにも手伝えることがあるならなんとかするからさ(ニチャア)。


 恐らくだがあのエセ天使の性格上、どんな汚い手を使ってでも勝て、くらいは言いかねない。

 狂太郎は、深く嘆息して、


「ところで、……きみも知っての通り、ぼくは高速で動くことができるスキルを持っている。きみならぼくを、どう使う?」

「あら。すばやいだけなん?」

「うん。腕の力は、平均的な現代人と同じくらいだ」

「じゃ、戦闘は……」

「苦手だね」

「へーえ。大ハズレやん。難儀なスキル、もらったもんやねえ」

「まあ、配られたカードで勝負するだけさ」


 苦く笑うが、その内心では、


――いったん加速状態になって、その乳を揉みしだいてやろうか(※15)。


 と、思っている。


「でもまあ、素早く動けるっちゅうんなら。モンスターから逃れることはできるわけやろ」

「そうなるな」

「せやったら、未知のエリアの探索とか」

「実を言うとぼくのスキル、あんまり小回りが利く方じゃないんだ」

「えっ。ほんまに?」

「ああ。すこし説明しにくいが、すばやく動けば動くほど身体に負担が掛かってね。場合によっては、壁にぶつかって負傷することもあるんだ」

「あー、ふーん。……そぉなんや」


 娘の表情から、すぅっと『期待』の二文字が消える。

 狂太郎はこの顔を以前も見たことがあった。フリーター時代、友人に誘われて嫌々行った合コンで、自分の年収を伝えた時の女性陣の表情、そのものだ。


「それで?」

「え?」

「それできみは、ぼくをどう使う?」

「それは……せやねぇ」


 殺音、まだ片付けられていない食器類をちょっと見回して、


「せっかく仲良ぉなれたみたいやし、あの仮面の娘と、採取系の任務についてもらおか」

「そんな簡単な仕事で良いのかい」

「しゃーないやん。モンスター退治とか、苦手なんやろ」

「苦手だが、できない、というわけではないぞ」

「……言っとくけど、この世界のモンスターは、あんさんが思うよりよっぽど危ない。気軽に手ぇ出さん方が無難やで」


 狂太郎、眉を段違いにして、


「なんだきみ。心配してくれるのか」

「そらな。こっちが指揮をとる以上、同郷の人間死なせたら、夢見が悪いやろ」

「……わかった。なるべく忠告に従うよ」


 素直に言うと、殺音は満足したように席を立つ。


「まあ今後、事態が進展したら、手伝ってもらうこともあるかと思います。けどそれまでは、大人しゅうに、ね」



 ”救世主”二人の情報交換は、そこまでで打ち切りとなった。


 その後、殺音が部屋の扉を開けようとする……と。

 扉の外で話を盗み聞いていたらしい村人たちが、さっと散っていくのが見える。


「おや。……いまの話、聞かれたかな」

「そら、聞かれたやろねえ」

「まずいか?」

「不都合あらしまへん。この人ら、うちの言うなりやさかいに」

「そうか」


 いま、口が滑ったな。

 こちらを弱者と認識したためか、気が緩んだのかもしれない。


――彼女のスキル、……なんか、洗脳系、……っぽい。たぶん。


 狂太郎にその効果が及んでいない理由は、《精神汚染耐性Ⅰ》の影響だろう。


「ああ、それと」

「……なんや。まだ何ぞ、ありますの?」

「ぼくはどこで寝泊まりすればいい?」

「好きなとこに泊まってもろて。うちの名前使ってええし。……ああ、ただ」


 殺音、心底軽蔑するような眼でこちらを観て、


「村の女ぁ、手籠めにするんはNG。もし、それが問題になるよぉなら、……あんさん、即座に村八分にさせてもらうし」

「馬鹿な。ぼくは異世界人に発情したことなどない(※16)」

「嘘ばっかり」


 吐き捨てるように言って、殺音は背を向ける。

 その後ろ姿を見守りながら、狂太郎は唇をへの字にした。


――あの娘、これまでの”日雇い救世主”との出会いで何かあったのかもしれんな。


 いずれにせよ、今の会合で得られた情報は大きい。


・”救世主”同士は競争相手だということ。

・”救世主”はそれぞれ、与えられる能力が違うということ。

・そして自分は恐らく、それに勝たなければならないこと。


 そして何より、こちらにとって最も有利と思われる情報が、一つ。


――あの娘どうやら、この世界がゲームのパロディ的存在であることに気付いていないらしいな。


 これである。

 さもなければ、二ヶ月もかけて”終末因子”の特定すらできていない理由にはならない。


 彼女につけいる隙があるならば、恐らくそこが焦点になるだろう。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※15)

 一応、フォローさせていただくと。

 なんでも狂太郎くん、神に誓って《すばやさ》をセクハラに使ったことはないという。

 筆者も一応、この件に関しては信用することにしている。

 いち同居人として、平気で一線を超えてしまうような外道であるとは思いたくない。


(※16)

 ちなみに、こっちの方は真っ赤な嘘である。

 このおっさんはことあるごとに、異世界人が経営するスケベな店に出入りすることを目論んでいる。

 ただ今のところ、その機会に恵まれていないだけだ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る