二章 WORLD1245『狩人たちのサガ』

24話 新たな仕事

 日雇い救世主として最初の仕事を終えた後、仲道狂太郎は三週間の休みを取り、続けざまに三つの異世界(※1)の救済に成功した。


 なお、この三件の仕事に関しては、


「大した仕事じゃなかったよ。語るほどの価値もない」


 とのこと。

 とはいえ、これらの仕事に関して狂太郎は、少し手こずってはいる。

 最長で一週間。最短では三日。

 今のところ、世界の救世に掛かったタイムで言うなら、『デモンズボード』が最速だった。


「どの世界にもいるんだよ。世界を救う素養を持った、”勇者”とか”光の戦士”とか、そーいう”善なるもの”の代名詞的な存在がね」

「……で、ぼくの仕事と言えば、連中に知識をちょいと貸してやって、あとの時間はレベル上げ、レベル上げ、――結局のところ、ずっとレベル上げだ」

「そうして、絶対苦戦しないと判断してから、適当に最後の敵を殺す。それで終いだ。実に簡単な仕事だった」


 なんでもこの男、仕事中は退屈すぎて、横山光輝版の『三国志』を全巻読み終えてしまったという。


 そんな勤務態度で、あのエセ天使くんに怒られないのか。そう訊ねたところ、


「いいや、まったく。ぼくにとってはかなり手を抜いた仕事でも、他と比べてよっぽど速いらしい」


 まあ、確かに。

 世界の救世というのは本来、人一人の一生をかけてようやく成し遂げられるかどうか、という大事業であるべきはずである。

 その点、仲道狂太郎は”日雇い救世主”に向いているのかもしれない。

 何せこの男、――これっぽっちも道草せずに、必要最小限の手数で世界を救ってしまうためだ。


 本人の考えは、こうだ。


「いくらレベル上げしたところで、敗北する確率がほんのちょっと下がるだけだ」

「だってそうだろう? ぼくが味方についた時点で、敵の攻撃なんてものは、どうせ一発も当たらないんだから」

「なら、悠長に動物虐待している暇があったら、さっさと前に進むべきだ」

「言っておくが、”勇者”くんたちが足踏みしてる間も、怪物の被害者は増える一方なんだぜ」


 話を聞いていると、ネットなどで見かけるRTA動画(※2)の攻略チャートを見ているかのようだった。


「……その調子なら、今後も継続的に”日雇い救世主”としての依頼が来そうなのかい?」

「まあね。あのエセ天使くんがどういう考えなのかは知らんが、――いろいろと良くしてもらっている。利用価値があると思われているのだろう」

「まあ、何にせよ、――定職につくのは、良いことだ」

「バイトだけどね」


 なお、この二ヶ月で我々は、”日雇い救世主”としての仕事について、いくつかの情報を得ている。


①狂太郎が転移させられる世界の多くは、この地球上で生み出された電子ゲームのパロディ的存在であるらしい。

②異世界は、どうやら”造物主”と呼ばれる存在が、勝手気ままに生み出したものらしい。

③そうした異世界の”造物主”と、我々の住むこの世界を生み出した”造物主”が同一人物かどうかは不明。(※3)

④例の天使っぽい生き物は、滅びゆく世界の救済に当たっており、自分の手に余る仕事を、狂太郎のような日雇いバイトに任せているようだ。


 など、など。

 これは正直、――我々にとって少し肩透かしな内容であった。

 狂太郎が最初の異世界転移を経験した時は、この宇宙の真理の一端に触れられると思ったものだ。

 だが結局わかったのは、例のあのエセ天使くんすら、何か、宇宙的規模の巨大企業の下請けに過ぎないということ。


 この分だと、我々が世界の真理に触れる日は遠そうだ。



 そんな、ある日のことだった。

 私たちが、いつものようにサイゼリヤの一席で食事を愉しんでいると、


「四ツ。これまで、四ツの世界を救ってみて一つ、わかったことがある」


 急に奴が、こんなことを言い始めた。


「なんだね」

「我々が生きているこの宇宙は、我々が思っているよりも圧倒的にめちゃくちゃに作られていて、……おおよそ人間が考え得るような出来事は、当然、どこかの誰かが行っている、ということだ。そう考えると、きみら小説家の考え出した月並みな”物語”など、愚にもつかない戯言のように思えないか」

「ふむ」

「おもうんだがきみ、こんな意味のない仕事は、さっさと辞めちまった方が賢明じゃないか?」


 その、あからさまに挑発するような口調に、私は呆れて笑う。

 こういうのは我々にとって”いつものやりとり”であった。


 仲道狂太郎はときどきこのように、偽悪的なことを言う。

 無論、本気ではない。狂太郎はこう見えて、この世界に存在するありとあらゆる人生を尊重する類の男だ。

 そんな彼の”極論”に対して私は、正論で反撃する。

 ディベートをすることで、お互いの知性をぶつけあうためだ。カードゲームで遊ぶようなものである。


「まあ確かに、『事実は小説よりも奇なり』と言うがねえ」

「現実の面白さこそが真、だ。ぼくにはそれ以外、ほとんど価値がないもののように思える」


 それは、彼のようにときどき異世界旅行を楽しめる身の上ならば、そう思えてしかるべきかもしれない。

 とはいえ、誰もが自分の今いる場所の殻を破って、どこか遠くに旅立つ覚悟があるとは限らない。


「小説の価値を、誰かの人生の疑似体験だと言う人がいる。多様な生き方や、多様な幸福の在り方の中から、自分自身の幸福を見いだす手助けができるというなら、それもなかなか、価値のあることだと思うよ」

「物語の中の幸福など、それこそ夢幻の如くさ」


 狂太郎は皮肉っぽく言う。

 私は視線を逸らして、ストローでダイエットコーラを吸って、


「そこに真摯に向き合うのが、物書きの矜持というものだ」


 狂太郎は、「そうかねえ」と、皮肉っぽく笑った。


「例えば、恋愛ものの小説だ。ぼくはね、物語の中に登場する恋愛沙汰ほど、くだらないものはないと思う。あそこに書かれているのは結局のところ、嘘を嘘で塗り固めたものにすぎない。恋愛小説の目的というのはたいてい、『理想の関係性』という虚像を追うためのものだ。だが知ってのとおり、男女の仲というのは筋の通った物語にできるほどに単純なものではない。そうだろう?」

「理想で結構じゃないか。人は理想を追うものだ」

「口先だけの言葉に酔うのはよしたまえ。きみらが虚像を追わせた結果、いったい何人の被害者が人生を徒労に終えたと思ってる」


 その言葉には、妙な実感があった。

 私は知っている。仲道狂太郎が、男の妄想を具現化したような黒髪の乙女(スタイル良し、性格良しの女子大生。ツンデレだが夜は従順)を未だに待ち続けているということを。


「恋は失敗を経て学ぶものじゃないか。そういうのは、いつまで経っても失敗を失敗と認められない阿呆だけだ」

「ふん」


 狂太郎が、唇を斜めにしていよいよ舌鋒鋭く、反論を述べ……よう、とした、その時だ。


「だいたいきみは、――うへえええええええ……」


 突如として狂太郎の表情が苦虫を噛みつぶしたようになって、私はちょっとだけ笑う。


「ああ……、おい、ナイン、もうちょっと予告してから来いよ」


 どうやら、エセ天使のお迎えが来たらしい。


 ちなみのここ最近判明した彼(彼女?)の通称は、”社員ナンバー9”。それがこの生き物の本名とは思えないが、縮めて我々は、ナインくん、あるいはナインと呼んでいる。


「ふむ。どうやら急ぎの仕事らしいな。……ああ、ああ、わかってるよ。いつでも出られる。いつも鞄を持ってくるようにしたからね」


 ちなみに、ナインくんの姿は私には見えない、――というより、認識することができないらしい。

 私とて、一端の物書きである。異世界での冒険に興味津々ではある……が、こればかりは才能の問題であるためやむを得ないそうだ。


「……ふむ。なるほど。『今度の世界はマジでヤバい』ね。……攻略にどれくらいかかる? 何? 下手すると半年以上? それは面倒だな」


 故に、私の目の前で繰り広げられている会話は、仲道狂太郎の一人芝居のようにも見える。私はぼんやり、『ジョジョの奇妙な冒険』に登場する一般人のような気分になっていた。


 やがて二人は話をまとめたらしく、狂太郎はこちらに向き直る。


「どうやら、――今度の世界はちょっと大変らしい。ひょっとすると長丁場になるかもしれん」

「そうかね」

「すまんが、留守の間のアリバイ作りは任せた。あと、ここの支払いも」

「はいはい」


 嘆息混じりの了承。


「掛かった経費は全て、適当に抜いといてくれ」

「わかった」


 狂太郎が”日雇い救世主”となって助かっているのは、こうした細々とした支払いは気にならなくなっている点だ。

 なにせ狂太郎の部屋には、ぴかぴかの札束が、まるでゴミみたいに放り出されているためである。


「それでは、戻ったら議論の続きをしよう」


 そう言って狂太郎は、再び異世界へと転移していったのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※1)

  ここにこっそりと、その世界に関するヒントを残しておくのであれば、


・勇者の血を引くらしい無口で無職の男と協力してドラゴンの王と戦う世界。

・四人の光の戦士を自称する無口で没個性な連中と協力して怪物と戦う世界。

・とんでもなく無口な赤い髪の少年と協力して星を喰らう化け物と戦う世界。


 とのこと。とはいえコレは、狂太郎流の冗談である可能性も高い。


(※2)

 RTAというのは、リアルタイムアタックの略で、ゲームのプレイスタイルの一つ。要するに、ゲームクリアまでの現実時間を以下に短くするかを競う遊び方である。

 なお、英語ではSpeedrunとも言う。


(※3)

 できれば別人であって欲しいと願う。

 『デモンズボード』の世界を見ればわかるとおり、世界の造り主はどうも、細かいところに気を配らないタチらしいから。



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