クリスマスパーティー

工事帽

クリスマスパーティー

「なあ、これから暇?」


 講義の終わったばかりの教室で、そう声をかけてきたのは、同じ大学に通う杉田だった。すぐ後ろには鳥嶋もいる。

 入学式でたまたま近くにいただけの出会いだったが、お互い知り合いもいない中で、教室はどこだ、講義は何を受けると相談するうちに友達になった。


「今日の講義は終わったから、暇は暇だけどさ」

「だけど、なんだよ」

「お前、今日が何の日か知ってて言ってる?」

「クリスマスイブだろ」


 そう、今日はクリスマスイブだ。


 大学生ともなれば、恋人がいる人もそれなりに見かけるようになる。それをクリスマスイブ当日に「これから暇?」はないだろうと思う。これで杉田が美人な恋人候補とかいうならともかく、杉田も俺も男だ。


「だってお前、恋人いないじゃん」

「ぐぬぬ」


 事実は時として痛いものが。特にクリスマスイブなんて世間が浮かれている日には。


「だから、暇なやつ集めてパーティーやろうぜ」

「え? 今日かよ」

「もちろん」

「誰が参加するのさ」

「俺と鳥嶋と栗田」


 つまりここにいる三人ということだ。普段から良く話しているから、杉田にも鳥嶋にも恋人がいないことは知っている。


「まあ、いいけど」


 面倒臭いという気持ちが半分と、これで世間に取り残されずに済むという安心が半分とで、そう答える。


「じゃあ、場所はお前の部屋な」

「はいはい」


 地方から出てきた俺だけが一人暮らしで、杉田と鳥嶋は両親と暮らしている。騒ぐなら俺の部屋になるのはいつものことだ。


「じゃあ、帰り道で買い出しか」

「いや、いや、ちょっと待ちなさいよ」

「なんだよ」


 杉田の後ろに黙って立っていた鳥嶋の声に応える。見れば鳥嶋の視線は二人の女性を示していた。

 八重樫さんと坂本さんだった。

 大人しくて可愛い八重樫さんと、明るくてムードメーカーの坂本さん。二人とも知り合いではあるが、親しいかというと微妙だ。出来れば親しいと言える関係になりたいとは思っているが、きっかけが中々ない。

 俺が「まさか」と思いながら戸惑っているうちに、鳥嶋が二人の所で歩いて行ってしまう。


「無理だろ」

「無理だな」


 俺は杉田と二人で、断られた鳥嶋がすごすごと戻ってくるのを待つ。

 だが、予想に反して、戻ってきた鳥嶋は笑顔だった。


「バイト終わった後ならいいってさ」

「マジかよ」


 男だけのクリスマスじゃないというだけでテンションが上がる。

 三人で上がったテンションのまま、パーティー料理の買い出しに教室を出る。女性二人のバイトが終わる前に、パーティーの準備を万全に済ませるのだ。


「なに買う?」

「クリスマスと言ったらチキンだろ」

「俺、ポテト食べたい」


 出て来た希望を総合して、ケ〇タッキーへ向かう。クリスマスの定番といえばケ〇タッキーだろう。フライドポテトも売っているから丁度いい。


「うお、なんだこれ」


 お店についてみたら、店からはみ出すくらいに人が居る。

 普段なら食事の時間でも並んで居るのは数人なのに、長蛇の列になっているとは思わなかった。定番の恐ろしさを見てしまった。


「これは無理だろ」

「予約しなきゃダメだったんじゃないか」

「今日思いついたんだから予約とか無理だし」


 仕方なくケ〇タッキーを諦める。それならポテトはマッ〇だという鳥嶋の言葉で、少し離れたマッ〇へ移動する。

 しかし、世間は無情だった。


「えっ、ないの!?」


 鳥嶋の悲痛な声がカウンターで響く。

 まったく売ってないわけではなかった。だがSサイズ限定だという。

 それではまったくパーティーには足りない。


「どうするよ」

「いっそスーパーで揃える?」

「仕方ないか」


 一人暮らしで実家から野菜が大量に送られてくることもあり、他の材料を買いにスーパーにはよく行く。スーパーのお惣菜コーナーも中々侮れないものだ。こういうイベント事には、パーティーパックが売っていることも多い。


「これだよ、これやろうぜ」


 杉田がそう飛びついたのは、お惣菜コーナーではなくお肉コーナーの中央に派手に飾り付けられた一角だった。そこで冷凍のターキーを指している。


「冷凍ターキーなんてどうするんだよ」

「油で揚げようぜ。ほら、ここにそう書いてる」


 レシピというか、こうやって食べますみたいな説明と、きれいなキツネ色に焼きあがったターキーが展示してある。


「これは。……無理じゃないか」

「無理じゃないって、お前んとこ、でっかい鍋もあるだろ。ついでにポテトも揚げれば揚げたてが食えるぜ」


 確かに丸ごとはいる大きな鍋はある。

 実家から送られてくる野菜を大量に入れて作るカレーは、一度作ると一週間は食べ続けられるくらい大量だ。一食分づつとか面倒だし、大量に作るほうが楽だからだ。それだけの鍋は持っている。


 揚げたてのポテトと聞いて鳥嶋のテンションも上がり出す。


 結局二人に押し切られて、冷凍ターキーと冷凍ポテトを買って帰ることになった。冷凍ポテトは切ってあって揚げるだけで済むやつだ。ジャガイモを切ってはいられないと、そこだけは死守した。


 部屋に戻ると杉田には鍋を渡して、大量に買って来た油を温めてもらう。鳥嶋には飲み物を冷蔵庫に仕舞ってもらう。凍ったままのターキーとポテトの存在感がとても大きい。それだけで台所を占領された気持ちになる。

 俺はその間に部屋の掃除だ。


 杉田と鳥嶋だけならどうでもいいが、八重樫さんと坂本さんが来るなら話は別だ。散らかっている雑誌をまとめて押し入れに放り込み、掃除機をかける。ゴーという掃除機の音が響く中「よーし、やるぞー」という杉田の声が聞こえる。


 そして、クリスマスのイルミネーションには、いささか派手すぎる炎の柱が立った。

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