第42話 受肉した骸骨

「反省はしてる」


 菊姫は骨が散らばった大部屋で地面に膝をついて謝る。


「いや、そんなことより魔法を発動できたのが驚きなんですけど……」


 魔物のスケルトンを倒したのは菊姫が発動させた魔法によるもので、それも鋭い氷の塊が形作られていた。ただ、結果的に混乱を招いたこともあり反省をするのだった。


「まさかひめちゃんが一番に習得するなんて……」


「ジェムリアを持ってて違和感を覚えたとかですか?」


「できそうと思ってやったらできたね」


 立ち上がった菊姫が不思議そうに手袋をつけた左手を見る。


「もう一度発動できます?」


「どうかな……」


 左手を伸ばして試すものの、魔法が発動する気配はなかった。


「要練習ですかね」


「ジェムリアに蓄えた魔力を消費できても、自分が持つ魔力を消費するのは難しいのかしら」


「あー、確かにありそうだ」


「今回は大人しくしとくよ」


「カタカタカタカタカタ!」


 ファイネに肩を叩かれた菊姫はとりあえず親指を立てて謎に頷いた。


「あー、びっくりで変に鼓動が早まった」


 一行は気を取り直し大部屋を抜けて奥へ進む。


「帰ったら手取り足取り教えてあげようか?」


「お手柔らかにお願いします」


「ちょっと、エッチな話をしてるんじゃないでしょうね……?」


「至って健全な話だから邪推はやめてくれ」


「真澄は私の水着姿が好きなんだっけ?」


「やっぱりエッチな話なのね!」


「……」


「カタカタカタカタカタ!」


 真澄はファイネの反応に任せて塩浦の追及をかわし、歩いた先に広がる光景を見て気まずさを驚きに変える。


「崖と……橋?」


 現れたのは足場が途切れた崖で向こう側と五十メートルほど離れており、すぐ横に吊り橋がかかる部分を見つけた。


「人工物だよな?」


「ダンジョンにはありがちよ。自然が広がる場所には小屋もあるしね」


「小屋って……」


「魔物が出る理由は流せても橋や小屋は難しい? ダンジョンはそういうものと受け入れられないなら研究者を目指すべきね」


――まあ魔物が自然発生するんだもんな……。


 真澄は研究という自分から縁遠い言葉に深く考えるのをやめた。


「にしてもこの吊り橋、不安を煽る作りなんだが」


「確かにね……」


 木で組まれた吊り橋は耐久面に心配しかなく崖の下に広がる暗闇が恐怖心を抱かせた。


「カタカタカタカタカタ!」


 そこでファイネが空気を察したのか、ダッシュで吊り橋を派手に揺らして渡っていく。


「マジか……」


 ファイネはあっという間に渡り切り、吊り橋の向こうで手を振りだした。


――安心して渡って来いと言いたいんだろうが……


「……誰から行く?」


「私が行こうか?」


「菊姫さんってこういうの平気なんですか?」


「結構ね」


 菊姫は慎重に足場を確認しながら吊り橋を渡り始めた。走るのに比べて揺れは少なかったが、なぜか大股で歩き始めて揺れが大きくなる。さらに途中、ジャンプまで試して後ろに視線を送った。


「……ひめちゃんって大胆よね」


――どちらかといえば塩浦がやりそうなことなんだが……。


 菊姫が渡り終えて残りは二人。互いの顔色を窺いつつ黙り込む。


「……一緒に行くのもありなのかしら」


「そうするか」


「正気?」


 言い出した塩浦が逆に聞き返すが結局、ある意味合理的に二人で吊り橋に足をかけた。


「ちょっと名郷! 揺らさないでよ!」


「お、おい! そんなに動いたら揺れるって!」


 当然のように揺れは大きくなるが、吊り橋はビクともせずなんとか無事に渡り切った。


「あぁ、今までのダンジョンで一番緊張したかもしれないわね……」


「仲が良いね」


「……時間が惜しかったんで」


 菊姫の冷やかしを受けて強がりに言う真澄だが、安堵と同時に震えそうになる足を誤魔化して先へ進む。


「カタカタカタカタカタ!」


「ここからはファイネも立ち入ってないエリアか」


 足元には五階層へ続く階段が誘い込むように伸びていた。


「順当に魔物の強さが上がってるけど、まだ大丈夫と思うわよ」


「俺がついていけるかどうかだな」


 念のためファイネを先頭に階段を下りると洞窟から石組みの通路にダンジョンの構造が変化した。


「いかにもって感じか……」


 横幅が三メートルに高さが五メートルほど。歩くには十分な広さがあるものの、灯りのない通路は恐怖心を呼び起こして圧迫感を覚えてしまう。


「前言撤回ね。階層で風景が変わると魔物の強さにも変化が起きやすいの」


「ファイネ頼みに進んで様子を見よう」


「カタカタカタカタカタ!」


 ファイネに続いて菊姫、最後尾は真澄と塩浦が並んで担当しながら五階層を探索する。


「……」


 それぞれの足音だけが聞こえる空間で周囲に気を配って歩いていると、照明具が通路の先にぼんやりと影を浮かび上がらせた。


「スケルトン、じゃないのか……?」


 立ち止まり待っていると足取り重く影が近づく。スケルトンに似た風貌で勘違いするが、痩せこけた人間を思わせる何かだった。


「カタカタ……?」


 そして、ファイネがこれまでと違った骨の震えを見せる。


「あれは……ゾンビ?」


「……ダンジョンズエクエスでカード化はされてるけど、ゾンビはオリジナルの魔物よ」


「オリジナルっていうと……」


「存在しない魔物ってこと」


――カードの姿とは違うが、骨に肉付けされた感じは似てるな……。


 その時、ファイネが駆けだしてゾンビを一瞬で真っ二つにした。それから慌てた様子で後ろを指差す。


「カタカタカタカタカタ!」


「ん? 来た道を戻るのか?」


 三人が顔を見合わせるところへファイネが来て皆を押すので、すぐに階段を上がって戻ることになった。

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