第30話 田舎によくある事情
「塩浦と名郷、ちょっと来い」
午後の授業が終わって放課後。急に呼ばれた真澄は驚いたがすぐに悟る。
――塩浦とセットってことは……。
部活動関連なのは明らかだったため、納得して教壇で待つ七水の元へ向かった。
「せっかくだし部室で話すか」
何がせっかくなのかわからない真澄と澄まし顔の塩浦が、七水に連れられて教室を出た。
「二人はもう一緒にダンジョンへ行ったのか?」
「……いえ、まだですけど」
真澄は横で歩く塩浦を見るが秒で顔を背けられたので訝しみながら聞く。
「お互いそんなにすぐは難しいってことか。探索者の事情はよく知らねーんだよなー」
七水は自分のお尻を軽く触って興味があるような声音で話す。
「でもま、同じ部活仲間だしこれからだ」
「俺ってもう部活に入ってましたっけ?」
――入部届なんて出した覚えは……。
「名郷の入部届は塩浦に受け取ってる。安心しろ」
「そうでしたか……」
塩浦は親指を立てて謎のアピールをするのだった。
大した時間はかからず部室に来て、七水を先頭に中へ入る。
「この教室、鍵が壊れてるんだよな。隣がずっと閉めっぱなしの倉庫になってるから、置いときたいもんがあったら使っていいぞ」
「はい、そうさせてもらいます」
――カスミンの過去を仄めかすと言ってたわりに大人しいな。
真澄は教師の前でも猫をかぶろうとする塩浦にため息が出た。
「長テーブルと椅子しかないってのも殺風景だし、適当に物を持ち込めよ」
三人は広げたパイプ椅子に座ってテーブルに着く。
「でだ、ダンジョン探索部に一つ問題があってな」
七水が早速といった様子で話を切り出す。
「ダンジョンに精通した指導員が必要と言われたよ。経験者の塩浦がいればいけるかと思ったんだが」
「先生って塩浦が探索者だったのを知ってたんですか?」
「カスミンのことか? そりゃ学校は把握してるだろ」
――そうか、チーム時代も学校に許可はもらってたんだったな。
先生の前なら普段の調子でいいのではと考える真澄だが、文学少女を貫く塩浦には言えなかった。
「塩浦は知り合いに心当たりあるか? 学校の教師陣にそんなやついねーし、外部の人間に頼らなくちゃどうにもならん」
「残念ですがありません」
「名郷は?」
「ダンジョンに精通した知り合いはさすがに……」
「関わりがある程度でもいいぞ。一部で探索者を志す人材を増やそうとする動きがあるみたいでな。部活動はわりと歓迎されてるんだ」
「あんまりピンとこない話ですね」
「ダンジョンなんて危険な場所に高校生を行かせるのは普通反対するだろ? 着々と裾野を広げてる最中と見ていい。外部の顧問には外部指導者と部活動指導員って枠があるんだが、探索者の部活動に関しては少し緩い要件にとどまってる。まだ十年足らずの業界だしな。年々増えてるダンジョンに利用法を含め、民間の参入を促したいんじゃないか」
――色々考えてる人がいるんだな。
探索者ぐらい小難しい話を抜きになりたいものだと思う真澄へ、塩浦が鋭い視線を向けていた。
――たぶんOkikuを当てにしたいんだろう……。
「ダンジョンに関わりがあるかはダンジョンズエクエスで判断するんですか?」
「調べてみたけど結局それしかねーんだよなー。まともな制度を作ってほしいもんだ。そこら辺の腰は重いくせに探索者を増やすんだからな」
七水は椅子にもたれかかって上体を軽く伸ばした。
「実は最近、ダンジョンズエクエスでイラストを採用された知り合いがいるんですけど……」
「よし、連絡先を教えろ」
「探索者じゃなくて写真家ですよ?」
「なんとかなる」
「えぇ……」
断られるのを待っていた真澄は渋々スマホを手にする。
――まあ提案するだけしてみるか。
「仕事中かもしれないですが聞いてみます」
部活動にどれほど時間を取られるかは未知数だが、ダンジョンに潜るのなら今までと同じ。そして、菊姫を巻き込めたら楽しそうだという単純な理由が行動の源にあった。
真澄【ご相談があります】
送ったメッセージはすぐ既読になる。真澄の頭に、メイド姿の菊姫が客のいない店内で暇そうにスマホを操作する姿が浮かんだ。
菊姫【聞こう】
真澄【部活動の外部顧問とか興味あります?】
次のメッセージも既読になるが、返事には時間がかかった。
――きっと突然すぎてわけがわからないはずだ。
七水のまだかよという目と塩浦の期待がこもった目に晒されながら、菊姫を待つ。
菊姫【私がなれると思う?】
――あれ、意外に嫌がってなさそうだな。
真澄【ダンジョン探索部の掛け持ち顧問がなんとかなると言ってますよ】
菊姫【適当な顧問だね】
真澄【探索者の部活動に波が来てるみたいです】
菊姫【初耳】
「名郷、ちょっと話させてみろよ」
「それは……」
真澄【顧問が話をしたいらしいんですが】
菊姫【面倒】
真澄【ですよね】
――予想通りの反応だった。
菊姫【仮に私が外部顧問になれたとして、きみはどうなのかな】
真澄【正直、楽しいかもとは思いました】
菊姫【友達代わりにしたいんだ】
真澄【頼りにはしてます】
菊姫【なら優しい私に感謝しながら電話をかけたら?】
真澄【ありがとうございます。気に入らないことがあれば断ってくださいね】
菊姫【当然】
真澄は早速電話をかけて七水に渡す。
「名前はなんて言うんだ?」
「ペンネームなんで今は……」
電話がつながったのか七水が少しあごを上げた。
「名郷君の担任をさせてもらってる七水と申します」
普段より落ち着いた声を聞いて真澄と塩浦は顔を見合わせる。
「あれ、お前ひめっちなのか?」
「え?」
真澄は馴れ馴れしさのある愛称に驚いて声を出してしまう。
「へー、まさかだったな」
しばらく会話が続いて整理がつかずにいると、いつの間にか電話が終わりに向かっていた。
「仕事はもう終わりだろ? 店はそらのやつに任せりゃいいし。とりあえず学校まで来てくれよ。そう、待ってるぞ」
七水が電話を切ったスマホを真澄に手渡した。
「いやー、ひめっちと知り合いだったのかよ」
「先生と菊姫さんのご関係は……?」
「私が中学生の時にあいつが小学生だったか。まとわりついてくるから一緒に遊んでやってたんだよ」
「なるほど……」
真澄は田舎にありがちな世間の狭さを実感するのだった。
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