第21話 幻想の文学少女

「ふわぁ……」


 真澄は午前中の授業終わりにあくびをする。昨日はスマホにインストールしたダンジョンズエクエスを夜中まで遊び、二日連続での遅刻は回避できたが寝不足気味だった。


――想像以上に面白かったな。


 人気が出るのもわかると弁当箱を持って隠れ家へ向かう。長テーブルへ着いていつもより早く昼食を済ませた後は、やはりスマホを出してゲームを始めた。


「お、アップデートだ」


 アップデートを当てるかどうかの確認があって、サイズの小ささと期待から迷わず了承した。ダウンロードとインストールが終わり、画面へOkikuのペンネームと一緒に実装するイラストが表示された。


――カードだけじゃなくてイラストレーター、菊姫さんの場合はフォトグラファーか、にもしっかりスポットを当てるんだな。


 ダンジョンズエクエスでは周りのファンを取り込むことを目的に幅広くイラストを募っている。無名でも積極的なのは変わらず、後々有名になればゲームの名前も売れるという思惑があった。


「イラストになって雰囲気が足されてるな」


 スケルトンが盾を構えて剣を振るう姿は至近距離、下からのアングルで迫力ある絵になっていた。


 嬉しくなってにやけていると、ふいに教室のドアが開く。


「げ……」


 顔を見せたのは三つ編み系女子、塩浦霞だった。


「七水先生め……」


 ぼそりと呟いてそのまま教室へ入って来る。真澄はにやけ面を驚きの顔に変えて、ただただ黙って迎えるしかなかった。


 塩浦はテーブルを回って壁に立てかけてあるパイプ椅子を広げる。そして、真澄の正面ではなく斜め、窓側にテーブルを挟んで座った。


「はぁ……あんまりダンジョンに興味がありそうじゃなかったのに。気が変わったのかしら」


「……」


 真澄は何が起きているのか理解できず、言葉が出てこない。


「ダンジョンについて知識はあるの? 動画で見たことは?」


「……」


「聞いてるんだけど」


「え? ああ……ちょっと、イメージと違って……」


「イメージ? ダンジョンの?」


「……」


「あ、わたし?」


 正しくそうで、フランクな話し方に想像した文学少女像が瞬く間に崩れていった。


「普段はちゃんとするわよ。でも今は必要ないと思うの。あなたが初心者なら、わたしが教える立場になるんだし。猫をかぶってちゃやりにくいでしょう?」


「……?」


「何よ。やっぱりダンジョンに行ったことがあるのかしら」


「いや、その、まったく……なんのことか……」


「ん?」


 真澄の挙動不審さに塩浦が目を細めた。


「隠し事をしてるでしょ」


「……」


 黙って首を振るがその様子さえ疑いを深めてしまう。


「名郷って嘘が下手なのね」


「……初めて言われたよ」


「ダンジョンへ入るのをわざわざ内緒にする必要はないし……」


 首を捻る塩浦に、秘密がバレる焦りが加わった真澄は教室を飛び出したい気持ちが強くなる。


「あ、それってダンジョンズエクエスよね?」


 塩浦は急に話題を変えてテーブルに置かれてたスマホをかすめ取った。


「ちょ!」


「わたしもやってるのよ。これは“古のスケルトン”ね。初めて見るイラストだけどアップデートがあったの?」


「たぶんついさっき……」


「Okikuって人? フォトグラファーなんだ」


「そのイラスト、現役のプレーヤーが見て出来はどう? 昨日始めたところでよくわからないというか……」


 真澄は色々な感情が渦巻くなか、興味が勝って感想を聞いてしまう。


「写真から起こしたイラストにしては迫力があるわね。書き込みを抑えてCランクレアのカードになってるけど、Bランクレアでもそん色ないぐらい強い絵だと思う」


「なるほど……」


――菊姫さんに良い報告はできそうだが……。


 塩浦がメガネを置いて片方の眉を上げるのを見て、嫌な予感がした。


「実装されたばかりのイラストに興味を示すのは妙ね……」


「起動したら出てきて……」


「うーん……? あなた、もしかしてOkikuなの?」


「……」


 的外れな指摘に安堵のため息が出る。


――ペンネームだし本人の素性を俺が広めるのは避けたい。


「だったらダンジョン探索部に入ったのも納得ね。わたしの助けを借りてもっと良い写真を撮りたいんでしょう? でも、隠さなくたってよかったのに。ダンジョンズエクエスのカードに採用されただけですごいんだから」


――ダンジョン探索部……?


 真澄の頭にクエスチョンマークが増えて、機械であれば煙が上がる頃合いだった。


「七水先生が一人じゃ寂しいだろうって、変な気を回したのよね? それが新人のフォトグラファーだなんて運が回ってきたのかしら。あなたにとっては秘密だったんだし、わたしも明かしておくわね。実はつい最近まで蒼海桜華っていうチームに所属していたの。結構有名なんだけど知らない? 色々あって辞めちゃって、ソロで活動しようとしたらこの学校そういうのに厳しかったのよね。蒼海桜華には企業の後ろ盾があって許可は下りてたけど、今度は生徒が危険に晒される責任が学校側に移るとかって。とりあえず部活動の形で進めれば可能性があるらしいのよ。七水先生のアドバイスでね。一応掛け持ちで顧問も引き受けてくれてはいるの。責任が自分に集中するのによ? 適当な先生とばかり思ってたけど良い先生よね」


 塩浦はまくし立てるだけまくし立て、満足気に頷いた。


 一方の真澄はパンク寸前の頭へインストールするのに時間がかかり、一行一行咀嚼しながら最後は首を傾げた。


「俺、ここで弁当を食べてただけなんだが……」


「ダンジョン探索部の部室になったからでしょ?」


「てっきり空き教室だと……」


「ん?」


「七水先生には何も言われてないし……」


「……」


 次は塩浦が首を傾げて、震える手でメガネをかけ直した。


「あの……名郷くんって本とか読むの?」


 勘違いに気づいたのか急に取り繕う姿が文学少女じみていて、気が緩んだ真澄は吹き出しそうになるのだった。

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