第19話 ダンジョンズエクエス

「菊姫さんの新しいアカウントはこれか」


 昼休みになって、真澄は恒例の空き教室で時間を潰す。弁当を作る時間がなかったため昼食はコンビニ弁当だった。


――名前がOkikuっていかにもアーティストっぽい。


 アカウントには穴に落ちたスケルトンに加え、剣と盾を持ったスケルトンの画像が載せられていた。


「距離が近いし迫力満点だな。評価も滅茶苦茶されてる……」


 お膳立てして撮影に臨んだ写真が色々な人の目に晒され、妙な緊張を覚える。


「ん……?」


 その時、スマホが通知の音を鳴らす。画面には菊姫の名前が表示されていた。



菊姫【良いニュースと悪いニュースがある】



――また思わせぶりなメッセージを……。



菊姫【どっちから聞きたい?】


真澄【まずは悪いニュースのほうでお願いします】



 真澄はお決まりの文句を待ってメッセージを返した。



菊姫【深爪した】


真澄【ご愁傷様です】



 軽いジャブの冗談かと思いしばらく待つが、一向に続きのメッセージが来ず訝しむ。



真澄【本当に言ってます?】



 返事は一枚の画像で痛々しさのある深爪の様子が張りつけられた。



真澄【グロ画像は勘弁してください】


菊姫【好きなくせに】


真澄【菊姫さんって人の性癖を捏造するの好きですよね】


菊姫【指が綺麗っていうおべっかは?】


真澄【そのおべっかを言うには致命的に画像が間違ってますよ】


菊姫【次は良いニュースね】



――まさかの悪いニュースが深爪だけで終わってしまった。



菊姫【ダンジョンズエクエスの運営から連絡が着た】



「えっと……確かカードゲームのやつだっけ?」


 ダンジョンズエクエスは世界中で遊ばれているデジタルタイプのカードゲームだ。現役の探索者やダンジョンに現れる魔物が登場し、人気を博していた。



菊姫【スケルトンの写真を使わせてくれだってさ】


真澄【でもあのゲームってイラストのはずでは】


菊姫【写真の場合は手を加えてイラスト風に仕上げるみたいだね】



――なるほど、そういう手法なのか。



真澄【あまりピンときませんけど、すごいことですよね?】


菊姫【一枚五万円から十万円ぐらいがイラスト制作の相場らしいよ】


真澄【マジですか】



「結構な大物が釣れたな……」


 真澄が素直な驚きを口にする。



真澄【値段の違いは絵だったり写真の良し悪しなんですか?】


菊姫【カードのレアリティで変わるみたい】



 ダンジョンズエクエスでは一般的なカードゲームと同じくカードごとにレアリティが設けられている。上からSランクレジェンド、Aランクエピック、Bランクレア、Cランクレア、Dランクコモンと五段階あった。



菊姫【レアリティが高ければ書き込みが細かくなるから、その差かな】


真澄【スケルトンなのを考えるとレアリティは低そうですがチャンスですね】


菊姫【無名の起用だしね。調べるとたまにそういうことはあるけど、続けて起用されるのは一握りだった】



――当然と言えば当然か。



菊姫【また良い写真を撮れそうなシチュエーションがあったら協力してくれる?】


真澄【もちろんですよ】


菊姫【じゃ、欲しいものがあれば送っておいてね】



「欲しいもの……」


――モデル料、というより協力金の話だな。


 ボケのないメッセージに生写真とは返せず、ファイネの意見を聞いておこうと考える真澄だった。






 昼休みが終わる目前。真澄は空き教室を出てクラスの教室へ向かう。


「お、名郷!」


「はい?」


 その途中、担任の七水に呼び止められる。横にはメガネに三つ編み姿の女子生徒を伴っていた。


――あれは……塩浦だな。


 真澄にとって会話すらしたことのない相手だが名前はすぐに出てくる。いつ仲の良い相手ができてもいいように、事前準備としてクラスメイトの名前は全て覚えるという涙ぐましい努力があった。


――下の名前が俺と一文字違いで霞だったはずだ。


 菊姫に女の子みたいな名前と言われたのをふと思い出す。


「元気にしてるか、おい」


「はぁ、元気ですけど……」


 近くに来ていきなりの投げかけにクエスチョンマークが浮かぶ。


「名郷はダンジョンに行ったことあるか?」


「え? あ……だ、ダンジョン?」


 今度はピンポイントすぎる質問にわかりやすく動揺する。そのせいで、塩浦が七水に向けてにらみを利かせたのには気づけなかった。


「ないです、ね……?」


 嘘をつくしかなく、なんとか否定の言葉を絞り出した。


――まさか庭のダンジョンがバレるはず……。


「うんうん、普通そうだよな。興味はあるのか? ゲームもあるんだろ?」


「あー、カードゲームですね。ちょっとやってみようかなと思ってる程度です」


 菊姫の件で興味が湧いていた真澄は、本心を混ぜつつ平常心を取り戻す。


「そんなもんか。じゃ、チャイムが鳴る前に教室戻れよ」


「……はい」


 急に話が終わって拍子抜けするとともに、安心感が広がった。


――ただの日常会話だったのか?


 七水が背中を向けて去っていくので教室へ向かおうとするが、逆方向に廊下を歩き始めた塩浦と行先は同じ。並んで歩くには少々気恥ずかしさがあるため、斜め後ろの位置で後を追う。


――黒髪に三つ編みとは今どき珍しい髪型だ。


 初対面が怖さMAXだった菊姫に対し、素朴な風貌は真澄を安心させる。しかし、人は見た目によらないと再び実感することになるのだった。

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